『ブルー、携帯持ってるよね?』
そう言うと、彼は綺麗な紅い目を訝しげに細めた。
『番号教えるから、合格発表の結果すぐに教えて。確か明日だったよね?
その、合格してたら準備しなきゃいけないから!不合格でも連絡してよね?』
『準備なんて。僕はジョミーがいればそれでいいのに。』
せめて先生をつけてよ…と思ったけれど、今更だしやめた。以前、人前では礼節をもって話すということを約束させたことだし。
『さすがに僕は一緒には発表会場に行けないから。』
大体こうやって二人連れ立って歩いているところを人に見られたら、同僚の女性教師や女子生徒に恨まれること請け合いだ。女子生徒はまだいいとして、同僚の女性教師に逆恨みされて、意地悪されると思っただけでも寒気がする。
『それに、君はよくても僕には都合ってもんがあるし!
それとも何?僕に電話するのもイヤ?』
『…そんなことはないが。』
しぶしぶながら電話番号を受け取ったんだけど。…本当にしぶしぶだったんだよな…。
あのブルーでも、合格発表が怖いってことがあるのかな…?
そうだよな、どんなに物事に動じないように見える彼だって、ナーバスになっていることは考えておくべきだった…。
携帯電話はまったく鳴らないし、もちろん学校の電話にも連絡はないらしい。
何人かが嬉々として合格の知らせを持ってきてくれるが、肝心の彼が来てくれない。
…もしかして、怖くて合格発表見にいけないとか…?
それとも体調が悪くて動けないとか…。そういや、彼は一人暮らしで、具合が悪くなったら家族の誰かが看病してくれるわけじゃないし。
そ、それとも不合格で世を儚んで、なんてことは…。
ま、まさかね。ブルーに限ってそんなこと…。
そう思いながら、気になりだすと止まらない。ああ、どうしてあのとき、彼の電話番号を聞いておかなかったんだろう!
「サム、ちょっと!」
「な、何だよ。おい、ジョミーってば!」
コーヒーをすすっている同僚を呼んで、職員室の隅に引っ張っていく。
「僕、時間休取って帰る!」
「ええ?合格発表の結果知らせにくる生徒がいるのにか?」
「だからサムに頼むんだよ!
どうしても気になることがあるんだ、だからサム、僕のクラスの生徒が来たら、代わりに受けておいて!」
「まあ…、どうしてもって言うなら仕方ないけどさ。」
ここは受けておいてやるけど、後でフォローしとけよ。そう言われるのに、恩に着る、とサムを拝んでから、コートを取りに行った。
とにかく…、ブルーのアパートへ行ってみよう。身体の具合が悪くなった可能性はあるし…。
そう思って、校門を出ると同時に走り出す。学校からアパートまでは3キロちょっと。電車やバスを利用しなくて済むという点では、意外に近いには近いのだが。
…車、買ったほうがよかったな…。
赤信号で信号待ちをしながらぼんやり考えた。
走るのは嫌いじゃないけど、目的地に到着するのに時間がかかりすぎる。それに、万が一一刻を争う事態になっていたりしたら…!
そう考えてぞっとした。
なぜだか、倒れているブルーと、空になった薬瓶のイメージが脳裏をよぎったのだ。
か、考えすぎだ…!ブルーに限って、そんな馬鹿なことあるわけないじゃないか!
ジョミーは必死で頭を振った。
でも…、合格したら、なんて条件付けたのは僕だし、それがプレッシャーになってしまっていたら…、どうしよう。増してやそれが不合格だったりしたら…。
冷静だけど、プライドの高そうなブルーなら、もしかして、とつい思ってしまう。
と、とにかく!
信号が青になったと同時に走り出す。
早くアパートに着かなきゃ…。それまで、何も考えないでおこう。単に、何か別の事情で連絡がないだけかもしれないんだし。
しかし、考えないようにしてはいるが、さっき思い描いてしまったイメージはどうしても払拭できなかった。
アパートに到着し、ブルーの部屋の前に立って呼び鈴を鳴らしてみたが、中に人がいる気配はない。
もし、この中でブルーが倒れていたら…?
そう思って管理人室を探したけれど、どこにもない。単に、この建物を管理している不動産事務所の連絡先があるだけだ。
どうしようか。連絡を取ってみようか…。
でも、理由を聞かれたら?
彼の通う学校の教師だということは、身分証明書を見せれば分るだろうが、単に合否の連絡がないからだけで、部屋の鍵を渡してくれるかどうか…。
ふと携帯電話を取り出して、着信履歴を見てみるが、やはり何もない。
受験した大学に行ってみたほうがいいんだろうか。でも、行き違いになってしまったら…?大体、朝のうちから発表はされているのに、夕方に近くなった今、まだその場にいるとは考えにくい。
じゃあ、どこに…?
合格したから浮かれてどこかに寄り道しているんだろうか…?それならいいけど…、じゃあ何で連絡をくれないの…?
じっとしていられずに建物の外に出てみるが、どこにも彼に姿はない。少し考えて、携帯電話でサムの番号を呼び出した。
『ジョミー?』
数回のコールで本人が出る。
「あ、あのさ、サム。
ブルー、合否の報告に来た…?」
『ブルーって…、ああ、あの…。』
あの、が付くくらい有名人なので、どこにいても目立つため職員室に入ってきたらすぐに分かるはず。しかし。
「いや、俺が知る限りは来てないと思うんだけどなあ…?」
…やっぱり来てないのか…。じゃあ、どこに…?
『でも何でお前がそんなこと…?』
担当クラスの生徒でもないのに…?と続けられるが、そんなことに答えている余裕はなかった。
「ありがと、サム!」
『おい…っ、ジョミー!』
強引に電話を切って、今度は大学に行ってみようと方向を変える。会える確率は低いが、それでももしかして…と思ってしまう。
ああ、こんなことなら受験番号聞いておけばよかった…!今や番号しか張り出されていないから、掲示板見ても分からないじゃないか…!
…いや。
この際、合否なんてどうでもいい。ブルーの元気な顔さえ見られれば、それでいい…!
そう思って慌てて大通りへ走る。
大学までは駅二つ分だから、タクシーを捕まえようと思っているのに、こんなときにはなかなか捕まらない。やっと捕まえたと思ったら、工事渋滞でろくに進まない状態で。
何だってこんな時期に公共工事なんかやってんだよ!
毒づいてみるが、状況が好転するわけでもない。
何とか大学に到着したときには、すでに合格発表の掲示板前は人がまばらだった。やはり思ったとおり番号のみの掲示板を見て、ため息が出た。
…どうしよう、まさかもう会えないってことはないよな…?
教え子はみなかわいくて、その受験結果はどれも心配だったが、こんなにやきもきしたことはなかった。
それが、冷静沈着を絵に描いたようなブルーであるのが、自分では意外だった。タイプ的には、もっとも心配のいらない優等生なのに、どうしてこんなに心配になるんだろう…?
結局。
大学でもブルーの姿を見つけることができなくて、ジョミーは沈んだ気持ちで駅の改札をくぐった。
もう一度、アパートへ行ってみよう。それでも分からないようだったら、アパートを管理する不動産会社に連絡を取って鍵を開けてもらって…。でも部屋にもいなかったら…?
警察に届ける…?ご両親に連絡する…?
でも、あまり大騒ぎしたら、後が大変になるかもしれないし…。
悶々としながら、再びブルーの部屋のドアの前に立つ。やはり、人の気配はない。
「…ブルー?」
ドアに向かって声をかけるが、当然返事はない。
「別に、不合格だったからって、気にすることないよ…?
君が頑張っていたの、僕がよく知ってるから。不合格でも…、来年また頑張ればいいよ。お祝い会じゃなく、残念会でよければ、いくらでもしてあげるから…。」
「残念会か、それもいいかな。」
そのとき。
ドアの向こうじゃなく、真後ろから響いた笑みを含んだ声に、慌てて振り返る。
「でもジョミー、君は相当失礼だな。誰が不合格だって?」
綺麗な顔に微笑を浮かべて歩いてくるブルーの姿に、気が緩むのを感じる。
「な、なんで…?どこ…、行って…。」
おかげで、上手く喋れない。
「ついさっき学校へ行ってきた。
ジョミーはもう帰ったって言うから、もしかしてここに来てないかと思って。」
笑顔で言われるのに。
なんだか急に腹が立ってきた。誰のせいで、あちこち走り回ったと思ってんだ…?僕がどれだけ心配したと…!
「ブルーの馬鹿っ、何で電話で連絡くれなかったんだよ!」
叫ぶと、ブルーはちょっと驚いたように綺麗な紅い瞳を見開いた。
「僕、番号ちゃんと教えただろ?いつまで経っても連絡くれないから、もしかして不合格で、ろくでもないことになってないかと不安で仕方なかったんだから…!
だから、学校で待ってる気になれなくて、ここに来たり君の受験した大学へ行ったりして、探し回ったんだからな!それでも君は見つからないし、もう警察沙汰にでもしなきゃいけないかとずっと悩んでここまで戻って来たんだから!!」
一気にまくし立ててブルーを見やると、彼はすっかりこちらの剣幕に驚いたようで、呆気に取られたように呆然としていた。それを見ていると、もっと腹が立ってくる。
「帰る!」
感情が激しているため、これ以上ここにいるとさらにどうしようもない繰言を並べそうだったから。
さっさと帰って頭を冷やそう。そう考えて、ブルーの顔を見ないようにして彼の隣をすり抜けようとしたのだが。
彼の腕が行く手を阻んだ。
「…素直に通さないと、力ずくで通るからな…!」
「教師が生徒に暴力を振るってもいいのか?」
「…っ!かわいくない!!」
「なんとでも。」
本当に最近の子供は…!
そう思ってつい怒鳴りそうになったけど、急にブルーが抱きついてくるのに、思いっきり固まってしまった。
え?えええ??
こ、この状況は…?
一体…、なに…??
我ながら情けないことに。
年下の、しかも自分の学校の生徒の抱擁に、どう対処すべきかその方法がまったく頭に浮かばなくて。指一本動かせず、しばらく抱かれるがままになってしまっていたのだった。
3へ
ヒロさま、やはり私には短編は難しいようで、思ったとおり続いてしまいました〜!どうかしばらくお付き合いをばお願いします〜! |
|