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    気になる生徒がいる。僕の担当クラスでもなく、やはり担当するクラブ活動の部員でもない。だから、ほとんど接点がない。あるとすれば、担当学科でかろうじて週に数回、授業を教えるだけ。
 担当は数学だけど、彼は優秀で、ほとんど手がかからない。試験のたびに満点を取るから、教えることもない。
 だけど、冷めた雰囲気が気になる。達観したようなと言えば聞こえはいいけど、まだ高校生なのにどうしてあんなに大人びているのだろう。
 ついでに。
 男子生徒なのに、なぜあんなに綺麗なんだろう。言っては失礼だが、まわりの女子生徒など足元にも及ばない。そして当然ながら、女子生徒からはもちろん、女性教諭からも人気が高いらしい。
 でも、正直な話、女性にとって自分よりも綺麗な恋人と言うのはどんなものだろうと思ったりして…。
 「ジョミー先生、サッカーやろうよ!」
 …それにここは学校だから、物思いにふけっている暇もない。
 後ろからかけられた声に、渋い顔を作って振り返る。
 「こら、『シン先生』だろ!」
 どうもうちのクラスの生徒たちは馴れ馴れしい。
 「ジョミー先生はジョミー先生だよな!」
 「ああもう!僕が勝ったらきちんと『シン先生』って言うんだぞ!」
 「はーい。」
 「分かったよ!」
 どこまでが本気なんだか。
 「明日だけね!」
 「え?ちょっと待てよ、明日だけって何だよ!」
 「じゃあ二学期の間だけ!」
 「もうすぐ冬休みだろ!もうちょっとしかないじゃないか!!」
 そんなやり取りをしながら校庭に出ると、この寒いのに他のクラスの生徒たちも混じって多くの男子生徒がサッカーに興じている。君たち、受験生らしく受験勉強でも…と思いかけたが、ちょっとくらい息抜きがあったほうがいいか、とも思った。
 準備がてらに、軽い柔軟体操をしながら歩き出したとき。
 放課後の開放感に、遊びはしゃぐ生徒たちとは対照的に、帰宅の途につく彼を見つけてつい手を振ってしまった。
 「ブルー、今帰り?」
 彼は、クラブ活動はしていないから授業が終われば帰るのは当然。でも、彼のことが気になっていたから、声をかけてみた。
 「急いでなければ、サッカーでもやっていかない?」
 どうせクラスは入り乱れているし。
 そう思ったのだけど、彼は校庭を一瞥しただけで、首を振った。
 「運動は止められている。」
 あ、そうだった…。
 以前、運動会のときに参加しない彼を見て、彼のクラス担任に聞いたときそう言われたんだっけ。身体が弱いとかで、激しい運動はできないのだと。
 「…ゴメン、忘れてた。」
 頭を下げるのに、彼は目を細めた。
 「気にしていない。」
 「うん、ありがとう。じゃあ、気をつけて…。
 ってえ!」
 帰って、と言おうとしたら、後ろからボールが飛んできて見事頭に命中した。サッカーボールだから痛くもなんともないけど。
 「こら!人にボールをぶつけちゃダメだろう!」
 勢いをつけて振り返ると、うちのクラスの生徒たちがげらげら笑っていた。まったく、悪ガキと言ってもいいくらいの子供たちだ。
 「だって、先生がぐずぐずしてるからさ!」
 「僕らが勝ったら、授業ひとつ自習にしてよ!」
 「いや、試験ひとつナシがいい!」
 また図々しいことを…。
 「そんな約束絶対しないからな!今行くから待ってろって。
 …まったく教師に対する尊敬ってのが全然…。」
 とついぼやきかけて、目の前の存在に気がついた。
 「ああ、君帰るところだったんだよね。邪魔してゴメン。」
 こちらを見る彼の目が穏やかな色を浮かべていて、嬉しくなった。
 「それから忘れてないと思うけど、明日は数学の試験だからしっかりね。」
 君なら満点間違いないだろうから心配はしてないけど。
 そう言うと、彼の表情に少し変化が現れた。
 あれ?と思ったけど、彼はすぐに表情を消してきびすを返した。気にはなったけど、生徒たちが校庭で自分を呼ぶ声に、結局校庭に向かうことにした。
 もしかして、今…、怒った?
  生徒たちの答案を採点しながら、つい笑ってしまう。そそっかしい生徒は、やはり早とちりの傾向があるし、落ち着きのある生徒は、慎重に答えを出している。やはり性格というものはどこにでも現れるなと思っていて。手が止まった。
 うそ、何も書いてない…。
 名前以外、すべて空欄。おまけに、いつもの彼なら満点間違いなしだろう問題なのに…?
 体調でも悪かったんだろうか、でも試験中はいつもどおりで、どこもおかしな様子はなかったと思う。
 じゃあどうして…?
  「…なぜここに…?」彼の驚いた顔というのは初めて見た。
 それに、彼をこんなに間近で見るのも初めて。男の子なのに、本当に綺麗な顔立ちをしている。まつげは長いし、肌は白いし。
 「家まで押しかけてゴメン。ちょっといい?」
 そう言うと、彼は驚いていた表情を消していつもの落ち着いた顔になった。
 「どうぞ。」
 どこにでもあるような集合住宅。勧められるままに中に入って驚いた。
 まるで生活感がない…。
 あるべきものをあるべきところに収めたような、整理整頓されている部屋といったものではなく、本当に人が住んでいるように見えない閑散とした寂しい部屋。言ってみれば、住宅展示会中のアパートのようで、本当にここで生活しているのか疑問がわいてしまう。
 そうだ、彼の両親は海外に住んでいるから、一人暮らしだった。
 ああ、そんなこと考えてる場合じゃなかったっけ。
 「…今日のテストなんだけど。」
 かばんの中から白紙の答案用紙を出して、テーブルに置いてから彼を伺う。見た目、まったく変化がない。
 「もしかして、体調でも悪かった…?」
 「いや。」
 首を振るのに、そうだよなと思う。そんな風には見えなかったし。
 「じゃあ…、何か僕に言いたいことがあるとか。」
 「言いたいこと?」
 「例えば、僕の授業のやり方が気に入らないとか。」
 不満があるなら正直に言ってほしい。こんなやり方をされるよりは、よほどマシだ。
 そう思ったんだけど。
 「そんなことはない。」
 否定されたのに、拍子抜けする。
 「それならどうして…。」
 白紙の答案ということは、それは零点ということで、君の満点の記録だってそこで止まってしまうのに。まあ、彼が満点を続けて取ることに喜びを感じているとは思えないけど。
 「君と話がしたかった。」
 「は?」
 彼の言葉遣いは一風変わっていて、敬語を使わないのは彼の担任から聞いて知っていたけど、その内容に呆気に取られてしまう。
 話…?
 「そんなの、普通に職員室にでも来ればいいじゃないか。」
 授業やクラブ活動がなければ大抵そこにいるんだから。
 「君は忙しいし、人気があるからつかまらない。」
 これは微笑んでいるという状態なのだろうか。
 いつもよりも表情が柔らかいような気がする。それだけで、花が咲いたように人の目を惹きつける。
 「そ、そう?」
 言われてみれば、学校にいる間は何かと引っ張りまわされているなと思う。でも。
 「だからといって、白紙の答案用紙を出すのはどうかと思うよ…?」
 びっくりするじゃないか。
 何かの不満でも爆発したのかと思って、心配したんだから。増してや言葉遣いは別にして、品行方正な君のことだし。
 「そうでもしないと、話ができない。
 まさか今日ここに来るとは思ってなかったが。」
 それは予想外だったらしい。
 しかしそれも、サプライズ的に捉えているようで、迷惑そうには見えない。
 「内申だってあるんだよ?こういうのは、生活態度の点数に影響する。」
 「だから、直接僕のところに来たわけか。噂どおり生徒思いの先生だね。」
 「…別にそんなわけじゃ…。それが普通だよ。」
 いつもそうだが、彼のほうが年下だということを忘れてしまう。冷めた目とその落ち着いた態度のため、ずっと大人っぽく見えるせいだ。
 「とにかく…、体調が悪かったって言うことにするから、君の担任の先生には追試を申し入れておく。
 それで、話があるって…、何?」
 こんなことをしてまで話したいなら付き合おうと思って訊いてみる。すると彼は、嬉しそうに微笑む。
 そんな表情は、はじめて見た。
 「君に恋人はいるのか?」
 「…いきなりそんな話?プライベートだから秘密だよ。」
 でもほっとした。
 いつもひどく冷めた目をしていたから、まったく話が合わないかと思っていたけど、普通の高校生が聞くような質問じゃないか。
 「ガードが固いね。
 では、追試でもう一度白紙答案でも出そうか。」
 「そ、そんなことされたら、いくら僕でもかばいきれないよ!
 ていうか、それって脅迫!?」
 こんなの脅迫にならないでしょ?と思うが、まさに彼の思惑通りだったらしい。
 「何とでも。」
 にっこり笑って言うのに、分かってやってるなと心の中で毒づいてから。
 「…もう、分かったよ!
 いない!付き合ってた彼女はいたけど、教員になってすぐに振られた!」
 「そうか。では好きな人は?」
 「いないよ!今それどころじゃないんだから。白紙答案出す生徒もいるしね!」
 「クリスマスの予定は?」
 ちょっとした嫌味を言ってみたが、さらりとかわされる。
 「あるわけないよ、新学期の準備しなきゃいけないんだから!増してや今受験シーズンだし!
 ねえブルー、もういいだろ?今度はきちんと試験受けてよ?」
 「受けたら何かご褒美でももらえる?」
 「はあ?ちょっと待って、それって僕からあげるの?」
 「僕から君にあげてもいいけど。」
 クリスマスプレゼント、と続けて言われて、ああそういう時期かと思いかけたが。
 「そういう意味じゃないよ!」
 彼の平生の姿と、実際に話してみた印象の違いにびっくりしてしまう。おまけに何なんだ、この展開…。
 「あのね、ブルー…。」
 「君とデートがしたい。」
 クリスマスに、と言うのに、つい呆然としてしまう。
 デートの誘い?ブルーから?
 彼の微笑みにしばらく見とれてしまって、はっとした。
 「クリスマスはダメ!」
 デートがダメと言わなかったことに、ジョミー本人は気がついていなかった。
 「なぜ?」
 僕は教師で、君は受験を控えた高校生なんだよ!?
 「君は受験生だろう?そんなことしてる暇ないだろうし、気晴らしにしたって教師の僕がつきあうことはできないの!」
 「相変わらず堅いね。」
 そんなところもいいんだけど、残念だなと苦笑いしてつぶやかれるのにぐらりときたけれど、ここは折れるわけにいかないんだから。
 「僕は教師だから、こんなところで柔らかくなってても仕方ないからね!
 誘いたいなら、君のファンの女の子でも誘えば?」
 大勢いるだろ?と続けてしまい、言い過ぎたかなとは反省したけど、いつも表情の変わらない君だったからこのくらいあっさりかわしてしまうのではと思ってしまって。
 でも、そんな冷静な君が落胆した表情になったときには、罪の意識を感じた。
 けれど、君は女の子に人気があるんだから、暇つぶしみたいに僕を誘わなくったって…。
 「…誰でもいいわけじゃない。」
 沈み込んだような悲しげな響きに、悪いことを言ったという意識が強くなる。そう言えば、誰が声をかけようが、彼はなびいたことがないとも聞いたことがある。
 …そんな顔をさせるつもりは、なかったのに…。
 「あの…、合格祝いなら、してあげないこともない、けど…。」
 ついそう言ってしまったら、彼はちょっと考えて。
 「2ヶ月先か…。
 仕方ない、それでいい。」
 あれ?立ち直りが早くない…?
 あとで考えて、あの落ち込んだ彼の表情はみせかけだったのではないかと思ったくらいで。
 「あ、あのね、でも合格したら、だよ?君は地元大学志望だっけ?」
 「君と離れたくないからね。」
 …また爆弾発言…!
 そんなことは、もっと予備知識をつけてから聞かせてもらわないと、心臓に悪い。
 「それに、そんな条件つけられたら、落ちるわけにはいかない。君は人を乗せるのがうまい。」
 にっこり微笑んで言われるのに、予知能力もないのに彼の合格は間違いないだろうと感じた。
 それでもやる気になってくれてよかったと思って、さらにお祝いどうしようかな…と2ヶ月先を心配していると。
 「それと、僕が卒業すれば、君は僕にとって教師じゃなくなるから、その後はもう逃げはきかないよ。」
 彼があでやかに笑いながら言うのに、初めてその事実に気がつき、妙に慌てる自分がいた。
 
 
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        | 謹んでヒロさまにささげます〜。クリスマスと高校生ものを絡めたせいで、えらく中途半端な話になってゴメンなさい。その代わりと言ってはナンですが、2ヵ月後の後日談(後編)もそのうちupしますのでお許しを〜…。タイトルはあまり意味はなく、『ナイトメアビフォアクリスマス』をもじったもの…。
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