「ああ、そうだ。
2年前、君が新規採用試験の面接官だったときに、ジョミー・マーキス・シンの面接でこの会社に入社したい理由を聞いたのだろう?彼は何と答えた?」
それを聞くと、ハーレイは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「それを…、あなたが聞くんですか?」
「?どうした?そんなに変なことを言ったのか?」
しかし、仮にも正式採用となって、今ここで社員としてかなり活躍しているのだから、そんなおかしなことを言っていたと思えないのだが。
「変と言えば変でしたね。聞きたいんですか?」
言いながら、聞かないほうがいいと思いますがね、と言われるのにブルーは首を傾げる。
「ぜひ教えてもらいたいが…?」
仕方ないですね、とため息をつきつつ、ハーレイは口を開いた。
「『シャングリラ・コンツェルンの社長の隣に立つためにここに来ました』。
どうです、意味が分かりますか?」
確かに抽象的な意味合いを持つ言葉だ。まさか、単に隣に立つために入社試験を受けたわけではないだろう。
「…それは、経営者としての僕と並びたいという意味なのか、それとも…。」
「それが分からんのです。問いただしてもそれ以上は何も言いませんでしたし。」
情景が目に浮かぶような気がする。
謎の言葉を吐いたあと、言い訳するわけでなし補足するわけでもなし。話したくないことは喋る必要はないとばかりに無視を決め込み、さらに問い詰めようものなら、そんなに暇なのか、別の質問はないのかくらいは言い放つだろう。
「…しかし、それでよく採用したものだな。」
そう言うと、ハーレイはなお苦々しく言った。
「人事部長のブラウが気に入りまして。」
…確かに、人事に対して大きな影響力を持つ彼女の好みに適えば、その他の面接官がノーと言ったとしても、合格は不可能ではない。
「ああ…、言われてみれば、変わった子が入ったよと言われていたな。それは、こういうことだったのか…。」
…当の社長本人が今まで知らなかったのだから、それはそれで笑えてしまうが。
「僕も詳しく聞かなかったが、誰か教えてくれてもよかったと思うのだがね。」
にこやかな笑顔を浮かべた社長にちくりと言われるのに、ハーレイは視線を泳がせる。
「私には、単に奇抜なことを言って面接官の気を引こうと考えたのではないかと思いましたがね。」
「本当にそうだとすれば、なおさら面白い。」
微笑む社長に対し、面白がっている場合ではありません、とハーレイは苦くつぶやく。
「ブラウが気に入ったのはそればかりではなかったんですよ。
ジョミー・マーキス・シンは、いわゆる身分的最下層の出身でして。」
身分的最下層。
表立っては人類みな平等と言われ、身分の違いはないものとされるが、その実、特定の部落出身者に対しては、存在が卑しいものとして差別されているのが現状だ。特に就職や結婚といった際の弊害になることが多い。
「それは知っている。こんな中央には珍しいとは思っていたから。」
逆に言えば、そういったものたちは自分の部落からは出てこない。迫害を受けることは目に見えているからだ。
「そんな身の上で一応は一流企業で通っているわが社に入社しようと言うのだから、普通の学卒者よりは気骨があると、かなりの高得点をつけていましたからね。」
「なるほど。彼女らしいね。
それに、ジョミー・マーキス・シンを見ていれば、彼のどこが人間として劣っているのか分らない。そういう時代遅れの悪習は早く消えてほしいものだね。」
「それは私も同感ですが…。
しかし、ある意味彼は統制を乱す存在でもありますから、私には必ずしもブラウの評価が正しかったとは思えないのですが。
私だとて彼が人間として劣っているとは思いません。ですが、たまに人間失格なのではないだろうかと思うほど、礼儀をわきまえていないことがありますからな。この辺は直してもらいたいところです。」
そんな辛口の意見に、社長は苦笑しながら自分の机に置かれた企画書を見遣る。
「だが、あのくらいの気概がなければ新企画は担当できまい。」
その言葉に、ハーレイは眉を寄せる。
「…となると、やはり彼に任せるつもりなんですか?」
「そうだが?」
何をいまさら、と言わんばかりである。
「彼に新企画を担当させるということは、言ってみれば大抜擢ではないですか。あんな思い上がった若造などにと不満に思うものも多く出てまいりましょう。それによって彼自身への風当たりが…。」
「ジョミー・マーキス・シンがそんなことで参るような神経をしていると思うのか?」
傲岸不遜にして大胆不敵。そんな彼では、批判などどこ吹く風と笑い飛ばしそうだ。
「…いえ…。」
自分の言ったことの滑稽さに気がついたのか、ハーレイは決まりが悪そうに視線をそらした。
「ならば問題はないだろう。」
「問題はあります!」
しかし、それに対しては毅然と反論する。
「万が一、彼に任せて失敗したらどうなると思いますか!あんな若造に任せた非難は当然ありましょう。その咎は…!」
「そのときは僕が責任を持つ。」
当然のように。ハーレイをまっすぐに見つめ、美貌の若き社長は何の気負いもなしに静かに言った。
「責任者とは責任を取るためにいるんだから、それは仕方がない。
だが、正直なところ、彼でダメなら誰が担当してもうまくいかないだろう。それが実情だ。
ほかを差し置いて2年目の若造を取り立てたと不満を持つよりも、そんな若造に未来を託さなければいけない我々のほうが恥じ入るべきじゃないか?」
社長の言葉に、ハーレイは一言もなかった。
3へ
シン様不在ですみません!次回は出ます〜。さて、『ブルーの隣に立つため…。』の真意は〜?? |
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