「…ニナ、君は白い服を着て、ハロルドと一緒に奴らをひきつけろ。ほかの奴らも二人を援護して陽動作戦を展開しろ」
「えー、ジョミーとじゃないの? 何でハロルドとなのよぉ!」
「不満なのはそっちかよ!」
ストリートキッズの悪ガキたちがほこりっぽい地下道に集まっている。
「軽口を叩いている暇はないぞ、ハロルド、ニナ」
キムが硬い声でたしなめる。
「奴らはプロだ。資産家の子どもを攫って、その身代金を取ることを生業としている。こっちも真剣にならないと、殺られるぜ」
「ふーんだ、そんなのにやられるほどヤワじゃないわよーだ! 夜明けまで保たせればいいんでしょ? 朝になればケーサツが出張ってくるから、あとはそっちに任せればいいし!」
確かに、少女によればそういう話だ。
「ま、いいわ。じゃあ行くわよ、ハロルド!」
ニナと呼ばれた少女はそういうと、さっさと白っぽい服を身に着けた。
「ちょ…待てよ、おい!」
勇ましくもきびきびと歩いていくニナ。それを追うように、ハロルドは慌てて走り出した。
「…こっちは何とかなるかな…」
その様子をため息混じりに見つめていたキムは、次にちらりと反対側を見る。全員が慌しく動く中、金の髪の少年はひとり壁を背にして立っていた。
「…そっちはお前に任せるからな。こっちはこっちで手一杯になるから、援護はできない」
「分かってる」
その言葉に対してジョミーはしっかりとうなずいた。だが、キムはというと、難しそうな顔をして、隣を見やってため息をついてから幾分声を落とした。
「…お前がどういうつもりなのかは知らないが、あれは俺たちとは違う人種だ。大体、身体が弱くてこんなところでは暮らせないぜ?」
そういわれると、ジョミーは小さい声で「分かってる」とつぶやいた。
「ま、どうするかはお前次第だけどな」
キムの言葉に、ジョミーは今度は何も返さなかった。キムも気にした風もなく、「じゃあな」といって部屋を出て行った。
「…分かってるよ…」
ジョミーはしばらく黙って立っていたが、やがてぽつりとつぶやいた。しかし、すぐに顔を上げると隣の部屋へ向かった。
明かりのない部屋の中、規則正しい息遣いだけが聞こえてくる。
…眠ってる、のか…。
粗末なソファの上。薬が効いているのか、少女は静かに横たわって眼を閉じていた。
よかった、とそっとつぶやいたとき。
少女のまぶたが震え、ゆっくりと紅い瞳が現れた。それが焦点を結び、ジョミーの心配そうな表情を映す。
「…ごめん、起こしちゃったかな。まだ眠ってていいから…」
言いながら、ジョミーは毛布をかけなおそうとしたのだが、その手を少女の手で止められた。
「君の…仲間は…」
「今、上に出て行ったよ。大丈夫、君を誘拐した奴らをかく乱するくらい、お手のものだから」
心配そうな少女に、安心させるように笑う。その言葉にほっとしたように、少女は息をついた。その様子を眺めてから、ジョミーはこの薄汚れた部屋を眺め回した。天井にはかびが黒くこびりつき、あたりにはすえたにおいが漂う。
「…ゴメン。こんなところで」
よどんだ空気が満ち溢れる場所。こんな場所が、喘息もちにいいはずがない。
すると、少女は赤い瞳をぱちくりと見開いて、次にはゆるゆると首を振った。
「…こんなところだから見つからないんだろう」
「そうだけど…あなたにとってはいい環境じゃないし…」
ジョミーがそうつぶやくと、少女もぐるりとあたりを見渡したが、すぐにジョミーに目を戻して。
「…それでも、ここはあたたかい場所だ」
わずかに微笑みながら、そういった。
「あ…ありがと…。って、そんなわけないよ!」
かすかにだが少女に笑顔を向けられて、ジョミーは一瞬ぼうっとしてからほおを染め、しかし次の瞬間にはぶんぶんと首を振って否定した。
「汚いし、ひどいにおいはするし…!」
「綺麗で清潔な場所だからといって、あたたかいとは限らない」
「え…」
その言葉に、ジョミーは何か言いかけた言葉を飲み込んだ。
「僕がいた場所がそうだった。確かに、食べるには困らない。綺麗なベッドもある。でも」
言いかけて少女は言葉を止めた。
ジョミーには、彼女が何を言いかけたかなんとなく分かるような気がした。彼女は『イライザ』の身代わりとしてさらわれたのだ。手違いでもなんでもなく、犯人がそう思うように仕向けて。
「…贅沢だね」
「そんなことない!」
自嘲気味に笑う少女に、ジョミーは慌てて叫んだ。
「そんなこと、ないよ! 僕はすごく幸せだよ? そりゃ、家もないしこんな犯罪の片棒担がなきゃ食べてはいけないけど、僕には最高の仲間が…」
そういいかけて。ジョミーははっとして口を押さえた。少女を擁護したつもりで、逆に自分の身の上を自慢しているように聞こえたからだ。
「あの…さ、そういう意味じゃなくて…あ…いや、そういう意味なんだけど…っ。じゃなくて! ああ、僕何いってんだろ…」
伝えたいことが上手く伝えられない。そんな焦りに金の頭をかきむしるジョミーの姿に、少女は呆気にとられ、だが次には吹き出した。
「え…」
少女の初めて声を立てて笑う姿に、ジョミーはぽかんとして少女を見つめた。無表情であったときは氷の美少女と言う言葉がぴったりだったが、笑うと花が咲いたようになった。
「いや…訂正しよう。ここがあたたかいのは君がいるからだ」
「ぼ…僕?」
その楽しそうな台詞に、ジョミーは落ちそうなくらい緑の瞳を見開いた。それをおかしそうに眺めてから視線を落とした。途端にさびしそうなイメージになる。
「僕の家は…君も知っているとおり、資産家といわれるものだ。でも、あの家の中で安らいだことは一度もない。居場所もなかった」
その淡々とした独白に。ジョミーはかける言葉もなく、ただ黙っているしかなかった。
「ジョミーの仲間を見ていて、家族とはこんな感じなのかも知れないと思った」
その台詞に、ジョミーは首をかしげた。
「…あの…君には家族はいないの…?」
「いない、といいたいところだが」
少女は寂しそうに笑いながら続ける。
「いるには、いる。けれど…君たちのような関係じゃない」
「…?」
家族に関係なんてあったっけ? とジョミーが内心首をかしげていると、それを察したらしい少女は笑みを消してジョミーから視線をそらした。
「…僕には、あまり利用価値がないらしい。せめて最後に役に立たなければいけないと…。だから、僕はここへ来た」
利用価値? 最後に…役に立て?
そんな言葉こそ、家族の中では使わないだろう。
「ど…して、自分のことをそんな風に考えるの…?」
利用価値だの役に立つだの。
「僕が考えたんじゃないよ。そう、みんなに言われていたから…。もともと身体も弱いしね」
「そんなの…っ! そんなのおかしいよ!」
「だけど、それが僕のいた場所だった」
ジョミーの激昂に対して、少女は淡々と続けた。
「だから、こんな僕なんかに一生懸命になる君や君の仲間が不思議だった。不思議だったけど…悪い気分じゃなかっ…!」
言いかけたのだが、少女は再び咳き込んだ。
「待って、今薬を…」
ジョミーはポケットをまさぐると、薬を取り出した。…最後の、薬だった。それをしばらく見つめてからぐっと握り、少女に握らせた。だが、幸い発作はすぐに終わったようで、少女はすぐに落ち着きを取り戻して手のひらにのっている薬を見つめて。
「…薬は、いらない」
そういいながら、そっとジョミーに返した。
「え…でも」
「きりがない」
「そ…かもしれないけど、あなたの身体は…」
「君がそばにいてくれるだけで、いい」
「え…っ」
毛布から白い手が伸び、ジョミーの手首をつかんだ。ひどく冷たい手だった。
「それだけで…」
それっきり…少女は黙って目を閉じた。
薬はいらない、と彼女は言ったが、その呼吸がここの入ってきたときよりも苦しそうに聞こえて、ジョミーは困ったように返された薬と彼女とを見比べた。
21へ
と、いうわけで、相変わらず過去編で止まっている「誓い」でした。それにしても、ここまで男とバレないブルーっていったい…。
現代ではあと一編で終わる予定だというのに、なぜか過去で時間を食ってしまい…。(汗)でも、過去編にハマってしまっているようなので、もう少しお付き合いをば〜…!(まだ伏線のほとんどを拾ってないことに気がついたし…★) |
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