激しい情事の終わった室内。そこはしんと静まり返っている。ベッドに横たわるのは、疲労のあとの濃い表情の全裸のブルー。汗と精液、そして赤い所有印がそこここに散っている無残なありさまだ。そのぴくりとも動かぬ身体を、ジョミーは温かいタオルで黙って清めていたが、ふっと手を止めた。
「…ブルー…」
その声音には、罪悪感の色が見える。だが、その名を口にしたっきり、ジョミーはまた黙々とブルーを清め続けていたが、再びジョミーの動きが止まる。局部から流れ出た血のあと。それはすでに赤黒い塊となっている。
「――――」
何かつぶやいたらしいジョミーだったが…それは言葉にならずに消えてゆく。気を取り直したように、ジョミーはその部分も優しく綺麗にふき取ると、今度は風邪をひかせぬようにと夜具をしっかりとかける。
「…おやすみ」
ジョミーは眠っているブルーにそっと声をかけ、きびすを返した。ドアが開き、それがパタンを綴じ、鍵がかかる音がしたっきり、そこには再び静寂が訪れた。
そのとき、ブルーの瞳がふっと開いた。悲しげな色をたたえた…瞳。
…ジョミー…。
…激しい行為の中、気が遠くなりかけたことには違いないが、結局気を失うことはなかった。けれど。
…ジョミーを見ているのが、辛かった。だから、意識を飛ばしたふりをした。そうすれば…憎しみをぶつけてくるジョミーを見ずに済む。そうしなければ、自分が壊れてしまいそうだったから。
ずっと…憎んでいたのだろうか。
あのとき。ジョミーの父親の助けによって、亡命しようとする僕の手を取って、行っちゃいやだと引きとめようとして。それでも、シン団長から説得されて、泣く泣く手を離した。
『大きくなったら、ジョミー。お前がブルーを迎えに行けばいい。お前だっていつまでも小さな子どもじゃない、数年も経てば剣を取り、戦えるようになる』
それまで、ブルーに待っていてもらおう、と。
そう言われて、涙でくしゃくしゃになった顔をこちらに向け。
『僕、今よりもずっと強くなるから』
それでも声は震えていなかった。幼いながらも、しっかりとした男の声だった。
『僕はブルーの手を離さないよ…? 離れていても、心の中ではずっと手を握ってる。だから…待ってて?』
そう言って見送っていた姿を今でも思い出すことができるというのに…。
十数年というときの流れの中、ジョミーもものの道理が分かるようになって、あのときの謀反事件を忌々しく思うようになったのだろう。
そんな埒もないことを考えていて。
どのくらい時間が経ったのか、鍵が開く音がした。
「…ブルー様?」
リオの声だった。
けれど、こんな情けない顔を見られたくない。そんな思いから、つい慌てて夜具を頭まで被った。
「…お食事と、お薬をお持ちしました。化膿止めの軟膏と痛み止めの飲み薬です。それから…寝間着と」
そう言われるのに、ブルーはそっと上掛けから顔を出した。その様子に、リオは安心したように微笑んだ。
「ジョミーから、あなたのお世話を申し遣っております。ほかに必要なものがあれば、何なりとお申し付けください」
そう言われるのには、嬉しいどころか悲しさだけがこみ上げる。
「…何もない」
そこまでして、自分の片腕であるリオを見張りにつけてまで、僕が王城に向かうことが気に入らないのか。僕が王城に行くと、ジョミーにとって都合の悪いことがあるとでもいうのだろうか。
「気にしなくてもいい。僕は大人しくしているから…」
「ブルー様…」
「君から…ジョミーに伝えておいてくれないか。僕は、君の邪魔になることはしないからと…」
僕が言っても聞き入れてくれない。ならば…せめて、ジョミーの信頼の厚い君に頼んでいいだろうか、と。そう続けると、慌ててリオは首を振った。
「ジョミーはあなたを邪魔だなんて思ってません…!」
では、この仕打ちは一体何なんだろう。
「…僕に気を遣う必要は…」
「ジョミーを信じてください!」
けれど、リオは必死になって言い募った。
「ジョミーはあなたのことが大切なんです! あなたと別れてからずっと、ジョミーはあなたの面影ばかりを追っていました、それは今も変わりません…!」
…そんなはずは、ない。ジョミーの態度は、僕と会えて嬉しいなどと言うものでは決してなかった。…でも。
「…本当に…?」
ブルーはリオをじっと見つめ、そしてかすれた声で問う。それに、リオはほっとした表情で力強くうなずいた。
「…本当です。ですから、どうかそんなにご自分を卑下なさらないでください」
「では…ジョミーはなぜこんなことを?」
そう、それが分からない。幼いころのように抱き合うとまではいかなくても、監禁して凌辱するという行為自体に理由がつかない。
「それは…」
案の定、返答に窮するリオをあきらめたように見てから、ブルーはやっぱりとつぶやいた。
「り…っ、理由は言えませんが、ジョミーはあなたの安全を考えて、ここに閉じ込めたんですっ!」
それなのに。リオはなおも言い募った。その様子に、ブルーは目を瞠る。
「…本当に、ジョミーはあなたを迎えに行く気だったのですよ。もうしばらくして、この国があなたを迎えるにふさわしい場所になったときに」
「…ふさわしい…場所?」
おうむ返しにそういうと、リオはしまったという顔をした。
どういうことだ? 安全を考えているだのふさわしい場所になるだの…。この国に何かあったというのだろうか。
「どういうことなのか分からない。リオ、この国に一体何が起こっているんだ…?」
だが、リオは沈黙したままだった。
「リオ…?」
「申し訳ありません、これ以上は…どうかお許しを」
だが、リオはそう言って深々と頭を下げた。
単なるリオの作り話なのか…? それゆえ応えることができないのか、と一瞬思ったが。それでも、もしかすると本当にこの国に何かとんでもないことが起こっているのかもしれないと思った。それをジョミーに口止めされていて、言えないだけかも…とも。
そう思って、ブルーはゆっくりとうなずいた。
「…分かった。けれど、理由は知りたい。どうしても君から言えないのなら…ジョミーから直接聞きたい」
そういうのに、リオは「申し訳ありません」となおも頭を下げながら続けた。
「…伝えておきますが、ジョミーも国家騎士団長という役目のため、なかなかこちらには来られません。どうか…しばらくお時間を」
そう言われるのには、不承不承うなずいておいた。
それでも、2、3日以内には来てくれるものと思ってはいたが…ジョミーは一向にこちらへ来る気配を見せなかった。ショックを受けていた初日だったが、それでも数日経つうちに、ジョミーに会いたい、いきなりセックスという名の暴力に及んだ理由を知りたい。そう思うようになっていった。…リオの言うことが本当なら…だが。
実際にジョミーに会えば、もっとひどい言葉を叩きつけられるかもしれない。それくらいなら、いっそ今のまま…。
そう自嘲気味に考えたが、今以上の最悪な状況は考えられない。何も分からず、こんなところで嫌な想像ばかりして時間が経つのを待っていることと、どちらがいいのだろうか、と。
ブルーは鉄格子越しに見える林をじっと眺めていた。来たときは暗かったためよく分からなかったが、ここが深い森の中であることに気がついた。
…これは、監禁するのにはもってこいの場所だな。
そう思っていると、下のほうから物音がした。そして、ふと下を見ると。
リオ…?
ずっとこの屋敷に詰めていたリオの頭が見えた。どうやら馬に乗ってどこかに行くところらしい。
…チャンスだ。
リオは、物腰は柔らかくても隙がない。その辺はさすがに国家騎士団の一員だと感心できる。けれど、たびたび見かける賄いの中年女性はそうではなさそうだ。ならば…。
ブルーはクローゼットを開けると、来たときに着ていた自分の服を取り出した。きちんと洗濯されていてたたんである。それを身に着けて、時計を見た。
リオが戻るまでが勝負。あと数十分で昼食どきだ。おそらく、彼女が配膳してくるだろう、と。
そして、その予想は見事当たった。
リオは何かの用事で出かけたまま帰らず、彼女が昼食を持ってきた。
「…? どうかしましたか?」
椅子に座ったままうずくまり、必死に何かを耐えているようなそぶりを見せる。彼女は首をかしげてこちらを伺ってきた。
「急に…胸が痛くなって…」
「え…っ!?」
思ったとおり、彼女はひどく狼狽した。リオの不在に大事な客が病気になったということに、うろたえているようだ。
「お、お待ちください、今薬を探してきます…!」
そう言ってドアを閉めることも忘れて、ばたばたと走って行く。その様子に、ブルーはゆっくりと立ち上がると歩き出した。
「彼女とリオが、ひどく叱られなければいいが…」
…ジョミーに…。それでも、これ以上この状態でいるのは耐えられない。
そう思いながら玄関を開けると、久しぶりのすがすがしい外の空気が身体を満たす。
…とにかく、ジョミーに会わなければいけない。それに、この国が…王城がどうなっているのか気になる。ハーレイのことも心配だ。
そう思って、ブルーがリオの向かって行った方向へ歩き出そうとしたそのとき。金と銀の飾りがごてごてついた豪華な馬車が目の前に止まった。
5へ
ブルーに動いてもらわないと、話が進みませんからね〜。で、早速見つかっちゃうお間抜けなブルーです♪ で、この趣味の悪い馬車は、王宮のものです〜。 |
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