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    足音は徐々に近づいてくる。ブルーは明るくなってゆく階段を息をつめて見守っていた。「…目は覚めているようだな」
 しわがれた、女の声だ。
 「薬の効果からいって、そのくらいの時間だろう」
 今度は男の太い声。
 先の女の声にはまったく覚えがなかったが、この男の声はどこかで聞いたことがある、と思った。
 だんだんと階段が明るくなってゆき、ろうそくの明かりが見えた。暗闇に慣れた目にはそれがひどくまぶしく感じられて、ブルーは目を眇めた。
 「…なるほどな。これなら『神』も気に入るだろう」
 黒づくめの女…。いや、声の様子から女だと思えるだけで、顔は分からない。頭にはすっぽりと顔の隠れる黒い頭巾のようなものを被っているからだ。着ているものも、身体が足元まで隠れるようなケープのようなものだった。
 『神』…? 気に入る…?
 謎の言葉に呆然としていると、そのあとからきらびやかな衣装をつけた、でっぷりとした中年男が降りてきた。
 「…陛下…?」
 年をとったせいか、記憶にある国王の姿よりも腹は出て、顔に染みも増えているが、間違いないだろう。そのつぶやきに、アドス王はにやりとこちらを見た。
 「不自由な思いをさせてすまんな。だが、そなたにはわが『神』の花嫁になるという栄誉が与えられるのだ。感謝するがいい」
 言いながら、王は女とともにゆっくりと歩み寄ってきた。ろうそくの明かりがあたりを照らし出す。それとともに、自分のあられもない姿が白く浮かび上がった。
 「…っ!!」
 惜しげもなく足を開き、すべてをさらした自分の姿に声をあげそうになった。そのくらいあさましく、見苦しい姿態だったのだ。
 「わしが見込んだだけはある。この絹のような白い肌。血の色の瞳」
 「や…やめろ…!」
 好色な色を浮かべ、ねっとりと視姦されるのに、首を振って抵抗を示した。頭上で戒められた手首に絡みついている鎖がじゃらじゃらと鳴る。だが、自由になるのは首から上だけで、身を折って身体を隠すことも、手足を縮めて逃れることもできない。
 「恥じることもあるまい、よい眺めだ。この白い腕といい、形のよい足といい」
 「や…ぁ…」
 アドスの手がさわりと内ももをなでた。ブルーの身体がびくりと揺れる。その反応に気をよくしてか、アドスは満足げに笑った。
 「芸術品のように美しく、細い身体だ。12年前のわしの見立てに間違いはなかったのう」
 そういわれるのには…泣きそうになった。
 男にしては貧弱な身体つき。もともと筋肉がつきにくい体質だったようなのだが、亡命先においてははじめの数年間は隠れ住んでいたこともあり、思いっきり身体を動かすようなこともなく、その後も特に親しい友人もできなかったことから、部屋で読書にふける日々が続いた。そのせいか、同年代の男から見ればひどく見劣りのする体格であると、ことあるごとに自覚する一方だった。
 だから。
 先日のジョミーの暴行に真剣に抵抗したとしても…おそらく結果は同じだっただろう。自分の貧相な体格から比べれば、ジョミーのそれは頑強そのものといった感があった。決して太ってはいないが、均整の取れた筋肉のついた身体…。
 ついそんなことを考えてしまって、ブルーははっと我に返った。そして、にやにやしているアドス王に叫んだ。
 「へ…陛下…! これはいったいどういうことだ…! 僕はあなたからの書が届いたから…」
 「そう、わしがそなたを呼んだのだ。わが『神』の花嫁にふさわしいそなたをな」
 「かみ…? はな…よめ…?」
 何のことか分からない。そもそもこの身体は男のものなのだから、花嫁などになれようはずがないのだが…。
 「そうだ! この国に繁栄と栄華をもたらす、私の『神』だ…!」
 …そんなことをいわれてもさっぱり分からない。戸惑ってアドスからもうひとりの黒づくめの女に目をやって。
 どきりとした。
 目に入ったのは、女のつけた頭巾の額の部分にある紋様。暗い場所に黒い頭巾だったため最初は分からなかったのだが、そこには五芒星を逆さまにしたものが刺繍として描かれている。
 …あれは…悪魔教…?
 「おや。分かったようだな」
 しわがれた女の声がいった。
 「そうだ、貴様の考えたとおりだ。貴様は世間でいう悪魔に犯されることになる」
 その言葉には、唖然とすると同時にぞっとした。
 …そんな…非現実的な…。
 その思いが伝わったらしい。女はのどの奥で笑った。
 「確かにわが『神』はどこにでもおわすわけではない。ここは聖域だ、このマイナスオーラの満ちる場所に『神』を召還し、貴様を供物として捧げるのだ」
 そういうと、女は見下したようにふんと鼻を鳴らした。
 「運がよければそのまま生き延びることができるだろう。それも『神』が貴様を気に入れば、だが。それでも、あまりの壮絶なセックスに気が違ってしまったものもいると聞くがな」
 …狂っている…。
 そうとしか思えなかった。一国を担うはずの王が、こんなことをするはずが…ない。
 「あぅ…!」
 呆然としながらも、視線をアドスに向けたブルーだったが、突然その指が何の準備もしていないつぼみに侵入してくるのには、びくりと身体を揺らした。だが、身動きは取れない。腰を引くことも、アドスの手を払い落とすこともできない。
 「ふぅむ。やはりキツいな…」
 「や…っ、やめ…!」
 「だが、さすがは処女だ。しまりが違う」
 いいながらぐっと指を押し込む。
 「あぐっ!」
 その途端、ブルーの口から苦悶の声が上がる。だが、アドスはそれを無視してさらに指を突き上げた。
 遠慮のない動きに、ブルーは必死になって足を閉じようとした。だが、足首を固定している鎖を揺らすだけで、何の効果もない。
 「ひっ!」
 さらに、ぐいぐいと乱暴に抜き差しを始められるのに、ブルーのそこはひどく傷ついた。数日前ジョミーに無理やり犯されたが、だからといってすぐに慣れるわけでもない。ましてや今は、ジョミーのときには感じなかった嫌悪感が募った。
 つんと鉄の匂いがする。局部から流れ出ている血のせいだろう。それなのに、アドスの指はさらに激しく動いた。
 「やあ…っ! 抜いて、出してぇ!」
 もう恥も外聞もなかった。つぼみを蹂躙される痛みと内部をかき回される不快感に、ブルーは首を振った。涙がこめかみを伝い、下の布に落ちてゆく。
 「いた…い、もうやめてぇ!」
 しかしアドスはにやりと笑うと、さらにもう一本指を増やした。
 「あ――!」
 ひときわ高い声が、ブルーの口からほとばしった。
 「こんなもので根を上げていては、とてもわが『神』の相手など務まらぬぞ…?」
 「やだ…っ、やだあ! もう…ダメぇ…」
 自由を奪われ、それでも何とか逃れようともがく官能的な痴態に、アドスはごくりとつばを飲み込み、歪んだ笑みを浮かべた。
 「かわいいことを申すのう」
 「待て」
 身動きひとつ取れないブルーの頬に口付けようとしたアドスは、しわがれた女の声にぴたりと止まった。同時に、つぼみをなぶっていた指の動きも止まる。だが、指はブルーの中に入ったままだ。ブルーは辛そうに潤んだ目を黒づくめの女に向けた。
 「…どうしたのじゃ、≪グランド・マザー≫」
 アドスは女を伺ったが、女は微動だにせず、こちらを見つめていた。
 ≪グランド・マザー≫…?
 それがその女の呼び名らしかった。
 「…王よ。そのものは殺してしまうがよい」
 しかし、その言葉に驚いたのは、アドスだった。
 「なんということを…! こやつはわしが見初めたものだ! わしの目に狂いはない! あなただとて、こやつを誉めていたではないか!」
 「だが、処女ではない」
 そのしわがれた言葉に、アドスは驚いて身体を起こした。同時にブルーの中から指が引き抜かれた。緊張していた身体からふっと力が抜ける。そして、一瞬遅れてようやく女のいう言葉が脳に届き、その意味に呆気にとられた。それは、ジョミーとの性交を思い出したからなのだが…。
 …どうして分かったんだ…? でも。
 ブルーは眉をひそめた。
 …それがいったいなんだというのだろう…?
 「そ…っ、そんなことはないはずだ…! わしはこやつが二十歳になるまでと身辺には十分注意していたのだ…!」
 「だろうな。だが、はじめてではない。大方、亡命先からここへ戻る間に『ソルジャー』の異名を持つあの男と乳繰り合ったということだろうな」
 その言い方にはむっとした。ジョミーとの間のことを、そんな言葉で表現してほしくなかったが、そんなことをいっていられる状況でもない。
 「…っ! あの若造かっ! どこまでもわしの邪魔をしおって!」
 おそらく、シン家の別邸に監禁されていたという報告はされていたのだろう。アドスは怒りでぶるぶる震えた。
 そこでふと思いつくことがあった。
 …それならジョミーは…。
 「…分かったのなら、そのものをここで殺してしまうことだ。処女でもないものを『神』に捧げようと聖域へ入れたこと自体が背信行為なのだ。そのものにはすでに『神』の花嫁としての資格など、とうにないのだからな」
 …では…ジョミーがあのとき無理やり僕を犯したのは…こういう事態を想定していたからなのだろうか…。リオが必死になってジョミーを信じてくれといっていたのは…決して慰めだけではなかったのかもしれない…。
 こんな状況だというのに、ブルーはついそんなことを考えた。
 …もしそれが真実なら…リオのいうとおり、ジョミーは本当に僕の安全を考えてくれていたのかも…しれない…。
 「王。そのものを殺さねば、災いが己の身に降りかかるぞ。聖域を侵した罪は、そのものの命であがなうしかあるまい」
 だが、二人の物騒な会話は続いていた。女の声にアドスは渋い顔をしていたが、やがてしみだらけの手をブルーの首にかけた。
 「ぐ…っ!」
 そしてそのまま力をかけられるのに、ブルーは抵抗しようともがいた。だが、手足は鎖に縛られ、身動きひとつ取れない。じゃらじゃらと鎖が鳴るだけだ。
 「や…っ、はな…せ…」
 「惜しいことだが、致し方ない」
 そんな勝手なことをささやかれ、ブルーは自由になる首を振って逃れようとした。だが、それ以上の抵抗はできない。
 …苦しい…。いやだ…死にたく…ない。
 しかし意識は徐々に薄れてゆく。こめかみががんがんと音を立てているが…それさえ遠くなっていく。
 もう一度だけ…君に会いたい…。わがままはいわない、もう一度だけで…いいから…。
 ひっきりなしに鎖を鳴らしていた手足から力が抜け、身体が弛緩し。
 酸素を求めて大きく開いていた口がゆっくりと閉じて半開きになり。
 涙で潤んだ紅い瞳が閉じられ、かくんと首が布の上に落ちた。そこでようやくアドスはブルーの首から手を離す。ブルーの首にはくっきりと手の形が赤いあざとなって浮かび上がった。
 「失態だったな、王よ。次はこのようなことがないように」
 「…すまぬ」
 「死体の処理は任せるが、抜かりのないようにせよ」
 「…分かっておる」
 いいながら、アドスと女は階段を上がっていった。
 二人の去ったあとには、ブルーだけが残された。真の闇に閉ざされた、忌まわしい空間の中で。
 そのときふっと。
 形のよい唇がわずかに動いて、言葉を形作った。
 …ジョミー…。
 だが、吐息とともに紡ぎ出された名は、誰にも届かなかった。
 
   
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        | あ、や、大丈夫、ハッピーエンドですよ! でも、これからしばらくウラからは抜けられませんな〜。ジョミーの再登場はさらに先ですので、イタい展開が続くことと! リク主さまには非常に申し訳なく…。(汗)それはそうと、無茶苦茶サイテーな展開でイタぶられたあとのハッピーエンドは、いつも以上にハッピーに感じません…? んなことない??
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