「会えてよかった! 王宮からの書に反応がないので不審に思って調べたところ、ここに向かう道すがら行方不明になったと分かりまして」
王宮の使いだというやたらと愛想のいい男は、ブルーを馬車に乗せてからしきりに話しかけてきた。
「…それは…すまない」
「いえ、あなたが謝ることなどありませんよ。それにしても、まったくソルジャー・シンにも困ったものですな、あなたをかどわかすなどと! 前々から礼儀をわきまえない、わがままな子どもだと思っていたのですが、ここまでとは。亡きウィリアム・シンもさぞかし頭の痛かったことでしょう」
ソルジャー・シンとは…ジョミーのことだろう。
「少しばかり顔がよくて剣の腕も立つせいか、貴族の令嬢に人気があるものだから、すっかり増長しておるのですよ。いや、本当に彼には我々も頭を痛めているのですよ」
…ジョミーは国家騎士団長としては申し分のない実力の持ち主で、貴族の子女の憧れの的なのか…。
男の言葉を勝手に脳内で変換してしまうあたり、ジョミーのことは憎みきれないと自覚する。あんなことをされたというのに…。
そんな風に思い出して、ブルーはため息をついた。
「それにしても大きくなられましたな。私が最後にあなたを見たときは、まだ7,8歳であったというのに」
「え…」
初対面だとばかり思っていたこの男が、自分を知っていると言い出すのには驚いて、何かフォローしなければと慌てた。だが男はにこにこ笑って首を振った。
「いやいや、私は当時大臣の御前に顔を出せるような身分ではなかったので、あなたが知らなくても無理はない。それでも、あなたのお母上は非常に綺麗な方だったので、大臣とご一緒に王城にいらした際には、しっかりと鑑賞させていただきましたとも。それなのに若くしてお亡くなりになったとは残念で仕方ないのですが」
…鑑賞…?
その言葉に首を傾げたものの、母は確かに人並み外れて美しいと評判だったので黙っていた。
「それに、あなたもお母上に似て、大変美しくていらっしゃる。いやあ、生き写しといってもいいほどだ、さぞかし虫よけが大変でしたでしょうな」
「…虫よけ…?」
何のことだか分からずに怪訝に思っていると、男はにやにや笑いながら上目遣いでこちらを見つめてきた。
「亡命先で誰かと深い仲になったということはありませんかな? 純潔を奪われるようなことは…」
「あなたは一体何の話をしているんだ…!」
男のいいたいことが分かって、ブルーはむっとして声を荒げた。その様子に男は慌てて頭を下げた。
「いやいや、これは失礼を…。決してあなたを侮辱する気などなかったのです。あなたほどの容色なら、さぞかしモテたでしょうと思いましてね。いやあ、本当に美しい。生きた宝石とはあなたのようなことを言うのでしょうな」
ブルーは呆れかえってもう返事をする気にすらなれなかった。
…それでも…もうすぐ王宮だ。
ブルーは騒がしく喋り続ける男から目を離し、馬車から見える風景を眺めた。今度こそ王城へ向かっているらしい、立派な建造物が立ち並ぶ様子に、国の中心へと向かっていると実感できた。
…勝手にあの屋敷を出てきてしまって…ジョミーは怒るだろうな…。
それでも。ジョミーの意に逆らってでも王宮へ行き、王と面談して過去を水に流すと直接話をしてほしかった。
…一度は追放された国。知らぬ間に処刑されていた父や、亡命先で亡くなった母のためにも、その言葉は直接この耳で聞きたかった。
「さて、もうすぐ王宮に到着します。」
それは言われなくても分かった。かつて何度か父や母に連れられてきた王城が見えてきたからだ。
「国王陛下は大変ご多忙なため、すぐにお会いできるか分かりません。しばらくお待ちいただかなくてはならないかもしれません」
「…分かっている」
10年以上待ったのだ。数時間、もしくは数日程度待つなど、何と言うことはない。だが、もしすぐに王に会えないのなら、行きたい場所があった。
「そうだ。君は亡き父がどこに葬られているか知っているか?」
父の墓参り。今回の帰国の目的のひとつだった。
「ああ、オリジン大臣の、ね…」
だが、男は一転して興味なさそうに明後日の方向を見た。
「確か…シン家の管理する土地のどこかだったと思いますがね。聞いておきますよ」
ジョミーの家の…土地…。
男のおざなりな言葉に、数日前強引にこの身体を抱いたジョミーのことを思い出した。
…やはり…もう一度君に会わなければいけない、な…。
そうこうするうちに、馬車は大きな門をくぐり、王城内に入った。幼いころに見たきらきらしい王城が、なぜか今はひどく安っぽく見える。でも、それがなぜなのかは分からなかった。
やがて馬車はゆっくりと止まった。
「ささ、こちらでございます」
男は先に馬車を降りて、うやうやしく手を差し出した。
「…僕は淑女じゃない」
言外にそんなことは必要ないと告げて、ブルーは馬車を降り立つ。そこで少し意外に思った。王宮のどこなのかは分からないが、人気のない場所だ。
「これは大変失礼いたしました。ではどうぞこちらへ」
慇懃無礼とでもいうのだろうか。ブルーにはこの男の妙に礼儀正しい態度が鼻についた。
…しかし、ここに来て騒いでも始まるまい。
そう思って黙って男について王宮内に入る。やはり中にも人の気配がない。
…随分と閑散とした場所だ。王宮に、こんな場所があるなんて…。広い王宮だから、いろんな場所があっても不思議じゃないが、一体ここはどこなのだろう…?
「ここは…王宮のどこに当たるんだ…?」
「お客様をお泊めするための特別棟です。あなたには家がありませんので、どうかここを自分の家だと思ってくつろいでいただきたいと思いましてな。そのために人もあまりおりません」
…確かに…帰る家はないのだから、王と面会するのに数日かかるとなれば、ここに泊まらざるをえないのだろう。騒がしいよりも静かなほうがいいんだから、文句はないし…。
「ブルー…?」
そう思いながら歩いていると、ふと甲高い声が聞こえてきた。見ると、16、7歳くらいの長い金髪の美しい少女が立っている。
「おお、これはフィシス殿下。このようなところに何の用ですかな?」
「フィシス…?」
その名前には覚えがある。この国の王女にして、王位第一継承者である姫の名前だ。ジョミーと同じ年で、王宮に上がったときには3人で遊んだこともある。盲目であったが、それを補って余りあるほど賢い少女だった。
…ああ、礼を取らねばいけないのか…。
今はお互い子どもではない。フィシスはこの国の第一王女であり、次代の国王陛下であるのだから…。
「…フィシス王女殿下、お久しぶりです」
だから。そう膝を折ろうとしたのだが、フィシスは慌ててこちらまでやってきて、信じられないという表情を向けた。
「なぜ…!?」
盲目のため目を閉じていて瞳の表情が見えないが、ひどく動揺している様子が分かる。
「どうしてここに来たのです…? ジョミーは? 一緒ではないのですか」
「フィシス殿下…。ブルー様はこれから陛下と大事なお話があるのです。どうぞ、お戻りください。家庭教師の来る時間でしょう」
今度はあからさまに見下した態度になる男に、フィシスはきっと顔を上げた。
「あなたですか、ブルーを連れてきたのは!」
フィシスの怒りようは激しく、ブルーは言葉さえ出ないほどだった。
「早くブルーを解放しなさい。これがソルジャー・シンの耳に入ればどうなるか、分かっているでしょうに!」
しかし、男はへらへら笑っているだけだった。
「ソルジャー・シンは何もできませんよ。彼は痩せても枯れても国家騎士だ。守るべき陛下に対して弓を引くような真似はしないでしょう」
そう言うと、男はぱちんと指を鳴らした。
「フィシス殿下のお帰りだ。見送って差し上げろ」
すると、人気のなかった館内に、3人の男がわらわらと走りこんできた。そして、そのうち二人がフィシスの腕を両脇から強引に掴んだ。
「離しなさい!」
叫んだが、女の力では男たちを振りほどくこともできない。
「姫は少々興奮気味だ。しっかりとお部屋まで送って差し上げたほうがいいな」
「待って…! ブルー、すぐにここを出て…! 早く逃げて!」
無理やり連れられていくフィシスの叫びが館内に木霊する。
すぐにここを出て…? 早く…逃げろ…?
それが何を意味しているのか、今のブルーには分からない。
「やれやれ。フィシス殿下も所詮は小娘、どうもあのソルジャー・シンに心酔しているようで…。困ったものですよ」
次の国王陛下なのに…と小馬鹿にしたような男に、ブルーはひどい胸騒ぎを覚えた。
記憶にあるフィシスは、聡明で理知的な少女だった。加えてとても優しい。誰かに…例えばジョミーに恋をしていたとしても、そのために判断を誤るようには思えない。
…とにかく、陛下に会って話をしたら、すぐに王宮を出よう。ジョミーにも聞きたいことがあることだし…。
そう思って、ブルーは男について再び歩き出した。
6へ
出してくれるわけないじゃないー! こういうところがおボケさん…。次回はウラ♪ でも多分不発…。 |
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