黒い…リムジン?
ジョミーは、自分の家となっている孤児院の前に、高級車が停まっているのを見て首をかしげた。
…子どものいない資産家が、養子縁組でもしようと来ているのかな…?
黒く光る立派なリムジンが、こんなみすぼらしい孤児院に似つかわしくなかったため、ジョミーはそのアンバランスさについ足を止めたが、それもほんのしばらくの間のことで、リムジンはすぐに走り去ってしまった。
ジョミーは車が走っていった方向をしばらく見つめていたが、気を取り直したように息を吐くと孤児院に向かって歩き出した。門をくぐって立てつけの悪いドアを開き、自室にと向かう。自室と言っても、ひとり部屋ではない。4人の仲間と共有している部屋だ。
廊下を歩いていると、ふと甘い香りが漂ってきてジョミーは足を止めた。そこは女の子の4人部屋で、中にはひとりの長い金髪の少女がこちらに背を向けて立っている。
「フィシス?」
声をかければ少女はゆっくりと振り返る。
「ジョミー?」
「うん、ただいま」
少女はゆっくりと振り返る。少女のまぶたはしっかりと閉じられており、それだけで彼女が盲目であると分かる。
「それ…どうしたの?」
向こうのテーブルに見える一輪挿しには、珍しい青いバラが活けられていた。甘い香りはそのバラの匂いであるらしい。するとフィシスはにっこりと微笑んだ。
「お客様にいただいたの。本当は、院長先生に持っていらした花束のようだったけれど、ぶつかったお詫びにって。あ、でもそんなにひどくぶつかったわけじゃないのよ? 廊下の角でちょっと肩が触れただけ。だから、お詫びなんていりませんって言ったのだけど…」
『それでは、僕の気が済まない。せめてこれを受け取ってくれないかい?』
優しい声でそう言って、花束から一本だけを抜き取り、フィシスに差し出したのだという。
とげもきちんと取り除かれている青い花びらをつけたバラを、ジョミーはもう一度眺めた。
「お客様って…」
「ええ、院長先生と話しこんでいらしたようなのだけど、ついさっきお帰りになったみたい」
やっぱりあの黒いリムジンに乗っていた人なのだろう。じゃあ、その人に引き取られるのは、フィシスなのかもしれない…。
「そう…か。優しそうな人だったんだ」
こうして、ひとり、またひとりといなくなっていく。それでも、次から次へと孤児は出てくるらしく、この孤児院から子どもがいなくなることなど、ない。
でも、フィシスがいなくなったら…寂しくなるな。
そんな思いがこみ上げたが、ジョミーは笑顔を浮かべた。目の見えないフィシスは気配に敏感だ。だから、見えないと思って沈んだ顔をしていては、気付かれてしまう。
「…ジョミー?」
フィシスは不思議そうに小首をかしげた。
「よかったじゃないか。フィシスが感じたとおり、きっと優しい人なんだよ」
「ジョミー、それは…」
「あ、ジョミー、こんなところにいたのか!」
フィシスが何か言いかけたとき、同室のキムがひょいと顔を出した。その途端、ジョミーは嫌なことを思い出して、頬を膨らませた。
「何だよ、昨日のことなら謝らないからな! あれはどう考えてもキムが悪いんだから!」
そう叫ぶと、対するキムもそばかすだらけの顔をしかめた。
「何だよ、やぶからぼうに…。俺だって謝る気なんかないよ! ジョミーのほうが先に手を出したじゃないか!」
「それはキムが僕のことを考えが足りないとか何とか言って…。いい加減、その喧嘩っ早いとこ、直せよ。院長先生からもいつも言われてるだろ!」
「その台詞、お前にだけは言われたくな…」
言い返しかけたキムだったが、あ、と小さく叫ぶと怒りの表情を消した。
「こんなこと言ってる場合じゃなかった! ジョミー、院長先生から呼び出しがあってさ!」
「僕?」
「さっき、どっかの評議員の偉いさんが来ていてさ、それに関係があるらしいぜ?」
「…評議員?」
それなら、なおさら自分とは縁が遠い。
何なんだろうと思っていると、キムは疑わしそうな目でジョミーをじろじろ見つめた。
「お前、どっかで何かやらかしたんじゃないのか?」
「そ…っ、そんなわけないだろう! キムじゃあるまいし!」
ついそう叫んだが、その言葉にはキムもむっとして唇を尖らせた。
「なんで俺がそこで出て来るんだよ…!」
「ジョミー、キム、何を言い争っているのです!」
再び険悪モードに突入しそうになっていたふたりは、部屋の中に響いた中年女性の声に、はっとして出入り口を向く。すると、予想にたがわず、院長のエラが怒りの表情を浮かべて立っていた。
「あ…エラ先生…」
「まったく…。あなたたちは寄るとさわると喧嘩ばかり。仲が良すぎるのも困りものですね」
しかし、院長の表情の固さとは裏腹に、口調は柔らかい。呆れたように二人を見遣る視線はとてもあたたかかった。
けれど、その言葉はふたりにとっては不本意だったらしい。お互い不服そうに口を尖らせた。
「な…仲がいいって…!」
「なんで俺がこいつと…!」
「おやめなさい!」
エラはパンパンと手を叩いて不満げな二人を黙らせると、改めてジョミーに向き直る。
「ジョミー、お話があります。私の部屋へいらっしゃい」
「僕…ですか?」
ふと目を泳がせると、キムが一体何をしたんだとばかりに睨みつけてくる。黙って成り行きを見守っていたフィシスにも心配そうな表情が見える。
…そんな風に見られたって…。
心当たりはないというか、ありすぎるというか。でも、少なくともどこかの偉い評議員の目に留まるようなことは何もないはず、と思いつつも、ジョミーはキムたちの心配そうな表情に見守られながらも、きびすを返すエラのあとに黙って続くよりほかはなかった。
「え…? 今なんて…?」
院長室に入り、すすめられるままに腰を下ろしたソファで、ジョミーは目をぱちくりと見開いた。院長の改まった様子に、一体何の話だろう、何か悪いことしたっけと身構えていたら、思いもかけないことを聞かされて固まってしまったのだ。
「ですから、あなたは交通遺児育成評議員会において、特別に学費の援助を受けることが決定したのですよ」
院長のエラは微笑んだ。
窓際には、さっきフィシスが活けていたものと同じ青いバラが20本ばかり飾られている。その甘ったるい香りに、ジョミーはふわふわとした気分になった。
「どうして…?」
もっと成績のいい子だっているだろうに。それに、もっとまじめな子どもだって。何も、こんな素行が悪い自分に白羽の矢を立てなくても…。
そうなのだ。ジョミーは数年前に両親を交通事故で亡くしてからこの孤児院にいるが、ここでも学校でも元気がよすぎるやんちゃ坊主といった印象が強い。
「何でも、あなたの書いた作文が評議員の高い評価を受けたということです。…私も読ませてもらいましたが、文法はどうでも人の心に訴える何かがあると思いました」
「…作文?」
というと、一ヶ月ほど前に『将来の夢』というテーマで書かされた原稿用紙5枚くらいのものだっただろうか。
…けど、あれは応募作品ではなかったはずだし、学校の外部に出るなんてことはないはずだ。ましてや、ナントカという長い名前の評議員会の偉い人に読んでもらえるような代物ではなかったはず…。
「ええ、『子どもの夢を守る仕事がしたい』。その部分にいたく感動されたそうですよ。ジョミー、あなたには全寮制の私立学校に編入して学業にいそしんでもらい、将来の夢に向かって励んでいただきたいというのが、今回の申し出の趣旨だそうです」
素晴らしい栄誉ですよ、と重ねて言われるのに、ジョミーは複雑な気分になった。
全寮制ということは、ここを離れるということだ。フィシスやキム、そして甘えたい盛りの幼い弟分のトォニィたち、それから厳しいがそれ以上に優しいエラ院長とも別れなければならない…。全寮制というからには、ここへ頻繁に戻ることはできないだろう。
「…どうしたのですか?」
黙っているジョミーを不審に思ってか、エラは怪訝そうに伺ってくる。
「院長…それ、断ってください」
「ジョミー!」
エラは信じられないとばかりに首を振った。
それは当然だろう。何の後ろ盾もない孤児に、そんな夢のような話が舞い込むこと事態が異例で、幸運なことなのだ。間違いなく、こんなことは二度とない。
けれど。
…ここを、離れたくない。
ジョミーはそう思って顔を上げた。
「僕、どこにもいく気はありませんから」
そう、きっぱりとエラに告げたジョミーに、迷いはなかった。
2へ
あれあれ、ブルジョミのはずが、ブルーが出てこないぞ。(汗)おまけに、このままジョミーが孤児院に残ってしまっては、ブルジョミどころかブルーとジョミーの出会いさえないぞ〜! あ、もちろんそんなことにはなりませんが♪
ブルーの役柄は、いうまでもなく「あしながおじさん」ですが、「紫のバラの人」もイメージします♪ でも、ジョミーは「紅天女」を演るわけじゃないですけどね。(笑) |
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