「よくもまあ、ぬけぬけとここまで逃げ込んで来たものだな」
肌の浅黒い巻き毛の少年が、前に立つジョミーとその隣の少女をにらみながら憎憎しげに言った。ジョミーはきょとんとしていたが少女の方は青白い顔でまっすぐ前を見つめている。
「そりゃあ美人だから気持ちは分からんでもないけどさ、人質の女にホレて仕事をほっぽりだすなんて…」
「ハ、ハロルド! 僕はホレてなんて…そんな…」
「なんでそこで照れんだよっ、お前は!」
ジョミーと同世代だろう少年2人が、ジョミーと少女の目の前にいる。そのうちひとりが、ジョミーに対して嫌味ったらしくそう言ったのだが、ジョミーはと言うと反対に頬を紅潮させて照れたように頭を掻いていた。ハロルドと呼ばれた少年は、かっとして怒鳴ったのだが、ジョミーには通じている風もない。
「その女を見張って逃げないようにするのがお前の役目だったんだろう? それなのに、お前はその女の顔にダマされて、仕事をふいにしたんだろうが! 大体…っ!」
「黙れって。その辺にしとけよ、ハロルド」
背の低い、そばかすだらけの少年が、うんざりしたような表情で口をはさむ。
「だってキム…!」
「やっちまったものはどうしようもないだろうが。それにジョミーの話だと、これ以上の金は入りそうにないから、この辺が潮時だったのかもしれないしな」
しかし、ハロルドという少年は不満そうだ。
「それはそうだけどよ、その理由がむかつくじゃねえか。俺はジョミーならどんな奴相手でもうまくやると思ったからこそ…」
「…大丈夫? 苦しい? 横になったほうがいいんじゃ…」
「だーっ、お前はヒトの話を聞いてんのか!」
だが、ジョミーはというと、キムもハロルドも眼中にない様子で、隣に立つ少女を見上げた。立ってはいるものの、呼吸は荒く、苦しそうな息遣いが聞こえてきている。
「あっちの部屋に行こう。吸入したほうがいいかもしれないし」
「ジョミーっ!」
「よせよ、ハロルド。ジョミー、隣の部屋にあるソファの方がまだマシだろう」
「ありがとう、使わせてもらう」
「キムまで何を…!」
「ハロルド」
かっとしたハロルドがキムに食ってかかろうとしたのだが、キムはじろりとハロルドをにらんだ。ジョミーはすでに少女を連れて部屋を出て行ってしまっていた。
「病人の目の前で騒ぐな」
「で…でも…っ」
何か言いたげなハロルドを黙らせてから、キムはジョミーの出て行った方向に目をやった。
「確かにあれはここに置いといたらマズい女だが、それでも追い出すわけにはいかないだろうが。あれじゃ、誘拐犯に殺される前に死んじまうぜ?」
寝覚めが悪い、と言われるのに、ハロルドは苛立たしげに首を振った。
少女はジョミーに促されるまま、薄汚れたソファに横たわった。
「大丈夫、まだある」
もの言いたげな紅い瞳がジョミーを見つめている。それを分かっているのかいないのか、ジョミーはポケットの中からスプレー缶を出していた。
「…ミー…」
「苦しいんだろ、喋らない方がいいよ」
言いながら、少女の口に吸入口をあてがう。何か言いたげな少女だったが、やはり苦しいのだろう、抵抗することなくされるがままになっている。
「…やっぱり…この場所はあなたにはよくないんだよね…」
ジョミーは溜息をつきながら、汚れた壁を眺めた。喘息持ちの身にとってみれば、こんな下水の通るほこりっぽい地下道など、劣悪な環境以外の何ものでもないだろう。
そう思っていたら、くいと腕を引っ張られて少女に目を落とした。
「? どうしたの?」
肩で息をしている少女はジョミーを見つめていたが、やがて首を振って悲しげに目を伏せた。
「…どこか痛い? それとも何かほしいものでも…」
「…君の…っ」
けれど、言いかけて咳き込んでしまう。話をしようと吸入器をいったん外したが、やはりまだ無理らしい。
「無理に喋らなくてもいいよ。あ、そうだ。僕、字読めるから、僕の手の平にでも書いてもらえればいいから」
そういってジョミーは手を差し出す。少女はその手を見つめてから、そっと自分の指を滑らせた。しかし。
『君の立場が悪くなる』
華奢な指のなぞった文章は、ジョミーにとって理解できかねるものだった。
「…立場…? 何の?」
自分に立場と呼べるようなものがあっただろうか、と思い返すが、よく分からない。
『それに、君の仲間だって危険だ』
けれど、それにはジョミーは胸を張った。
「言っただろ、僕の仲間は頼りになるって!」
『でも、ここでの君の立場が悪くなるから』
そういわれるのには、首を傾げざるを得ない。
「…ねえ、立場って何?」
やはり分からなかった。少女が少し考えてから何か書こうとしたとき、ドアが開いた。
「ちょっとは落ち着いたか?」
ドアの向こうにキムとハロルドが立っていた。ジョミーはにこりと微笑んだ。
「うん、少しはね」
「そりゃあよかったな。それで」
言いながらキムは、今度はジョミーをじっと見つめた。
「お前…自分がしたこと、分かってるか?」
そういわれると、ジョミーは笑みを消した。
「言うまでもないことだが、流れものとはいえ奴らはプロだぞ…? 奴らに狙われれば、俺たちだって無事に済むか分からない。それを承知で人質を連れてきたんだろうな?」
言いながら今度は蒼白な顔色の少女を見つめる。少女のほうは肩で息をしながらも気丈にキムを見つめ返している。
「それに、俺たちはその女の『家族』とやらの標的にもなるわけだ」
誘拐犯を皆殺しにするという、少女の話を受けての発言だろう。
「ああ、分かっている」
しっかりとうなずくジョミーに、今度はハロルドが舌打ちした。それをちらりと横目で見てから、キムは再びジョミーに視線を戻した。
「じゃあ、いい考えがあるんだろうな」
「もちろん!」
ジョミーはにこりと笑った。だが、ハロルドはふんと鼻を鳴らしただけだった。
「馬鹿馬鹿しい!」
「ハロルド?」
くるりと背を向けたハロルドに、ジョミーは目を丸くした。
「勝手にやってろよ。俺は付き合えないからな、そんな危ない話」
「待てよ、ハロルド!」
ジョミーはそのまま出て行こうとするハロルドに叫んだが、ハロルドは聞く耳を持たないとばかりに振り返りもせずに手を振った。
「お前はその女と仲良くしてりゃいいだろうが。俺はそんなのに巻き込まれるのは御免だからな!」
そういい捨てて、歩み去ろうとしたハロルドだったのだが、その先にジョミーを慕っていた小さな子どもが、悲しそうな目で見つめていることに気がついて、言葉と足が止まった。
「…ハロルドぉ、ジョミーとケンカしてるの…?」
「どうして…? ジョミーのこと、キライになったの?」
いたいけな幼子たちのつぶらな瞳に見つめられ、ハロルドはうろたえて一歩下がった。
「な…なんでお前たちがまだ起きてるんだよ…」
ハロルドは困った様子で子どもたちを見下ろした。そのとき。
「ハロルド」
「な…っ、何だよ!」
真後ろからジョミーの声が聞こえて、ハロルドは慌てて振り返った。しかし、ジョミーの様子に今度は言葉を失った。
「何の相談もなく決めたことは悪かったと思ってるけど、どうしようもなかったんだ。彼女は、自分が死ぬことも分かっていて僕に逃げろっていうから…」
さっきまで舞い上がっていたとは思えないほど、大人びた緑の瞳がハロルドを見つめている。
「そんな彼女を置いて逃げることができなかった。大事な仲間を危険にさらすって分かっていたけど、どうしても彼女を助けたかったんだ。だから…力を貸してくれ」
すると、ハロルドはしばらく黙っていたが、やがてがしがしと頭をかいてやけくそ気味に叫んだ。
「ああ、もう分かったよっ。そんな目で見るなって! そりゃ、今までガールフレンドさえ作ったことのないお前のホレた女だ、力を貸してやらんことはないけどさ!」
「ありがとう、ハロルド」
ハロルドの言葉に、ジョミーはほっとしたように笑った。
けれど、その様子を呆然と見つめている紅い瞳には、今は誰も気がついていなかった。
20へ
お久しぶりの更新だす〜。最近すっかり更新ご無沙汰ですんまへん。
やっぱり、こういうテラに浸かれる時間(これが本当にテラか?ということは置いておいて…)貴重だなあと思います♪ |
|