「…転校生?」
こんな半端な時期に…と不思議に思っていたが、だから転校生なのだと思い至った。
「そうなのだ。受検を控えた君には悪いが、しばらく面倒を見てやってほしい。」
教師のハーレイは、ブルーに重ねて「すまないな」と声をかけるのに、いえと首を振る。
「学級委員の仕事のひとつですから。」
すると、ハーレイはそうかとうなずいた。
「では、頼んだぞ。明日の放課後改めて彼と引き合わせる。授業に出るのは明後日からだ。」
それに了解の意を返し、ハーレイを見送ってから。
さて、どんな生徒なのだろうと思う。
高等部でこんな時期に転入してくるというのは珍しい。こちらが受験を控えているということは、同じクラスに編入してくる彼だって受験を控えている身の上なのだ。
…では、転校しなければいけない理由があるのだろうか…?
レベルが高いといわれるこの学校の編入試験にパスするというのは、優秀には違いないだろう。だが、この大事なときにわざわざ学校を変えるだろうか…?
彼自身に何か問題でもあったのでは…と思ったが、ブルーはかぶりを振った。
まだ会ってもいない相手について、あれこれと考えるのは失礼以外の何者でもないだろう。そう思って、職員室から教室に向かって歩き出した。
ブルー・オリジン。
3年1学期で生徒会長を務めていたが、2学期に入り受験準備のため2年生にその役を譲って今は学級委員となっている。だが、面倒見のよいため、何かと教師や後輩から頼りにされている。
「…?」
ふと立ち止まる。廊下の窓から見かけない金髪の青年が、校庭を見下ろしていたからだ。
…誰だろう?
アイボリーのTシャツにブラックジーンズと、学校内にいるにかかわらず私服であることに、ブルーは眉を寄せた。それに、この学校に在籍している人間の全てを知っているわけではないけれど、こんな目立つ人間なら、知らないはずはない。
…そのくらい、目の前の青年は目を引く。
まずは、金髪に緑の瞳という鮮やかな色彩。それに、整った目鼻立ち。一度は見とれてしまうような美貌に、ブルー自身もしばし動作を止めた。
その彼がこちらを向いた。同時にはっとする。
「ああ…失礼。ぶしつけにじろじろ見てしまって。」
とりあえず微笑みながらそんな風に声をかけたが、目の前の青年はただ黙ってこちらを見つめているだけだ。
「君はこの学校の人間じゃないようだけど…何か用かい?」
「部外者が無断で入り込むと、都合の悪いことでもあるのか?」
わずかに微笑みながら返された言葉は、好戦的とも取れる台詞。
そんなつもりじゃないんだが、とつぶやきながらもブルーは青年を困ったように見やった。
「…いや。気を悪くしたのなら謝る。何か、僕に手伝えることはあるだろうか?」
別に他校の生徒であっても、校舎内に入るなという決まりごとはない。だた、一体何の目的なのか、それが気になった。
するとシンは、ふんと鼻を鳴らした。
「心配しなくてもすぐに出て行く。自分が転校する学校がどんなところなのか、見にきただけだからな。」
薄笑いを浮かべてそういわれるのに、ブルーははっとした。
「ちょっと待ってくれ…君がジョミー・マーキス・シンなのか?」
「そうだが?」
金髪の青年、シンはそういうとにっと笑った。
「そうだったのか…。すまない、紹介は明日してもらえると思っていたものだから…。僕は…。」
「ブルー・オリジン。僕の編入するクラスの学級委員だろう。」
なんでもないように言い放つ。
どうして知っている…? そんな疑問が顔に出たのだろう。シンは再び校庭に目を移し、続けた。
「あなたの容姿は特殊だからな。」
そういわれるのに、ちくりと心が痛む。
「そうか…。」
アルビノという特殊な色彩。目は血の色を呈し、肌は病的に白い。アルビノだけあって髪にも色素はない。
今でこそ誰も何も言わなくなったが、幼いころは化け物と面と向かって言われることは珍しいことではなかった。いや、多分今でも陰口を叩かれていることだろう。
それでも、ブルーは気丈に笑った。
「ならば紹介してもらう手間が省けたというものだ。明日校内を案内するつもりだったが、今しても構わないよ。」
「それは明日でいい。こんなに遅くなってからでは、あなたに迷惑がかかる。」
おや? と思った。突然転校する学校を下見に来て、けんか腰の言動をしたかと思うと、今度はしおらしく迷惑などという言葉を使う。
「そんなに気を遣うことなどないのに。だが、もう少し早い時間の方が部活動は活発だ。案内するなら、確かに明日の方がいいかもしれないな。」
「部活?」
すると、あからさまに侮蔑の響きが返る。
「部活動なんかする気はない。」
「ああ…もう受検シーズンに入るから。」
受験生にクラブ活動を勧めるというのも変な話だと反省したのもつかの間、シンはさらに嘲ったように笑われ、呆気にとられた。
「そんなことは関係ない。」
…では、何だというのだろう? 首をかしげた様子にシンは苦笑いし、鈍いなとつぶやいた。
「子どもじゃあるまいし、集団行動なんか取る気はないといっているんだ。」
それだけ言うと、シンはこちらに向かって歩き出した。近くまで来ると、シンの背丈が自分のものよりさらに高いということが分かった。
「…だが、あなたには興味がある。」
…興味…?
いいながら、くいと頤に手をかけられ、上を向かされる。
「あなたくらいだろうな、この学校での収穫は。」
「…収穫って…?」
きょとんとしているブルーに、シンは再び苦笑いした。
「恋人は?」
…はあ? 恋人…って、誰の?
いきなり話が変な方向に捻じ曲がったような気がして、ブルーは驚いてシンを見上げた。
「あなたがまったくのフリーだとは考えづらい。それで?」
しかし、呆然としているブルーには、シンの真意が伝わってこない。
興味? 収穫? 恋人? フリー?
シンのいった単語ばかりがぐるぐると頭を回っている。その様子に、シンはくすっと笑った。
「それだけ鈍感なら、恋人なんかいないか。」
それならば好都合、とシンは微笑みながら身をかがめると、ブルーの唇に自分のそれを重ねた。
え…っ?
自分に近づいてくるシンの秀麗な顔を見つめながらも、何が起こっているのかまったく理解できない。その唇が自分のものと触れ合ったそのときですら…シンが何をしているのか分からなかった。
ブルーが我に返ったのは、シンの唇が離れ、満足そうに自分を見下ろす表情を目にしてからだった。
「き…君は一体何を…!」
シンの行動にうっかりとされがままになってしまったことに動転し、それ以上言葉を継ぐことができない。だが、シンはそれさえおかしいといわんばかりに笑った。
「何を? あなたにキスしたんですけど?」
「そ、そんなことは分かっている! 何のためにそんなことを…!」
「したかったからです。ほかに理由がほしいなら、あなたを手に入れるという宣言だと取っていただいて結構。」
手に…入れる…?
思考力が働かず、シンの顔を見つめるしかない。
「その様子では、キスは初めてだったんですか? 光栄なことだ。」
「光栄!?」
光栄…? 何が光栄!?
「明日からが楽しみですよ。では僕はこれで。もう夕暮れだ、あなたももう帰ったほうがいい。」
それだけ言うと、シンはブルーに背を向けた。
ブルーはあまりのことに固まって、うっかりその後姿を眺めてしまっていたが、しばらくしてからはっと我に返った。
「…君、待ちたまえ…!」
…しかし、ときすでに遅し。
シンの姿はもうどこにも見えなかった。
2へ
すみません〜、言ってみれば紅い瞳の逆バージョンです〜。実は紅い瞳を書いたときに、あとからリク主様より「肩で風切って歩く転校生シン」というフレーズを聞いたとき、こんなのを思いつきました♪(でも逆であってもシンブルですけどね!) |
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