ある社屋の最上階。いわゆる社長室と呼ばれる部屋のドアがノックされる。
「入りなさい。」
大柄な男性、ハーレイ秘書官が入室を促すとドアが開き、金髪の青年が入ってきた。
「お呼びだと聞きましたが。」
外見は25、6歳。しかし、その若さに似合わぬ毅然とした雰囲気は、触れるものをさっくりと切ってしまいそうな研ぎ澄まされた鋭利な刃物のようだ。
彼はジョミー・マーキス・シン。
若いにもかかわらず、業務成績はトップクラス。その年齢に似合わぬ落ち着きと、抜群の容姿に憧れる女子社員も多いらしい。金髪に緑の瞳という、まさに女性にとっては憧れの王子様といった容貌だが、その瞳は暗く、近寄りがたいイメージを醸し出しているため、まだ決まった相手はいないらしい。
「君に大切な用があったんだ。仕事の邪魔をして悪かったね。」
一方、エグゼクティブチェアに座る彼、ブルー・シャングリラは、社長にしては若すぎるように思う。外見の年齢は、ジョミーとあまり変わらないように見えるが、こちらも年齢に似合わない王者の風格を匂わせる。
銀の髪と赤い瞳。典型的なアルビノの特徴を有した容姿は人目を引く上に、その美貌は完璧なまでに整っていて、社交界では知らぬものはいないとまで言われるほどだ。だが、彼は決して美しいだけではなく、財界を代表するシャングリラ・コンツェルンの社長兼総帥で、経済界に対する影響力はかなりのものと言われている。
そんな社長の謝罪に対して、ジョミーは恐縮した様子もなく首を振った。
「いえ、社長に呼ばれるのも仕事のうちですから。」
そんな人を食ったような返事をする彼を、秘書官であるハーレイが顔をしかめて見ていた。
「そう思ってくれるとありがたい。
ところで、君は入社して2年目だったね。」
「そうですが…?」
その言葉に、今までポーカーフェイスを保っていたジョミーは不快そうな表情を浮かべる。入社2年目というのは、あまり触れられたくないことなのだろうか。
ブルー自身も一瞬不思議そうな顔をしたが、何も嫌がるような言葉ではないはずとそのまま続けた。
「2年目にしては、かなり業績を上げているそうだね。」
しかし。社長をして感心させたはずの彼は、喜ぶよりはむしろ気分を害したようで、表情が険しくなった。
「…社長まで仕事の出来を年数で測るんですか?
というか、あなたがそういう考えだから、社員に緊張感がないんでしょうね。特に若手社員には。」
それは一種の侮蔑に似た台詞だった。ジョミーはここにきて初めて笑みを浮かべたが、その笑顔は暗く、しかも彼の目はまったく笑ってはいなかった。
「シン君、君は何という無礼なことを言うのだ!?
社長は君の実力を認めて褒めているのだ、もっと素直に受け取ったらどうなんだ!?」
社長の傍らに控える秘書官が、声を荒げる。
「個人的に言えば、褒められるのは嫌いじゃない。でも、2年目だからっていうのが気に入らない。」
「社会経験の年数に比べ、業績を上げていると社長はおっしゃっているのだ!」
「だからそれが不愉快だと言っている。」
「…返す言葉がないな。」
その言葉にジョミーと秘書官のハーレイが社長を振り返る。
「いや、すまない。確かに、年功序列を地でいくような台詞になってしまった。反省するよ。」
「社長!?」
「それに、2年目の社員という括りで話をしてしまったのは、確かに失礼だった。」
苦く笑いながらそう謝罪する社長に対し、2年目の社員であるジョミーは、まあいいとつぶやいた。
「分かってくれるとは思っていましたから。」
「君!無礼にもほどがあるだろう!」
さすがに秘書官の怒号が飛ぶ。
しかし、ジョミーはというと、そんなものはどこ吹く風で平然としている。
「それで、僕に何の用なんですか?」
「シン君!君は私の言うことを聞いているのかね!?」
それでも無視を決め込むジョミーに、ハーレイが怒鳴ろうとしたそのとき。
「ハーレイ、すまないが、新企画の実施案を持ってきてもらえないか?」
しかしこれでは話が進まないと思ったのか、社長であるブルーが口をはさむ。
その意図するところを理解し、ハーレイは失礼しました、と小さな声で謝罪して社長に対して頭を下げた。
「では、しばらくお待ちを。」
「すまない。」
ハーレイはそれに対して、いいえと応じ、部屋を出るべくドアに向かう。その際にジョミーを振り返ったが、彼はと言うとまったく何の感慨も覚えていないように、ハーレイに対しては一顧だにしなかった。
そして、社長室にはブルーとジョミーの二人だけとなった。沈黙が二人の間に落ちたが、それを破ったのは、やはりブルーだった。
「しかし、ハーレイ秘書官の言うとおり、社会経験の年数と比べて君の能力が高いというのは本当のことだ。」
ブルーは社長席から立ち上がり、ふっと表情を緩めた。しかし、やはりジョミーには何の感動も覚えないらしい。
「それはどうも。」
表情すら変えず、そう返す。
ブルーはその様子に、そう言えば、と苦笑いしながら続ける。
「何社かから引き抜きを受けているとも聞いているが。」
社長自身から、背信行為を働いていないかと正面きって問われたようなものだが、ジョミーはというと、面白そうに瞬きをしただけだった。
自分にはまったく非はない、相手が勝手にやっているだけだといった堂々たる態度である。
「さすがに早耳。でも、あなたの耳に届いていないほうがおかしいのか。」
それどころか、悪びれもせず言い放ってから、ジョミーは薄く笑う。
「…知っていてよかったと思ったよ。
それで、聞いてみたいのだが。」
「何ですか?」
「数多くの勧誘を受けながらも、この緊張感のない会社に君がいる理由は何かな?
誤解のないように言っておくが、こんなことを訊くのは、ただ不思議だと思うからだ。他意があってのことじゃない。
君が今言ったとおり、よく言えば従順、悪く言えば人任せな社員の多い会社で、君が浮いているのはよく知っている。居心地が悪いだろうことも分かっている。
だが、君はそんな中にあっても、自分を求めてくれる居心地のいい会社に行こうとはしない。」
そう言いながら、ジョミーの反応を見ているようなのだが。その彼の反応は、今までにないものだった。
何かに詰まったように咳き込んでから息を整え、きまりが悪そうにブルーを見やる。
「…それは面接で言った。」
それっきり口を閉ざす。
今までと全く違う彼に不審を抱きながらも、ブルーは困ったように笑った。
「すまない。面接官からは何も聞いていないんだ。」
「…言いにくいから、当時の面接官から聞いてください。ちょうどハーレイ秘書官がそうだったでしょう。」
これだけ歯に衣着せぬ物言いをするジョミーが言いにくいとは何だろうと思いつつも、うなずいた。この様子では、喋らせるのは至難の業だろう。
「そうだったね。分かったよ。」
そう言ったところで、ハーレイが戻ってきた。腕には分厚い資料を抱えている。
それを見て、ジョミーは眉を寄せた。
「…時間がかかりそうですね。
急ぎの話でないなら、後にしてもらえませんか?もうすぐ契約先に向かう時間になるんで。」
それを聞いてキレたのは、やっぱりハーレイだった。
「君は相変わらず、口のきき方を知らない…!」
「いや、それは仕方がない。君が外回りから戻ってからにしよう。
ハーレイ、すまなかった。資料はそのままここに置いてくれ。」
「は、はあ…。」
社長からそう言われたのでは、泣く子も黙る秘書官とてそれ以上は何も言えない。
「では、行ってきます。」
一礼すると、ジョミーはさっさと出て行ってしまった。女性社員に人気があると言われるだけあって、そつのない身のこなしである。
その後姿を苦々しく眺めながら、ハーレイはふんと鼻を鳴らした。
「まったく、彼には礼儀というものを教える必要がありそうですな…!」
「得意先回りが優先だ、ハーレイ。特に、ジョミー・マーキス・シンは、契約の相手方が多いからね。」
だからこそ、社内でもトップクラスの契約数を誇っているのだろう、と続ける。
「しかしですね…!それを鼻にかけて言いたい放題では困りますからな!」
「必要なときには礼儀をわきまえているのだろう、彼は。でなければ、契約など取れるはずがない。」
「ああ!そういうずる賢いところもありますな!」
やれやれとブルーが苦笑いするのに、ハーレイはさらにむっとする。
「あなたもあなたです、なぜジョミー・マーキス・シンに言いたい放題にさせるのか理解に苦しみますな!」
「僕は、ああいうタイプは嫌いじゃないからね。」
その楽しげな台詞に、ハーレイは天を仰いだ。
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シンブル風味♪でございます〜。ヒロさまに謹んで差し上げます〜vvてか、また続きものか!って奴ですが…。どうかお許しを〜!!そんなに長くならない予定なので! |
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