シャングリラの訓練室の中に、恐ろしい音が響き渡った。
「だ…っ、大丈夫か、ジョミー!?」
「誰か担架を…!」
ジョミー・マーキス・シンのサイオン訓練。
例によって例のごとく、強大なサイオンを持つ少年はコントロールに失敗し、訓練室を半壊状態にさせた。それだけならまだ良かったのだが…。
「ジョミーは無事か!」
「ダメですキャプテン、頭を強く打っているようです。すぐに動かすのは危険かと…!」
「…ったく、平生はすばしっこいくらい動き回るというのに、こんなものも避けられないのか!」
たまたまジョミーの訓練に立ち会っていたハーレイは、倒れ伏した少年の傍にひざをつき、苛立たしげに彼の頭の傍にある壊れた大きな照明器具を見やった。どうやら、それがジョミーの頭に当たってしまったらしい。
そんなこんなで、救護室に運ばれたジョミーだったが、何せジョミーの頭に落ちたのはとんでもない重量を持つ機械だ。頭蓋骨骨折か、脳挫傷かと心配されたのだが、CTスキャンやMRI、脳波パターンチェックでは異常は見つからず、まわりはほっとしていた。
ところが。
「ジョミーが目を覚まさない…?」
「…はい。検査の結果に異常は見られないのですが…。」
ソルジャー・ブルーの問いに、青の間に足を運んだハーレイは、苦々しくうなずいた。いつものジョミーは全てのカリキュラムを終了したあと、青の間に寄ってから自室に戻る。それが日課なのだが、既に夜になっているにもかかわらず、いまだジョミーは眠ったままなのだ。
「いつもここに顔を出すジョミーが来ないと、あなたが心配されるといけませんので、とりあえずご報告を…。」
「ならば、見舞いに行こう。」
「いけません…!」
言いながら立ち上がろうとするブルーを、ハーレイは慌てて押しとどめた。
「なぜだ?」
「ジョミーが入院しているのは、一般病棟です! そんな場でナニをしようというのですか…! 大体、現ソルジャーと次期ソルジャーが、夫婦関係にあると知られてもいいのですか!」
…そうなのだ。
ジョミーは毎日ただ青の間に寄っているわけではなく、愛を確かめる行為も行っている。つまりは…アレである。
「…君には、僕がどんな鬼畜に見えているのか知らないが、僕は病人相手にそんなことはしないよ。」
安心したまえ、といわれるのに、ハーレイは苦虫をつぶしたような顔をして。
…あなたの理性がもちますかね。
そんなことをつぶやいていたが、ブルーはそれを綺麗に無視した。
「では、行ってくる。」
「一晩だけでも我慢できないんですか! あなたは…!」
「だから、人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕はただ、僕のたった一人の太陽のことが心配なだけだ。」
どうだか。
そんなハーレイのつぶやきが背中にぶつかったが、ブルーはそれも無視した。
ハーレイには、僕がジョミーの弱みに付け込んだと思われているのだろうな。
そんな風に考えながら、救護室へ歩いた。夜になっているためか、廊下はほとんど人の往来がない。
他人にどう思われても構わない。確かに、僕はジョミーを罪悪感という名の鎖で縛ったことは事実なのだから。けれど…。
「ジョミー…?」
救護室のベッドで眠るジョミーは。頭に巻いた包帯以外何も変わっていないように見えた。顔や手足といった場所に傷があるわけでもないし、寝顔は穏やかだ。
ブルーはベッドの横にある椅子に腰掛けた。
ジョミーの金の髪に指を絡ませれば、癖はあるがさらさらとした感覚がある。
「…困ったものだ。元気がよすぎるにもほどがある。」
つぶやきながら、ジョミーの頬を撫でたそのとき。
ぱちりとジョミーの目が開いた。
「ジョミー?」
ぼんやりしているらしく、ぱちぱちと目を瞬いていたが、やがて傍らにブルーの姿を認めて、ふわりと笑った。
「ああ、ブルー。どうしたんですか? ここは救護室ですよね? 具合でも悪くなったんですか?」
「やれやれ…それは僕のいうことだ。ジョミー、気分は悪くないかい?」
「気分…? いえ、別に…。」
きょとんとしながらも、身体を起こそうとするジョミーを、ブルーはやんわりと押しとどめた。
「君は頭に怪我をしたんだよ? 覚えてないのかい?」
「怪我…?」
「そうだよ。」
ジョミーは首を傾げながら頭に手をやり、ぐるぐる巻きにされた包帯に触れて「本当だ」とつぶやいた
まさかと思うが、これは記憶喪失というものだろうか…?
そんな風に心配になった。とにかくこちらのことは分かるようだしと、慎重にジョミーの様子を見守った。
「そう…みたいですね。すみません、僕何も覚えてなくて…」
「いや、君が無事ならそれでいいんだが…でも、君はどこまで覚えているんだい?」
こうして目覚める前のことは。
ジョミーが何事もなく目を覚まして、自分を認識してくれただけでいい。そうは思いつつも、ブルーは確認せずにはいられない。
君は…僕のことは分かるようだけど…本当に覚えているのかい? 君は僕の…。
「えっと…。」
ジョミーはその問いかけに真剣に悩んだあと、ああ、と手をぽんと叩いた。
「そういえば、サイオンの訓練をしていて…でもそのときに空間が歪んだような気がしたんです」
空間が歪むとは、また珍妙な表現だ。だが、頭を強く打ったのだから、そんな錯覚を起こしていても不思議ではないのか。
いや、それよりも。
「…では、君は怪我をしたサイオン訓練までは覚えているんだね?」
「ま…まあ、怪我したっていう記憶が飛んでいるほかは…」
「それなら、これは…?」
「え…」
呆然としているジョミーの唇に、ブルーのそれが重なった。
「君が…僕の恋人だってことは…」
きょとんとしてブルーの紅い瞳を見つめていたジョミーだったが、やがてくすっと笑った。
「…そんなことを心配していたんですか?」
その言葉に、ブルーはむっとした。恋人である自分のことを覚えているかどうか、ジョミーの無事が分かった後は、それが一番気になったというのに、そんなこと呼ばわりされて頭に血が上りそうになった。
「僕があなたのことを忘れるわけないじゃありませんか。何を忘れても、この美しい紅い瞳のことは絶対に忘れません」
だが。
ブルーが何か言うより先に、ジョミーはにっこりと微笑みながら起き上がり、自信満々に胸を張った。その様子に…ブルーは呆気にとられたように唖然としてジョミーを見つめ、次には戸惑ったように視線を逸らした。
「き…君が忘れないのは、目だけだろう。」
「そんなことありませんよ。揚げ足を取らないでください。」
…調子が狂う…。
ブルーはそっぽを向きながらもジョミーを伺った。そのジョミーはと言うと、上機嫌そうにこちらを見つめているだけだ。
頭を打ってハイになっているのか、妙に口が上手いような気がする。いつものジョミーはこんな気の利いた台詞を口にするだろうか…?
そんな風に思っているうちにジョミーの手が伸びて、強制的にこちらを向かされた。
「僕を煽ってくれた責任、取ってくれますよね?」
え…?
今度はこちらがぽかんとする番だった。しかし、ジョミーはぐいっとブルーの肩を抱くと、強引に口付けた。
いつもなら考えられない事態に、ミュウの現ソルジャーであり、齢300歳であるはずのブルーは、一瞬固まってしまったのだが…。
「君は怪我人だろう!」
思いっきり腕を突っ張ってジョミーとの距離を置く。そうでないと、雰囲気に流されそうになってしまったからだ。
「僕は、そういう目的で来たわけじゃない…! 君はドクターから安静を命じられている、しっかり休みたまえ!」
「ブルー…?」
思わぬ抵抗にあったかのように、驚きの表情を浮かべているジョミーの腕が緩んだ隙に、ブルーは慌てて身を翻し…。そのまま廊下に出た
…頭を打って混乱しているのだろう。明日になれば、きっと落ち着く。
だが、ジョミーの態度は混乱とは程遠いと、ブルーには分かってはいたのだった。
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次、ウラに入れればいいなあ♪ お分かりかもしれませんが、ブルジョミの世界に、ジョミブルのジョミーがトリップしちゃった、というわけでvv |
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