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    うまく言いくるめられて、結局アパートの中でテーブルに座ってブルーと相対することになってしまった。「…ジョミーには悪かったと思っている。」
 そう、しおらしく謝られてはこちらも強く出られない。
 こういうところが人がいいと言われる所以だが、素直に頭を下げられてまだ怒ることができる人こそすごいと思う。
 「実は、僕は電話の類が苦手で携帯電話は持たないんだ。」
 その言葉にあんぐりと口を開けてしまう。今時の高校生で携帯電話を持たないものなのいたのか、とびっくりした。
 そりゃ、強引に電話番号を教えたのは僕だし、携帯電話の有無など全く聞いていなかったけれど…。
 「言ってくれればよかったのに…。」
 少なくとも、電話番号を教えた時点で携帯電話は持たないことを教えてくれれば、ここまで混乱しなかったし…!…勝手に騒いだのは自分だろうと言われればそのとおりだけど。
 「ジョミーは僕が携帯電話を持っていると頭から信じていたみたいだったから、言いそびれたんだ。」
 まあ…、確かにそうは思っていた。携帯電話の有無など聞きもしなかったし。
 「それは悪かったと思うけど…。
 でも、合否くらいは早く教えてくれたって…。って君、合格だよね?」
 はっきりと結果を聞いていなかったため、間抜けにも確認のため彼を伺うと、思いっきり当然だといわんばかりの態度でうなずかれた。
 「不合格であるはずがない。でも、残念会も捨てがたい気はするな。」
 そういう反省のないようなことを言うから、またむっとしてしまう。
 「そんな神経の図太い生徒には、反省会などしないから!」
 強い調子でそう言うと、さすがに決まりが悪そうに目を泳がせた。
 「だから…、すまないとは思っている。
 でも、そういうことを軽々しく電話で伝えてしまうことに抵抗があったんだ。」
 …どこのお年寄りかとつい思ってしまった。
 そういう感覚はないではないが、最近は電話だろうがメールだろうが、情報は早く伝達することに重きが置かれていると思うというのに。
 「…まあ…、勝手に大騒ぎしたのは僕だし、それで勝手に腹を立てていたのも僕だから。」
 「いや、ジョミーの気持ちは嬉しかった。」
 僕を心配してくれたんだから、と微笑んで返されるのに、こちらが照れてしまう。微笑むと、彼は花が咲いたかのように美しい。
 「そ、そりゃ、教師としては当然のことで…。」
 「教師として…?」
 「え…?」
 テーブルの向かいのブルーの目が真剣な色を帯びた。
 「僕を心配してくれたのは、教師として?ジョミーは、連絡の取れない生徒すべてに心配しているのか?」
 その言葉に。
 自分の慌てようが常日頃のものとは違うと思い当たり、口をぱくぱくさせてしまった。
 で、でも、教え子はみんなかわいいし…!合格なら我がことのように嬉しいし、不合格だったとしても、同じように心を痛めただろうし…。
 「答えて、ジョミー。」
 真剣な表情に返事ができず、視線を泳がせる。
 「あ、あの、ブルー!食事は済んだ!?」
 視線の先に、システムキッチンを発見し、これ幸いと声を上げた。
 「ま、まだだったら何か作ってあげようか?」
 ブルーはというと、少し不満そうにしていたが、気持ちを切り替えたらしく、表情を緩めた。
 「…まだだな。
 でも、冷蔵庫にはろくなものが入っていないから、外に食べに出たほうがいい。」
 「料理くらい、残りもので作れるよ?」
 というか、それは得意だ。
 学生時代、あまり裕福ではなかったため、残りものの食材で料理を作ることなど日常茶飯事だった。それよりも、外食するほうが贅沢だという気がするんだけど。
 「残念ながら、残りものとかいうレベルのものじゃない。」
 そう言われるのに不思議な気がして、勝手に冷蔵庫を開けてみて…、驚いた。
 缶コーヒーと缶詰があるくらいで、何もない。
 しかも…、賞味期限が切れてる。いつ買ったんだよ、これは?
 「…ブルー、一体いつもはどうしてるの?」
 必要なものしか買わなかったとしても、分量の関係などで残りは出てくるもの、と思うのだけど。
 「いつもは外食で済ませている。必要なら、コンビニエンスストアもあるし。」
 その言葉にあんぐりと口をあけてしまう。
 さっき、大事なことは電話で言いたくないなどと言っていた人間と同一人物とは思えない。
 「ブルー、あのね…。」
 頭痛がする。
 育ち盛りの高校生が、一体何を考えている…?
 「食生活に構っていないようじゃダメじゃないか!
 外食やコンビに弁当ばっかりじゃ塩分は多いし、栄養が偏るし、身体作りがまったくできないだろ!?勉強で忙しいのかも知れないけど、自炊くらいしないとダメじゃないか!
 大体、不経済だ!」
 そう一気に怒鳴ったが、ブルーは特に気にした風もなく薄く笑った。
 「お金なら不自由してないが。」
 どういう家庭環境だよ?と突っ込みたいのを我慢して。
 「それだけじゃないだろ!
 もういいよ。ええと、スーパーまだ開いてるっけ?」
 時計を見ると、7時45分。
 何とかぎりぎり間に合いそうだ。
 「ちょっと行って買ってくるよ。鍋や包丁くらいはあるよね。」
 「え?ああ…。」
 「じゃあちょっと待ってて。買い物に行ってくる!炊事道具、出しといて!」
 「ジョミー!?」
 ブルーの問いかけから逃げるために夕食の話題を振ったのだが、それさえすっかり忘れてしまうほど、彼の食生活のほうが気になった。
 受験生である子供の体調管理をする家族は遠く離れていて、一人で外で食べて帰ったら勉強をして…。
 …そう思ったら、悲しくなった。
  買い物から帰ると、ブルーが鍋を見て難しい顔をしていた。「閉店間際だったから、安い惣菜なんかがあったよ。」
 そう言うと、今度は変な顔をしている。
 「ね、ブルーってスーパーで買い物したことないの?」
 「…ない、な。」
 「へえ、珍しい。」
 そう言うと、むっとしたらしい。
 「…女ばかりが出入りする場所だろう。」
 「それっていつの時代?僕が買い物していたときにもサラリーマン風の男の人がお惣菜弁当買いにきてたよ。」
 そう言うと、今度は黙ってしまう。
 「その調子じゃ、炊事なんかしたことないんだろ?邪魔だからその辺に座ってて。」
 炊事はいつもやっているから、なんてことはないし。
 「ジョミーが作るのか?」
 「他に誰が作ってくれるんだよ?」
 「それも…、そうだが。」
 半ば疑わしげな表情のまま、邪魔にならないよう後ろへ下がる。怪訝そうに言う中に、ふと嬉しそうな感情が垣間見えたのは気のせいだろうか…?
 「ただし、簡単なものしかできないよ?時間もないし。」
 惣菜以外は炒め物しかできないな、と思いながら料理の手順を考える。
 「ねえ、ジョミー。」
 後ろのテーブルに座ったブルーから、声をかけられるのに振り返ると。
 「合格したらお祝いくれるって言っていたけれど、あれはまだ有効?」
 含みありげな笑顔だったけど、それは約束していたことだから仕方ない。
 けれど。
 「有効だけど、後にして!」
 とにかく、さっさと作ってしまおう。
 そう考えて、料理に集中することにした。
 
 
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        | すみませんヒロさま、すっかり遅くなってしまい…!さて、ブルーのお願いごとは何でしょう?? |   |