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      大通りに出たと思ったのに、今度は曲がりくねった細い路地に速度も落とさず入り込む。後部座席に座るブルーとしては、ただシンに掴まっているしかない。でも…。こうして間近に見るシンは、やはり綺麗なんだな。
 風になびく金髪に、しっかりと前を見つめる真剣な緑の瞳。それに、整った目鼻立ちに…つい見とれてしまう。だが。
 そんなことを考えていられたのもほんの一瞬だった。バイクは爆音を響かせながら、路地を走っていく。風圧でゴミ箱がひっくり返る様子や通りを歩いている人たちがこちらを見た途端、驚いて壁に張りつく姿が目の端に映る。
 その無茶苦茶な運転ぶりにはらはらすると同時に、そういえば…とふと思った。
 「君は…僕の家を知っているのか…?」
 「はぁ!? 何か言いましたか!」
 聞こえないフリか! とむっとしたが、こちらはフルフェイスのヘルメットをしているが、シンはそういったものは一切しておらず、風の音が邪魔になって声が届かないのかと思い直した。
 「君は僕の家を知っているのかと訊いたんだ!」
 そう叫ぶと、シンは、ああ、とつぶやいた。
 「知ってますよ! 何度か下見に行きましたから!」
 こちらも負けじと大声で返してくるが、その内容にはぞっとする。
 「き…っ、君は変態か!」
 「失礼ですね! 好きな相手の家を見に行って、何が悪いんですか!」
 「それを世間では変態と言うんだ! しかも、どうやって住所を知ったんだ、君は!」
 「好きな相手を口説き落とすには、その相手をよく知ることが必要不可欠ですからね!」
 「何が必要不可欠だ! 単に自分を正当化しているだけじゃないか!」
 そんな会話を交わしながらも、バイクはさらに速度を上げる。そのとき、目の前に犬が飛び出してきた。いや、犬のほうとしては、急にバイクが現れたと思っただろうが。
 「あぶな…っ」
 次に来る展開に、目を閉じそうになったのだが…。しかし、シンは難なくバイクごと犬を飛び越えた。ほんの少しの浮遊感ののち、タイヤがバウンドしながら着地する。それ以外の衝撃は一切ない。多分…ひいてはいないだろうが…。
 「あ…危ないじゃないか!」
 大声で叫んだが、シンは思いっきり無視した。
 「聞いているのか、シン!」
 だが、それも無視される。
 「いい加減にしないと、誰かに怪我をさせてしまう! シン…!」
 「僕がそんな間抜けなこと、するわけないでしょう!」
 その、相変わらずの自信過剰ぶりに、何か言おうと思ったのだが。
 「それに…あなたは妹のことだけ考えていればいいんだ」
 その意外にも静かな言葉に、はっとした。
 …フィシス…。
 行方不明の妹のことを思い出し、ブルーの気持ちは一気に沈んだ。
 こうしてシンが急いで家に向かってくれているのは、そのためだった…。そんなことさえ忘れているなんて…。
 そう思って、ただ口をつぐんだ。しかし。
 今のブルーには、この暴走行為がのちにどんな結果を生むかなど、まったく考えも及ばなかった。
  バイクが減速し、やがて焼け落ちた家の前に止まる。そこには確かに自分の家があったはずだ。しかし、あるべきものがないというだけで、まったく違う場所に思えてしまい、ブルーは戸惑った。「…着きましたよ」
 それを分かっているのか、シンは控えめに声をかけてくる。それにはっとして、ヘルメットを脱ぎながら、バイクを降りた。まだくすぶっている部分があるらしく、ところどころ煙を上げているが、再燃の気配はない。警察や消防署員と思しき人がちらちら見えるが、やはりフィシスの姿はない。
 ブルーは一番近い場所にいる消防署員に声をかけた。
 「電話をもらった、ブルー・オリジンです、妹は…」
 「ああ」
 男はうなずいて振り向いた。
 「電話で話を聞いて、さっきから探しているんだけど、まだ見つからない。妹さんがどこかに出かけているという可能性はないのか?」
 「妹は全盲なんだ、そんなことはない!」
 学校にもいなかった。それなら…居場所はここしかないはずだ。
 「そうですか…。本署に連絡を取って、捜索範囲を広げようと思っているのですが…」
 ということは…やはりフィシスは…。
 現場の惨状、それからやはりあれから見つかっていないという男の証言に、ブルーは奈落の底に叩き落とされたような気がした。
 …誰かに、連れ去られたのだろうか。そして今ごろ…フィシスは…。
 「妹は!?」
 後ろから、シンの声が聞こえてきた。バイクを邪魔にならない場所に置いて走ってきたのだろう、少しばかり息が切れている。
 「…見つからないらしい」
 棒読みだな、と自分の耳で聞きながら思う。だが、シンはと言うと別のことに気を取られているらしい、まわりをぐるりと見渡した。
 「…参った、苦手な分野だ」
 …苦手?
 シンが舌打ちしながらつぶやいた。その言葉に、ブルーは内心首をかしげてシンを見遣る。苦い表情をしてこの一帯を見つめるシンの姿に、疑問が湧く。
 「苦手…? 何が苦手なんだ?」
 「ああ、いえ。あなたの妹を一度でも見たことがあれば、居場所が分かったかもしれないのにと…」
 だが、シンはさらに不思議なことを言い出した。
 どういうことだ?
 シンは額を押さえながら目を閉じた。何かを一生懸命聞き取ろうとしている、そんな風に思えたが…。
 …一体、何をしているんだ。
 なんだか腹が立ってきた。そんなことをしていて、何になるというのだ…!
 ブルーはシンを無視して歩き出し、焼け野原となった場所を改めて見つめた。…その光景に、途方に暮れそうになって…きっと顔を上げた。
 「フィシス! フィシス、どこにいる!?」
 これだけ探してもらっていないのなら…焼死したことはないにしろ、この周辺にはいないのだろう。
 そうは思ったが、何もせずに立っていることもできず、いないだろうと思いながらも、大声で呼びかけた。そうでなければ、嫌な想像ばかりしてしまいそうだったから。
 しっかりしなきゃいけない…! そうでなければ…。
 「あ」
 シンが声を上げた。
 「…今、応えましたよ」
 振り返ると、シンはさっきと同じポーズのまま佇んでいる。その緑の瞳がゆっくり開いた。
 「え…っ?」
 「今、十代の女の子があなたの声に応えた、と言ったんです」
 そう言って顔を上げてからシンはきびすを返すと、道路脇に止まっている消防車にかかっているスコップを取った。
 「シン、本当か!? 本当に…」
 「静かに」
 シンはもう一度目を閉じ、次に目を開いたときには、どこかを目指して走り出した。
 「シン…?」
 そしてある地点で止まって、その場所をじっと見つめたあと、スコップで瓦礫だらけの場所を一心不乱に掘りはじめた。
 「君、何をしているんだ?」
 まわりにいた消防署員たちも、その異様な光景に集まってくる。
 「あなたの妹は…っ、この下だ!」
 そういいながらも、手は休むことなく瓦礫を避け掘り続けている。
 「シン、それはどういう…」
 …それが本当だとしても…。この瓦礫の下では、とても無事でいるとは思えないが。
 「あなたの家にっ、地下室はなかったんですか!」
 そういわれて、はっとした。
 「…ワインセラー…」
 だが、そこはワインの醸造が趣味だった両親が亡くなって以来、まったく使っていない。それに…。
 「…でも、あれは開かないんだ。長い間使わなかったせいか、最近では開けることさえできなくなっていたはず…」
 それなのに…。フィシスが…そこに、いる?
 「火事場の馬鹿力って、言うじゃないですか!」
 まわりにいた男たちも、事情がよく分からないながらもシンに合わせてその場所を掘り始めた。程なく、地面のようなものが見えてきた。そこに、何かの取っ手のようなものも、見える。
 …ワイセラーの入口だ。
 ずっとここに住んでいたはずの自分でさえ、家が完全に焼け落ちた状態で、間取りなどまったく分からないというのに、シンは正確にその位置を探り当てた。これはもしかして…と思って心臓がどきんと鳴る。
 そのとき。かすかに中からか細い声が聞こえた。全員が顔を見合わせたあと、うちのひとりが、取っ手を握り、力任せに引っ張った。
 「…ダメだ、開かない!」
 しかし、その入り口となっているふたが開かないらしい。若い、いかにも筋肉質の男が代わっても、結果は同じだった。
 「…この扉が熱で変形したのか、それとも何かを噛んでしまったのか…」
 「今、小型のクレーンを取ってくる…!」
 署員たちが消防車に取って返して行ったあとには、ブルーとシンだけが残された。
 …この中に…フィシスが…。
 そう思うといてもたまらず、取っ手を握り、思いっきり引っ張ってみたが…やはり結果は同じだった。やはり、重機のようなもので持ち上げるしかないのだろう。が。
 「ブルー、退いて」
 ふと顔を上げると、シンの顔が間近に見えた。どうやら、開けてみるから代われと言われているらしい。
 「ダメだ、開かない」
 「そうですか」
 そう言いながら、シンはそっと取っ手を握った。そして、また目を閉じる。
 「…!?」
 その途端。ふわりとシンの身体から陽炎のようなものが立ち上った。だが、何だろうと確認する間もなく、大きな音を立てて、ふたが持ち上がった。扉となっているふたの間に挟まっていた砂や小石が、中にばらばらと落ちる。
 シンは特に筋肉質と言うわけではない。運動神経はいいのだろうが、とても力持ちには思えないのだが、ブルーの頭にはそんな考えなど思い浮かばなかった。
 「フィシス!」
 真っ暗なワインセラーの中…ワインセラーと言いながらワインはもう置いていないが、一生懸命目を凝らすが、よく分からない。
 「おにいさまぁ…」
 そのとき震える声が、ブルーを呼んだ。
 「フィシス!」
 慌ててワインセラーに通じる階段を降り、暗闇の中手探りで妹を探す。その手が、ふと柔らかいものに触れた。
 「フィシス、けがはないか!?」
 「は、はい…」
 泣き出しそうな声にほっとして、ブルーはフィシスの身体を抱き上げた。
 「よかった…」
 日の当たる場所に出て、改めてフィシスを見る。
 服にところどころすすけた跡はある。ずっと恐怖に震えていただろう、そんな疲労も色濃く顔に出ていたものの…。やけどどころか、けがもしていない様子に…ほっとした。
 とりあえず見つけてくれたシンに礼を言おうと思って…。
 シンがいなくなっていることに気がついた。
 …どこへ…行ったんだ?
 
 
   
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        | 「ここ掘れワンワン」 シン様ってば、まさに大型犬! しかも態度でかっ! ミュウ設定なら、このくらい楽勝♪ なんですが、ブルーは知りませんからね、そんなことvv |   |