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 「無論、君の安全は最優先に考えさせてもらう。いずれ知られることにはなるだろうが、何とか2年間、両親や叔父たちには君のことは伏せておくつもりだ。」「そ、そんなことを気にしているんじゃない…!!」
 むかっとして言い放ってから、まったく動じていない様子のブルーをじろりと睨んだ。
 「君のおかれた状況は分かった。身内から裏切られて辛いのもよく分かる、八方塞がりの状態で、冷静さを欠いていても仕方がない。だけど、僕を婚約者にって言うのは、どう考えてもおかしい!」
 おかしいから…。とりあえず、説得することにした。
 「とにかく、冷静になろう。それに、相手は君を生んだご両親なんだから、話し合えばきっと分かり合えるはずだ。」
 「ジョミーらしいな。」
 しかし、ブルーは苦笑いを浮かべてジョミーを見つめた。
 「でも、僕は嫌になるくらい冷静だよ? 君に声をかけるのは卒業してから、大学に入ってある程度落ち着いてこれからの生活設計を立ててからと思っていたんだけど、こんな事情があって早めに動かざるを得なかった。」
 「どんな背景があろうと…え…?」
 今、なんて…? 声をかけるのは卒業してからと思っていた…?
 「ずっと君が好きだった。クラス担任になったことはなかったし、学科の担当にもなったことはなかったけれど、僕は3年前に学卒でこの学校に来た新任の君に叱られたことを覚えている。教師から叱られたのは初めてだったから。」
 「…叱った? 僕が?」
 しばらく考えてみたけれど思い出せない。
 「…悪いけど全然覚えていない。」
 そもそも君、叱られるようなことは何もしてないんじゃ? と思っていると、ブルーは可笑しそうに笑った。
 「宿泊学習、だったかな? 君が引率役だったと思ったが。」
 そう言われて、集団行動には学ぶべきことがないと言い置いて帰ろうとした生徒を引きとめ、カリキュラムは無駄に組まれているわけじゃない、学ぶべきところがないと言い切れるわけはないと説明したことを思い出した。
 「…よ、よく覚えていないけど…多分叱ったわけじゃないと思うよ?」
 …うん、叱ったわけじゃない。あくまで説明してただけで…。
 「そうかい? でも僕にとってはどちらでも同じことだった。この僕にそんな口を叩ける教師がいたのかと驚いたよ。」
 …忘れてしまったというのは嘘だ。そのときに初めて彼の存在に気がついて、男の子なのになんて綺麗な子なんだろうと驚いたから、強く印象に残っている。だが、そのときは気後ればかりもしていられなかった。
 担任教諭でさえ強く言わないのをいいことに帰ろうとした彼に、身体の具合が悪いとか出席停止に相当する理由があるというのならまだしも、そんな理由でサボるなんて、君は学校行事を何だと思っていると詰め寄った。どんな反撃が返ってくるかと思っていたところが、意外にあっさりと了解の返事を寄越し、列に戻ったのには変に拍子抜けしてしまったことまで思い出した。
 「本当に覚えていないのか?」
 意地の悪い笑みを浮かべているブルーに、ジョミーは頭を掻いた。
 「全然…覚えてないってことはないけど…そんな悪ガキは君だけじゃなかったから…。」
 「…そういうところだな。」
 「そういうところって…?」
 どういうところなんだろう? ブルーの嬉しそうな表情を眺めながら不思議に思う。
 「さっきも言っただろう? 僕を『悪ガキ』と思う教師は君だけだった。他の教師は僕のことは扱いづらい、あまり関わりたくなかった生徒で、いれば平均点を上げてくれるだけがメリットだと思っていたはずだ。」
 「…なんでそういうひねくれた考え方しかできないのかなあ?」
 そうは言いつつも、事実他の教諭が考えていたことはまさにそのとおりだったのだけど…。どうして彼は若いのにこう斜に構えて物事を見てしまうんだろう…?
 「ひねくれるも何にも、それが真実だ。そういう世間ずれしていないところも、新鮮で気に入った。」
 「はあ?」
 「だが、君は優しいけれど、教師としては完璧だったからな。君に告白した女子生徒が全員断られたという話も聞いている。」
 そういわれるのに、何もないのにむせてしまった。
 …なんで知ってるんだろう?
 「だ、誰だよ、そんなこと言う奴!」
 「それでも、誰一人として君を恨んだり、悪しざまに罵ったりする生徒がいなかったのはひとえに君の人柄のせいなんだろうな。とにかく、ジョミーが教師として僕に接している限り、生徒である僕が何を言っても無駄だろうと思って卒業を待つつもりだった。幸い、君は学生時代の恋人とは別れてフリーだったようだしね。」
 「何が幸いだ…! これでもちょっとは引きずってたんだからな!」
 当時を思い出してむっとはしたものの…それも仕方ないかとさっさと諦めてしまったんだったと思い出して、結局黙り込んだ。
 「すまない。でも、ジョミーの魅力が分からないような女とは別れてよかったよ。」
 「ああ、それはありがとう。」
 おざなりに礼をいったが、ブルーはどういたしまして、と微笑みを返してきた。
 ここまで来れば、話の展開が何となく見えた。見えたけれど…。
 「でも、先に話した僕の婚約問題が持ち上がったときには、さすがに悠長にはしていられなくなった。で、君へのお願い事だが…。」
 「ストップ!」
 ジョミーは慌てて静止をかけた。いや、それはまずい。絶対に聞き入れるわけにはいかない。
 「それはさっきから言っている、婚約者になれって話だろ!?」
 「そうだよ。」
 しれっというブルーに、ジョミーははああっとため息をついた。教師として完璧なつもりは毛頭ない。それでも、これは受けるわけにいかないと顔を上げた。
 「…たとえ卒業したとしても、君は僕のかわいい教え子だ。他の女子生徒にしたのと返事は変わらない。」
 それだけはしっかりいっておかなければ。こういうことは、変に期待を持たせてはいけない。ブルーは今まで女の子に見向きもしなかったようだけど、その気になればどんな女の子でもより取り見取りだろうということは想像に難くない。
 「仮にでも…僕なんかを婚約者にしちゃダメだよ。君にはきっと素敵な女の子が現れる。だから…。」
 でも…素敵な女の子が現れて…彼女とブルーが恋に落ちて…? ふと胸にわだかまったものに、ジョミーは言葉を止めざるを得なかった。さらに、視線を上げたときに目に入ったブルーの顔に動作が止まってしまった。
 「…そう。」
 そのときのブルーの表情は今まで見たことのないものだった。いつもの自信のある堂々とした態度とは正反対に、悄然と打ちひしがれた姿。
 そんなつもりじゃ…と言いかけて。でも、ここで甘い顔をしたらダメなんだ、彼のためにも僕は教師として彼に接するべきなんだ…!
 そう思って、言いかけた言葉を飲み込んだ。そして、自分に言い聞かせる意味でゆっくりと話しかけた。
 「そっちは協力できないけれど…僕も君のご両親を説得してみるよ。君さえよければ、僕をご両親に紹介して。」
 婚約は…できないけれど、それは放っておけない。子どもの人権に関わることだし、教師としても言いたいことがある。
 「…いや。」
 しかし、ブルーは首を振った。
 「ジョミーの気持ちだけで十分だ。これ以上は巻き込むつもりはない。」
 「巻き込まれたつもりなんてないよ! だけど、放っておけない。」
 「そうだね。優しい君らしい考え方だ。」
 その言葉には引っかかるものを感じて…焦る。
 「でも、本当にいいんだ。」
 「でも…!」
 「ジョミー。」
 低い、威圧感を含んだ声音に。それ以上言い募ることができなかった。
 「…僕がいる場所は、君の住む世界とは違う。中途半端な同情だけなら、関わってほしくない。」
 そういって、ブルーは手を差し出した。
 「今まで楽しかったよ、ジョミー。」
 悲しげに微笑む彼が、ひどく寂しげで。握手を求めているだろう手を握り返すこともできなかった。いや、それどころか。
 「何が楽しかっただ…。」
 無性に腹が立った。
 「何が関わってほしくないだ…? 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
 ブルーが唖然とこちらを見つめる姿に、彼が生徒で僕が教師だということなど吹っ飛んでしまった。
 「大体婚約者になってほしいというなら、一度くらいまともに口説いてみたらどうなんだ…? まさかと思うけれど、昔話をしただけで口説いた気分になっているんじゃないだろうな!? そんなんじゃ、落とせるものだって落とせない…。」
 そこまで言ってしまって。自分がとんでもない失言をしたことに気がついた。
 「…ジョミー…。」
 案の定ブルーが微笑む様子に。
 ジョミーの頭の中は、まずい、どうしよう、という言葉ばかりが巡っていた。こんなことを言うつもりじゃなかったのに、まるで口説いてくれとせがんでいるような言い方になってしまったことに。
 …動揺した。
 
 
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        | お決まりのパターンですみませぬ…。m(_ 
        _)m 翌クリスマス後まで引っ張っちゃってこの体たらくとは…。 |   |