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    翌日。朝早くに、ジョミーはブルーのもとへやってきた。
 「昨日はすみませんでした」
 そう言って、頭を下げる。
 「せっかく心配してきてもらったのに」
 「いや…」
 気にしないでくれ、とブルーは何事もなかったように微笑んだ。
 だが、実際のところ、昨日ジョミーの病室から逃げるように青の間に戻ってからというもの、わけのわからない焦燥感でろくに眠ることもできなかった。
 あれは本当にジョミーなのだろうか。
 僕の知らない、ほかの誰かになってしまったのだろうか。
 「じゃあ、僕はこれからヒルマン教授のところへ行ってきますね」
 その言葉にははっとした。
 「…今日は彼の講義の日なのか。でも、大丈夫なのか? 昨日の今日で授業に出て」
 「はい、丈夫だけが取り柄です」
 しかし、にこっと笑うジョミーは何の変わりもないように見えた。その様子にほっとして、気分が悪くなったらすぐに休むようにとだけ言ってジョミーを送り出した。ジョミーも、「行ってきます」と微笑んで青の間を出て行く。
 その後、気になってハーレイやヒルマンにジョミーの様子を尋ねたのだが、普段とまったく変わりはないようだ。そう、変わりないように思える。の、だが…。
 …夜が憂鬱だ。
 ブルーは青の間でひとり、昨日の出来事を思い返してみた。
 また、自分の知らないジョミーが現れるんじゃないだろうか。そのとき自分は、一体どうすればいいんだろうか…。
 何かが引っ掛かっている。あれは僕のジョミーではないと。
 ブルーは悶々としながら、ベッドに横になった。
 …今日は寝たふりでもしてやり過ごそうか。
  そんなことを考えている間に、夜になった。いつもジョミーはすべてのカリキュラムが終わると、青の間に顔を出す。いつもは楽しみにしている時間だ。
 今日はどんな講義を受けて、どんな訓練をしたのか。ジョミーの失敗談を交えながら、二人で笑いあい、睦みあう。そんな至福の時間だというのに…。
 『ブルー』
 そう考えていると、突然ジョミーのテレパシーが頭の中に響いて、ブルーは慌てた。もちろん、遮蔽は完璧で気取られるようなことはなかっただろうが…。
 …驚いた…。
 あまりのタイミングの良さに、どきっとしてしまった。
 『ブルー? 眠っているんですか?』
 今度は幾分控えめなジョミーの思念波に、ブルーははっとして気持ちを入れ替えた。いつもどおりに振舞わなければ。
 『ジョミー? もう、講義は終わったのかい?』
 …我ながら馬鹿なことを聞くものだ、と思った。こんな遅くまでやっている講義などないのに。いや、そんなことよりも。
 ブルーの口元に苦笑いが浮かぶ。
 …寝たふりでもしていようと思ったのに、なぜか返事をしてしまった。どんなにジョミーが変わってしまったと思っても、彼は僕の太陽なのだ、と自覚せざるを得なかった。
 ブルーが目覚めていることに安心したのか、ジョミーは少し笑ったようだった。
 『ブルー、今日は僕、このまま部屋に戻りますね』
 え…?
 その言葉には、首をかしげた。てっきりここに来るとばかり思っていたのに。
 『やっぱり昨日頭を打ったせいか、少し頭痛がするんです』
 『大丈夫なのか?』
 そう言われるのには、急に心配になる。何せ、打った場所が頭なのだ。あとでどんな影響が出てくるか分からない。
 『はい、ほんの少し頭が重い気がして…。たいしたことはないと思うんですが、早めに休もうと思っているんです』
 『ドクターには診せたのかい…?』
 『いいえ。でも、眠れば治りますから』
 ジョミーらしい言い草だ。けれど、その言葉に素直に納得できない人がここにひとり。
 『だが…君にもしものことがあったら…』
 『大丈夫です、丈夫だけが取り柄だと言ったじゃないですか。じゃ、おやすみなさい』
 そう伝えてくると、ジョミーは半ば強引にテレパシーでの会話を終えた。
 「ジョミ…っ」
 叫びかけたが、ジョミーはここにはいない。もう会話するつもりもないらしく、ジョミーからコンタクトを取ってくる様子は見えない。ブルーは思念波で呼びかけようとして。
 …躊躇した。
 普段どおりなら、無理やりにでもノルディを呼ぶところなのだが、やはりジョミーのいつもでない態度に、戸惑った。
 こんなとき、ジョミーは決して自分から会話を打ち切ったりしない。それに…体調の如何にかかわらず、彼はここに来ない日はなかった。
 …昨日、強く言いすぎたんだろうか…。
 300年間生きているくせに、ジョミーの態度ひとつで一喜一憂してしまう自分が情けなくなるときがあるが、どうしようもない。
 …困った。こうなると、気になって仕方がない。
 ブルーはそっと寝台を降りて、廊下へ続く通路を歩いた。
 ハーレイに見られたら、また夜這いかと言われてしまうだろうな…。
 だが、事実そのとおりなのだから、いい訳はできない。でも、こんな気持ちを抱えて今晩も眠れないなんて、冗談じゃない。
 「…ジョミー?」
 幸い、誰にも会うことなく、ジョミーの部屋までたどり着いたブルーは、ドアをノックして呼びかけてみた。だが、部屋の中からは返事はない。
 …帰るか…? しかし、せっかくここまできたのに…。
 ブルーは少しの間悩んでいたが、顔を上げるとサイオンを使い、ロックを解除してドアを開けた。サイオンを使ってプライバシーを侵害する行為は、シャングリラ内では許されていない。けれど、これは非常事態なのだから、と強引な理屈をつけてブルーは室内に足を踏み入れた。部屋の中は足元燈がついているだけで薄暗かったが、ベッドから規則的な寝息が聞こえてくるのに、ほっとする。
 …本当に眠っていたのか。
 そっとベッドに近づく。こうしていると、ジョミーはまったく変わっていない。柔らかな金の髪も、健康的な肌も。
 ブルーはジョミーのベッドのそばに腰を下ろした。
 「…こうしていると、いつもと逆だね」
 君は僕のベッドの隣に座って、目覚めるのを待っていてくれる。僕が目を覚ますと、それは嬉しそうに微笑んで『おはよう、ブルー』と声をかける。
 …そんな日常が愛おしかったのに。それがこんなに遠く感じるなんて…。
 「ジョミー…」
 そっとジョミーの頬に手を滑らせる。
 …このぬくもりも、何も変わっていないというのに…。
 そのとき。
 ぱちりとジョミーが目を開けた。突然のことにブルーはぴたっと固まってしまう。
 「…あれ、ブルー? どうしたんですか?」
 ジョミーは、単純にこの場にブルーがいることに疑問を感じた風体でぱちくりと目を見開いた。だが、それに反応できない。ジョミーが身体を起こす様子を見つめていることしかできなかった。
 「…もしかして、心配してくれたんですか?」
 はにかむように笑うジョミーに、ブルーははっと我にかえり、ばつが悪そうに「ああ」とうなずいたのだった。
   
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        | 次、ウラです、ウラ!(でもアップまでもう少しお待ちを…!) 予定を変えて少しばかり焦らしてみました♪ ちなみに、この世界ではジョミブルになりますので、嫌いな人はお気をつけて! |   |