「ハーレイは、僕の秘書をしてくれている。今回は、無理に協力してもらったんだ」
ブルーはそう話し始めた。
「さっきも言ったが…君は教師としてはよく生徒の面倒を見てくれる。だが、それだけだ」
「それだけって…そりゃ僕は教師なんだから…」
「商品たる生徒には手を出せない…かい?」
ブルーの言葉がひどくそっけなく響いて、ジョミーは言葉を一瞬止めた。
「商品だなんて…」
「では、ジョミーは生徒のことをどう思っている?」
さらに問い詰めるようにそういわれて…返答に詰まった。
僕にとって生徒とは? 学業だけではなく、メンタルな部分においてもサポートし、心身ともに健康な人間性の形成を助ける…そういった対象だ。
「ジョミーの言いたいことは分かっている。教師は一段高いところにいて、生徒のフォローをする。どんなになれ合っているように見えても、その線引きは絶対だ」
淡々と言葉を継ぐブルーに…ジョミーは言葉を返すことができなかった。
「…そんな教師がいてくれるというのは、確かに心強い。友人のようでいながら、いざとなれば助け上げてくれる。どんなに馬鹿を言っているように見えても、きちんと目端がきいていて、必要なときには助言をくれる。ジョミーは自分が目指す教師像を体現しているんだなと思っている。けれど」
ブルーはそこで、しばらく沈黙した。
「…けれど?」
何かとんでもない台詞が出てきそうな気がしたが、それでもジョミーはブルーを促した。
「そんなジョミーを見ていると…ひどく腹が立った」
その瞬間。彼の瞳が急に暗い色を帯びた。
「ジョミーにとっては、生徒は製造品と同じだ。曲がらないように、横道にそれていかないように気を配る。ミスのないように、卒業時まで手をかけて仕上げていく。教師としては、ジョミーは満点だ」
そして、そのままこちらをじっと見た。
「だからこそ…学校を卒業して君の生徒でなくなるときを待っていた。でも、ジョミーはモテるから、早めに声をかけたんだけどね」
「そんなこと…」
ない、と言おうとしたがブルーの視線で黙らざるを得なかった。
「…ないはずがない。ジョミーに告白したという女の子の話はすべて僕の耳に届いている」
そう言って、さびしそうに笑う。
「…でも、卒業してもジョミーにとって僕は君の生徒なんだね」
…こういう場合、どういえばいいのだろう。
こんな場面は初めてではない。正直な話、片手では足りないくらいある。そのたびに、同じような台詞を繰り返してきた。
君の気持は嬉しい。でも僕は教師で君は僕のかわいい生徒だ。だから、君の気持には応えられない。それに、君はこれからいろんな人に出会う。僕に対する気持ちは、そのときまで取っておいたほうがいい。
泣かれたこともあるし、もともとダメだと思っていたからと笑って去って行った生徒もいる。
そんな気持ちを抱いてくれるのは、本当に嬉しいと思う。けれど、彼女たちはみな僕の大切な生徒たちだ。彼女たちには、無条件で応えてはいけないと頭から考えていた。
「ねえ、ジョミー。君は僕のことをどう思っている?」
そういわれてどきんとした。
「僕は、君の生徒であると同時に、ひとりの人間だ。では、ジョミーは僕のことを一個の人間として、どう思っている?」
「そ、そんなこと急に訊かれたって…」
「では、言い方を変えよう。僕がジョミーの学校の生徒じゃなかったら…学校以外の場所でジョミーと会っていたら、ジョミーは僕のことをどう思った?」
さらに畳み掛けるように問われて。ジョミーはすぐに返事できなかった。
だって、そんな仮定は考えたことがない。ブルーは、会ったときから優秀だが扱いづらいと周囲からささやかれていたから、彼が僕の生徒でなかったらなんて考えたことがなかった。
でも、もしもはじめて出会ったのが大学生のときだったら? 僕は彼にどんな思いを抱いただろうか。冷めた目に、他人を見下ろしたような態度。でも…とっつきにくい感はあるが、それでも友人としてキャンパスで笑い合う仲になっただろうか。
ブルーはジョミーの戸惑いを、苦く笑った。
「…急にそんなことをいわれても、実感が湧かないのも無理はない。この3年間、生徒だとしか意識していなかった僕からそんなことをいわれても、困るだろう。でも、僕はずっと君が教師でなかったなら、と思っていたんだよ。」
…こんなとき、何をいえばいいんだろう? 君は綺麗だと思うけれど…その顔に似合わず、強引な性格には憎めないところが往々にしてあるけれど、僕には君と付き合う気はない。ましてや婚約だ、結婚だなんて考えたこともない。
そう、はっきり言えばいいのだろう。過去に断ってきた女子生徒たちと同じで、決して期待を持たせてはいけない。
でも。
ジョミーはブルーの真剣な表情を見つめながら思う。
ここで断ったら、彼とはもう二度と会うことはないだろう。たまに高校に遊びに来て話をするということがないではないが、ブルーはそんな性格ではあるまい。
「僕…は…」
言いかけたが、あとが続かない。
「…君の気持ちは分かった。ありがとう、ジョミー」
ブルーはため息をひとつつくと、陰りのある笑顔を浮かべた。
「君を困らせて、悪かった。もうわがままはいわない。思えば君が僕に関わったのは、君が教師だったからという使命感にほかならない。だから…もういい」
え? と思っていると、ブルーは次にはにこりと笑った。
「この3年間、君と過ごせてよかった。ジョミーは4月からまた新入生の担任になるんだろうけど、君らしさを忘れずに、頑張ってくれ」
ジョミーは、今度はふっ切ったようなブルーの言葉に戸惑った。あきらめさせようと思っていたというのに、自己完結されるのには複雑なものを感じた。
「僕が行くのは、地元の大学だから、ジョミーとはまた会うかもしれないけれど、そのときは一緒に話をしよう。だから…もういい」
無理をしているのかもしれないが、ブルーの言葉はしっかりしていて、逆に物足りなくなるくらいだ。
本当に…いいの…?
「嘘をついて、人をだまして婚約するなんて考えた僕が悪かった」
今度は素直に謝られ。ジョミーは次に言うべき言葉を失った。
でも…何か言わなくては。このまま分かったと言って納得してしまったら、本当にこれで終わってしまう。
「…ブルー…その、君が命を狙われているとか、婚約を迫られているというのは…嘘、なんだよね?」
自分の中に起こった感情に突き動かされるように、ジョミーはブルーを伺った。
「君が殺されるとか、そう言った心配は、ないんだよね?」
「僕の実家が資産家で、高校を卒業する18歳で遺産相続をするというのは本当のことだ。だが、殺されるかもしれないというのは嘘だから安心して…。」
しかし、ブルーはそこで、ああ、と思い出したように心持上を向いた。
「でも、婚約の件は本当だ」
「え…っ?」
「さっき写真を見ただろう。フィシスという従姉妹だが、彼女とは親同士が決めた婚約者同士で、僕が遺産相続をする年まで結婚したい人が決まっていなければ、彼女と婚約して会社を継ぐということになっているらしい」
婚約…? あの綺麗な…女の子と?
ジョミーの心の中に、わけのわからない焦燥感が渦巻いた。
「当面は学業に専念することになるだろうから、婚約式とその発表は遅れるだろうが…ここ1年以内にはしなければいけないだろうな」
「で、でも、あの女の子は14、5才くらいだったよね?」
「だから、婚約だけだ。社交界に対して、同じ一族で家を守って行く姿勢というものを見せつけなければ、変に財産目当ての縁談を持ち込まれるだろうからとハーレイは言っていたな」
「君は…それでいいのか?」
「…僕が婚約したいのはひとりだけだよ」
そう言って、ブルーの紅い瞳はジョミーを見つめた。だが、その視線はふっと逸らされる。
「だけど、そんなことばかりいっているわけにもいかない。君だって迷惑だろうし、フィシスなら…まあ、妹のようではあるけれども、お互い気心の知れた仲だからね。相手としては悪くない」
そういいながら、ブルーは自嘲気味に微笑んだ。
「こんな気持ちでいるのは。フィシスには失礼なのかもしれないね。でも…多分彼女は許してくれるだろうから」
優しい、僕の女神だから、と続けられるのに、ジョミーはひどく焦った。
でも、僕が彼に何を言えるだろうか。僕が教師だから、君が生徒だから、そんな間柄になれないと思っていたのは、ほかならぬ自分。
どうしよう、と。
ほかの女の子から告白を受けたときには感じなかった焦燥感に、ジョミーは自分を持て余していた。
9へ
…さすがはブルー、転んでもただでは起きません…!
嫉妬心を煽られると、かなり焦りますよねー♪ しおらしく見せかけておいて、と言うところが老獪なとこです〜。にしても、本当にゆっくり…ですね。すみません! もしかして、どんな話だったか前を見直さなければいけない人もいらっしゃるかも! |
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