翌日の放課後。ハーレイに呼び出されたブルーは、複雑な表情で職員室に向かった。用件は、転校生との引き合わせだろう。
…会いたくない。
だんだんと歩く速度が遅くなる。
昨日、不遜な態度で訳のわからないことを立て続けに聞かれ、挙句の果てに、同じ男である自分に…口付けるなど…っ!
その途端、顔から火を噴くような感覚に襲われた。こんな気持ちであの傍若無人なシンの前に出たら、きっと馬鹿にされてからかわれることだろう。
ブルーは職員室の前で深呼吸して落ち着こうとした。が。
「おや、どうしたんですか、こんなところで」
後ろからあの嫌味ったらしい、澄ました声が聞こえてきて慌てた。
「な…っ、なんで…!」
「僕も今着いたところなんですよ」
後ろを振り返れば、金の髪に緑の瞳、整った細面のジョミー・マーキス・シンが立っていた。おまけに、彼が前にいた高校の制服なのだろう、濃紺のブレザーに同色のネクタイに斜めに入った緑のラインが、まるで彼の瞳の色と合わせたかのようで、いやになるくらいよく似合う。
「あなたに会えると思って楽しみに来たんですよ」
「あいにくだが、僕は楽しくなどない」
「そうですか?」
しかし、シンはブルーの言葉に動揺した様子もない。悠然と微笑みながら、慣れた手つきで肩を抱こうとした。
パンっ!
その手が容赦なく振り払われる。
「僕は君と親しくする気はない。なれなれしい真似はやめてもらおうか」
「ずいぶんとガードがかたいんですね」
だが、やはりシンは気にした様子がない。苦笑いしながら、払われた手をひらひらと振った。
「学級委員の役目は最低限果たすが、それ以外はお断りだ…!」
そんなシンをにらみつけてから、ブルーは職員室のドアを開けた。
「これは…紹介の必要がないようだな」
二人の間に流れる雰囲気から察したのか、ハーレイは二人を見比べながらつぶやいた。
「ええ、昨日時間があったので、ここに来てみたんです。そのときに話をしました」
そうですよね、とシンからは同意を求めるような笑顔を向けられたが、ブルーは黙っていた。その二人を不審に思いつつも、ハーレイは「では」と咳ばらいをした。
「昨日の続きと言えばいいのか? 君には学級委員として、校内の案内や校則の説明を頼む」
「…わかりました」
いつもはにこやかで面倒見のよい学級委員の仏頂面に、ハーレイは不思議そうな顔をしたが、タイミングよく電話がかかったせいで、「頼んだぞ」とだけ言って、二人を送り出した。
「じゃあ、お願いします、学級委員」
そのからかうような響きに、きっと険しい紅い目を上背のある青年に向けたが、結局は目をそらし、先に歩いた。
「…着いてきたまえ」
「…ここは食堂や売店も入っている100周年記念館だ。」
「へえ。100年の歴史があるのはすごいことですが、こんなものを建てることができるというのは、ここの卒業生に資産家が多いためですか?」
『○○○○年、卒業生寄贈』の文字が彫られている石碑を見ながら、シンは微笑みながらこちらを振り返った。
…これだ。
ブルーは黙ってため息をついた。
シンは素直に感心するということがない。こんな風に、妙にうがった見方をするタイプらしい。
…そんな奴にわざわざ返事をする必要もない。そう思って、シンを無視して続けた。
「校内の施設はこんなものだ。ところで君はどこに住んでいるんだ?」
それを聞くと、シンはくすっと笑った。
「不慣れな転校生を気遣って、家まで送ってくれるんですか?」
君は小学生か!
そう叫びたい気持ちを抑えてブルーは首を振った。シンの面白がるような表情を見ていれば、それがブルーを煽るための台詞であることは簡単に想像がつく。
「そうじゃない…! 君はどんな手段でこの学校まで通っているのか確認しようと思っただけだ。この近くなら徒歩か自転車だろうが…」
「バイクですよ。自宅までは10キロ以上ありますので」
「ならば、公共交通機関に切り替えてもらおうか。バイクは校則で禁止されている」
だがシンは、ふんと鼻を鳴らしただけだった。
「事故を起こしたとしても、学校に面倒を見てもらおうとは思いませんよ。大体、事故るほど僕の運転は未熟じゃない」
「その自信過剰が事故の元なんだ!」
この光景をクラスメイトが見たらさぞかし驚くだろう。いつも人当たりのよい学級委員の怒鳴り声など聞いたこともないだろうから。
「昨日も思ったが、君は人の言うことを聞かない癖があるな…! これは校則だ、君が事故を起こす、起こさないの問題じゃない。大体この学校は、運転免許の取得さえ禁じている。それはすでに免許を取得してしまった転校生の君に言っても仕方のないことだが、とにかくバイクでの通学はやめてもらおう。悪くすれば自主退学を迫られることになる」
「見つからなきゃいいんでしょう」
「! そういう問題じゃない!!」
そう叫んだが、こんな奴にこれ以上気にかけてやる価値もないと思いなおして息を整えた。
「…とにかく、忠告はしたからな。休学になるなり退学になるなり、勝手にしたまえ」
「おや、冷たいですね。」
「君が僕の忠告を聞かないだけだろう!」
まったくこいつと一緒にいると、血圧が上がりそうだ。
毒づきながらもシンの涼しい顔を見上げる。この見上げなければならないという事実もしゃくに触るが、こればかりは仕方がない。だが、やはり何か言いたくなって口を開きかけたとき。
シンの面白がるような瞳が。
一瞬鋭さを帯びた。
……?
その視線はブルーを通り過ぎ、はるか後方に注がれているように見えた。何かあるのだろうかと振り返ろうとしたブルーだったのだが、突然シンに頤をつかまれて彼を正面から見つめる格好になった。
「ああ、あなたの瞳は本当に綺麗な赤色なんですね。ルビーの中でも最高級のピジョンブラッド。情熱的な色彩だ」
夢見るような微笑みでそんなことをささやかれたが、それに反してブルーはひどく憂鬱な気分になった。自身の瞳の色が独特で、それにまつわるよい思い出がまったくなかったためだったのだが、沈んでばかりはいられなかった。続いてシンの顔が近づいてくるのに、ブルーは慌てて身を引き、右手を一閃させる。パン…っ、と乾いた音が校舎の壁に跳ね返った。
「なれなれしい真似はやめろと言ったはずだ」
その語気の強さとは裏腹に、ブルーの表情には悲しそうな色が浮かんでいたことに、本人だけが気がついていなかった。
左の頬をはたかれたシンは呆気にとられたように緑の瞳を見開いてブルーを見つめていたが、やがて表情を緩めた。
「…知ってますか? ルビーもそうですが、赤は邪気を払い、強運をもたらす色と言われています。あなたはルビーの天然石を持つまでもなく、その顔の中に二つの紅玉を持っているのだから、素晴らしいことですよ」
シンの言葉が今までと違って、とても優しく真摯に響いたせいで、ブルーは呆然としてシンを見つめた。おかげで、シンの真剣に見つめていたものの存在などすっかり頭の外に追いやられてしまったようだ。
「だから、あなたが僕の守護石になってくれると心強いんですけどね。では失礼、明日からよろしく」
シンはふふんと笑うと、ぼんやりしているブルーに手を振ると、きびすを返し…校舎の向こうを曲がって消えた。
その瞬間、ブルーは呪縛から解けたようにはっとして、シンの後を追おうとした。
何を言おうとしたのか分からない。人の目を石呼ばわりするなと言いたかったのか、君の守護石だなんて絶対ご免だと言いたかったのか、それとも…。
「……!?」
ところが。
姿が消えてからほとんど時間は経っていないにもかかわらず、校舎を曲がった先にシンの姿はなかった。
「…どうして?」
昨日もそうだったが、シンは異様に足が速いらしい。
…コンパスが長いということか…?
そう考えるとなおのことむかついて、ブルーは足音も荒くその場を去って行ったのだった。
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この話のブルーってば、おボケさんでおニブさんvv(つまり天然系♪)シン様はそれとなくはぐらかすなど、秘密の多い転校生〜★ |
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