「すまない…ジョミーがそんな風に考えていたなんて知らなかったものだから、強引にことを進めようとして…。」
「そんな風ってなに!?」
勝手に理解してもらっても困る…! 大体僕が、何をどう考えていたって言うんだ!?
大慌てのこちらに対して、ブルーはにっこりと微笑んでいる。
「でも、心配はいらない。ジョミーが教職を天職としているのは分かっているから、仕事をやめろなんていうつもりはない。」
「あ…それなら…。って違う!!」
つい納得しかけてしまったじゃないか!! 大体、結婚するから仕事をやめるなんて、いつの時代だよ!?
「そうじゃなくて…僕は君の身の上には同情するし、教師としてできる限りのことはしたいと思っている。けど! それと君の婚約者になるって話とは、全然まったく別問題だ。」
至極まともなことを言ったはずなのに、ブルーは訝しげにこちらを見つめているだけ。
「ジョミー?」
「大体、僕は女じゃない。君の子どもだって産めないし。」
「それは見れば分かる。」
「それに…ちょっと驚いたけど、君は会社の代表になっているんだろう? その奥さんが男だったらまずいじゃないか、対外的に! 君が恥をかく。」
「僕は気にしない。」
「君は気にしないかもしれないけど…。」
「ねえ、ジョミー。」
ブルーはにこりと微笑んだ。
「君が気にしているのは、子どもを産めないことと、会社代表の僕が恥をかくということだと思っていいのかい?」
「そ、そうだけど…。」
…あまり何も考えずにうなずいたが。
「では、僕が嫌いというわけではないんだね?」
「え…いやそれは…!」
しまった…と慌てたが、ブルーはにやりと笑って満足そうにうなずいた。
「分かった。君が今は嫌だというなら、無理強いはしない。声をかけたのも突然だったしね。」
「だからそれは…って…。え?」
そんな意味じゃない、いや、もちろん君が嫌いってワケじゃないんだけどそうじゃない! と、続けようとしたが、耳を素通りしそうになったブルーの言葉にはたと気がついた。
…え…? 嫌なら無理強いしない? てことは…。
その瞬間、安堵のあまり力が抜けそうになった。
ああよかった、ようやく分かってくれた。そうだよな、彼だって伊達に頭がいいわけではないし!
だが。
「君だって考えを整理する時間が必要だろうしね。仕方ない、今は適当な女を婚約者に仕立てて、何とか逃れるか…。」
そんなつぶやきに、今度は別の意味で慌てた。
わ、分かってくれたんじゃないの…!? それに何? 僕の考えを整理する間は適当な女を婚約者にって…!!
「ち、ちょっと待って!」
「なに?」
しかしブルーは平然としたものだ。
「適当な女って何だよ! そんなの、選んだ相手に失礼…。」
「それはどうしようもない。今僕が婚約したいと思っているのはただひとりで、そのひとりである君は嫌だというから。」
「だからって…! ていうか、何で僕なんだよ!!」
脳みそが沸騰しそうな感覚に襲われながらも、ブルーに詰め寄る。
こんなに女の子にモテモテなくせに、何でこんなに感覚がズレまくってるんだよ! しかも僕? どこから見たって男で、お嫁さんにしたいなんて間違っても思わないだろうに!!
けれど…ブルーが僕に好意を持ってくれているのは悪い気分じゃなくて…。でも、そんな気持ちを気取られてはいけないと、精一杯のしかめっ面を作って深呼吸した。
とにかく…。二人で話していても埒が明かない。
「分かった…。じゃあとにかく、君の叔父さんとやらに会わせて…?」
するとブルーは目を見開いた。
「会って…どうする?」
「会って話して…どうしても説得できないようだったら、仮の婚約者になるよ。」
言っておくけど、仮の、だからね! と念押しすることは忘れなかった。
そう言うと、ブルーは少し考えてからうなずいた。
「…分かった。では、次の日曜にでも会う手筈を整えておこう。言っておくけど、叔父は変わっている上に偏屈者だよ?」
「ああ、それ血筋だよね! 変わり者で偏屈なとこ!」
そう言うと、さすがに今度は黙り込んだ。
突然婚約者になってくれと言われ、動揺させられっぱなしだったので、ブルーの苦い顔を見れたことに、してやったりと心の中で舌を出した。
今度の日曜日に叔父を呼ぶから10時に自分のアパートに来てほしいと後から連絡を受け、当日を迎えた。
偏屈だって何だって、話してみなければ分からない。ブルーだって十分に変わっているんだから、もしかしたらその叔父さんは意外に普通の人かもしれないし! そう考えて力んでいたせいか、休みの日で、約束の時間までにはまだ間があるというのに、妙に早く起きてしまった。
しかも、しっかり朝食を作ってきちんと食べたあと時計を見上げると、まだ8時前。
…困った、まだまだ時間がある。昨日は、明日のことがあるからと日曜のクラブ活動は別の先生に任せてきてしまったし、夜遅くまでがんばって生徒たちの卒業の準備などの業務を行っていたせいで、珍しくぽっかりと穴が開いたようにすることがなくなってしまった。
…こんなに手持ち無沙汰なんて、落ち着かない。
いつもは、生徒たちの試験の採点だの家庭環境調査だの授業料の未納だのと、自宅にいても忙しくしているのに…。
皿を洗って少しぼんやりしたあと、ジョミーはコートを取った。
…散歩がてら、ブルーのうちまで行ってみよう。どうせすることもないし。
アパートの鍵をかけ、軽い気持ちでブルーのアパートを目指す。
…頑固な叔父さんって言ってたけど、どんな人だろう…? 職業柄、いろんな親御さんに会ってきて、いろんなことを言われてきたけれど、そんなのは比じゃないんだろうなあ…。
まだ見ぬブルーの叔父に、若干の緊張を含んで思いを馳せる。
でも、諦めるのはまだまだ早い! 相手は同じ人間なんだし、話せば分かるはずだ…!
そう考えながら歩くこと30分。ブルーのアパートが見えてきた。ふと時計を見ると、まだ8時半になってない。
…さ、作戦を練るために早めに来たとでも言えばいいよなっ。ブルーが起きてなければ、たたき起こして、食事でも作ってあげて…。大体、彼って規則正しい生活してるのかな? そう考えると、抜き打ち検査も必要だし…!
自分に言い訳してから歩き出そうとして。
その足が止まった。銀の光がちらりと彼の部屋のテラス部分に見えたのだ。しかも…テラスにいるのはひとりじゃない。年のころは50歳くらいだろうか、がっしりとした体格の男が一緒にいるのが見えた。
誰だろう…?
ジョミーは何となく木の陰に身を隠した。なぜ隠れたのか分からない。何か直感的なものを感じて、なのだろうが、それが何なのか今のジョミーには分からなかった。
例の、叔父さんだろうか? でも、やけに親しそうなんだけど…。
目はいいほうで、かなり遠くのものまでよく見える。そこに映るのは、薄く笑うブルーの姿と、苦い顔をしながらも仕方がないといった笑顔を浮かべる彼の父親くらいの年代の男。
え…?
二人の交わす会話は、当然のことながら聞こえない。だが、一時は養護教諭になろうと思ったことがあり、必要になるかと思って読唇術をかじったことがあった。ゆえに、二人の口元さえ見ることができれば、そこで交わされている会話の概要が分かってしまう。
ジョミーはしばらく呆然としたまま立ち尽くしていたが、やがて方向を変えるともと来た道を戻り始めた。さっきまでのドキドキしながらも浮き立つような気分はすっかりジョミーの中から失せていた。
…僕を…騙した、のか…?
ぼんやりとしながら歩いていると、小さな公園が見えた。その公園の中に足を踏み入れ、ベンチに腰掛けて空を仰ぐ。すがすがしいほどの抜けるような青空だった。
詳細は分からなかったものの、ブルーがお金持ちの子息らしいということは彼の担当教諭から聞いて納得していた。彼の親戚という人物から定期的に寄付があるらしく、それもかなりの金額だという話なので、資産家には違いないだろう。それなら、骨肉の争いが起こっても無理のないことなのだろうと思っていた。
けれど、テラスで交わされた会話からは、一方的に財産を取り上げるために結婚を強要している叔父とかわいそうな甥という感じはない。むしろ何でも相談できる気安い仲、と見えた。
でも何のために。どんな目的があって…? そんな話を真に受けた僕をからかおうと思っていたのだろうか?
考えても考えても分からない。
『それでは、私一人が悪者ではないですか。あなたが気に入ったという教師と私は、ずっと冷戦状態のままになるのですか?』
『そんなことにはしない。頃合を見て話し合いの場を設ける。』
ジョミーの脳裏に二人の会話が焼きついていた。
7へ
ちょっと地雷踏んでみましたーみたいな…。さてさて、ジョミーどうするのかしら〜? |
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