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     「僕をここに送り込んだ人は、君たちのようなストリートキッズを血祭りに上げるくらい、どうとも思わない人だ。その力もある。君がどう考えていようが、所詮君たちは子どもだ。大人にはかなわない。君も君の仲間も、地獄を見ることになるだろう」ジョミーを否定するように、少女は言葉を継いだ。
 「君が僕をかくまうということは、そういうことだ。累は君の仲間にも及ぶ」
 ジョミーは少女をにらみつけると、ものも言わず再び手を引っ張った。
 「ジョミー、聞いているのか?」
 「聞こえてるよ!」
 それだけ言うと、また黙ってしまう。
 「ならば、僕を連れているのは…」
 「うるさいっ!」
 再び足を止め、くるりと振り返ったジョミーの顔に浮かんでいるものは、怒り以外の何ものでもなかった。
 「…なんであなたはそんなに簡単に諦められるんだ…?」
 その食いしばった歯の間から、しぼり出すような声が聞こえた。
 「ジョミー…?」
 「自分の命だろ! 自分が殺されるかもしれないってのに、どうしてそんなに落ち着いていられるんだよっ!」
 少年の剣幕に、少女は言葉を失って立ち尽くした。こんな場所ではあるが、目の前にいるのは間違いなく黄金のたてがみを持つ獅子の子どもだ。
 「どうせ死ぬのなら、どうして抵抗してみようという気さえ起きないんだ…? あなたはそれでいいのか? 使い捨てのように扱われて、あんな男たちに殺されてもいいっていうのか!?」
 「…ジョミー…」
 「僕は嫌だからな! あなたが死ぬのも、仲間が殺されるのも!」
 それだけ言い放つと、ジョミーは再び少女を引っ張って歩き出した。少女もそんな少年に何を言ってよいのやら分からないらしく、戸惑ったような表情を浮かべて黙って歩き出した。まわりは水の流れる音と、二人が歩く靴音くらいしかしない。
 「…ゴメン」
 前を歩く少年が、ぽつりとつぶやいた。
 「あなたの事情、よく知らないのに怒鳴ったりして…ゴメン。だけど…僕はあなたに生きていてほしいから」
 いいながら、ジョミーは立ち止まってこちらを振り返った。真剣な表情に、少女は黙り込んだ。
 「あなたがどうしてイライザっていう人の身代わりとしてここに来たのかは知らない。けど…僕はあなたのことが好きだから、死んでほしくないんだ」
 少女はというと。
 少年の告白を、驚いたような表情で聞いていた。自分に対してそんなことを言う人間がいるなんて、信じられない。そんな気持ちがうかがえた。
 そんな少女に、ジョミーは気まずそうに視線をそらした。
 「一目惚れ…っていうのかな? 会ったのは昨日だけど、僕あなたのことが好きだ。だから…諦めてほしくないんだ」
 そう言うと、今度は少女を正面から見つめ、ジョミーはにこっと笑った。太陽のような、あたたかな笑顔だった。
 「こっちだよ、もう少しだから」
 そんな少女を引っ張って、ジョミーはまた歩き出そうとした。
 「ジョミー…!」
 「え?」
 それを遮るように、少女は慌てて少年を呼び止めた。
 「? どうしたの?」
 ジョミーはきょとんとした顔で、少女を見つめた。けれど、呼びかけた少女のほうは何かいいたげな様子だったが、結局首を振った。
 「…いや…なんでも…」
 その様子を不思議そうに眺めてから、ジョミーはにこりと笑った。
 「大丈夫、僕が君を守るから!」
 そう言って、また少女の手を引っ張って歩き出す。少女のほうはと言うと、やはり戸惑ったように引っ張られていく。二人とも黙ったまま、薄暗い地下通路を歩いた。
 「…?」
 ふと。暗かった地下通路の向こうにぼんやりと明かりが見える。まだ地上には出ていないはずなのに…。
 「ジョミー…?」
 そのとき、小さな子どもの寝ぼけたような声がこだました。声のした方向を見ると、小さな子どもふたりがドアを開けてこちらを伺っている。
 「トォニィ? アルテラ…? お前たち、なんで…」
 「やっぱりジョミーだ!」
 「ジョミーが帰ってきたー」
 怪訝そうに言いかけたジョミーだったのだが、子どもたちはその声にはじかれたように駆けてきた。
 「おかえり、ジョミー!」
 「遅かったじゃない、どこ行っていたの?」
 赤毛の男の子と、黒髪の女の子が一緒にジョミーに抱きついてきた。
 「こ、こら! 倒れるじゃないか…! って…何で起きてるんだ…?」
 3歳か4歳くらいだろう。小さな身体だが、勢いのついたままの二人の子どもに抱きつかれて、ジョミーは後ろにひっくり返りそうになった。さらに、夜中なのにこんな小さな子どもが起きていることに気がついて、ジョミーは不思議そうに二人を見返した。
 「だって、ジョミーが帰ってきた気がしたんだもん!」
 「僕たち、ずーっと待ってたんだよ!」
 その騒ぎを聞きつけてか、奥からさらに小さい子どもたちが数人出てきた。よく見ると、おしゃぶりをくわえたよちよち歩きの赤ん坊までいる。
 「今日は帰らないって言ってたじゃないか…」
 ジョミーは困ったようにつぶやいた。
 この年端の行かぬ子どもたちがジョミーを待っていたということは、この時間にも関わらず明かりがともっていることが証明している。
 そして、紅い瞳の少女はというと。
 その様子を呆気に取られた表情で見つめていた。深夜、こんな薄汚れた下水の通る地下道で、こんなに小さな子どもに会うとは思っていなかったのだ。
 「お仕事終わったんでしょ?」
 「おままごとしよっ。ジョミーがパパで!」
 「そんなダサい遊び、イヤだからな! ジョミーは僕たちと遊ぶんだから」
 「やだー! ジョミーはあたしたちの!」
 自分をめぐっていさかいを始める子どもたちを困ったように眺めていたジョミーだったが、呆気にとられている少女に気がついて、少し怒った表情を作った。
 「こら! お客さんがいるんだから、大人しくしなきゃダメだろ!」
 その一言で、子どもたちの目が少女に向けられる。子どもたちの視線に、少女は心持ち後ろに下がった。
 「この人、誰? まさか、ジョミーのガールフレンドじゃないわよね!」
 「な…っ、き、急に何言い出すんだよ!」
 黒髪の女の子の鋭い指摘に、慌てたのはジョミーだった。少年が見る見る真っ赤になる。
 「そんなワケないだろ! こんな綺麗な人が僕の…」
 そして、そういいかけたところで止まってしまう。紅潮した頬、大げさなくらいの過剰反応は、彼女のことが好きですと認めているようなものだと、本人だけが気づかなかった。
 その状態で、時間が過ぎる。ジョミーもこれ以上、何を言えばいいのか分からない様子だ。
 「て…っ!」
 突然、金髪の巻き毛の女の子がジョミーの首にしがみついて、じろっと少女をにらんだ。次いで黒髪の女の子と赤毛の男の子がジョミーの腕をとって、同じように少女をにらむ。
 「ジョミーはあたしたちのだから!」
 「渡さないんだからな!」
 そう宣言すると、ほかの子どもたちも一緒になってジョミーのまわりに集まって、まるで少女を威嚇しているようだった。の、だが…。
 「お前たち、何を馬鹿なことを言ってるんだ!」
 その一言で、子どもたちははっとしてジョミーを見つめた。
 「こんなことしてるヒマじゃないんだ! トォニィ、すぐにキムを起こしてきてくれ。話があるって」
 ジョミーの真剣な声に、子どもたちは驚いたように動作をとめた。さっきまで顔を赤らめて言葉に詰まっていた人と同一人物と思えないほど、しっかりとした口調。
 赤毛の男の子は慌てて居住いをただし、くるりと回れ右をした。
 「う…うん! 分かった」
 「あたしも行くー!」
 ただならぬ雰囲気を察したのか、黒髪の女の子もぱっとジョミーの手を離して駆け出した。そのあとにほかの子どもたちも続いた。
 「大丈夫だよ」
 呆然として走り去る子どもを見送っていた少女は、その声にジョミーを振り返った。
 …太陽みたいだ…。
 「僕が君を守る! そういっただろ」
 にこりと笑ったジョミーがとても頼もしく、そしてひどく大人びいて見える。まだ十代前半の少年にもかかわらず、王者の風格さえ漂わせていた。
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        | ここで、トォニィたちはブルーと会っているわけですね。でも、覚えてないし、覚えていたとしても今は会社の社長となった人と、はるか昔にジョミーがホレた綺麗な女の子とはつながりにくいような…。 |   |