「スウェナ、この後の予定は?」
シンは、ふっと自分の隣でグラスを傾けるスウェナを見やった。彼女はフリーのジャーナリストで、才色兼備の名のとおり、美しく活動的な女性である。
「何もないわ。そうね、久しぶりにあなたのマンションにでも行きたいわ。」
彼女とは、仕事を通して知り合った恋人同士だ。彼女がシンの担当したプロジェクトの取材したのが付き合いのきっかけだった。
「散らかっているよ?」
「片付けてあげるわよ。」
「君がそんな家庭的な人だったなんて知らなかったな。」
「失礼ね! 私、料理だってうまいのよ?」
付き合ってから3ヶ月になるが、彼女といるとやたらと目を引く。彼女自身がテレビに出る機会が多いせいで注目を集めてしまうからだが、そんな女をアクセサリー代わりに連れて歩くというのは気持ちがいい。
ジョミー・マーキス・シン、スウェナ・ダールトンともに29歳。お互い適齢期にもかかわらず、結婚という文字は全く思い浮かばない付き合いだった。
タクシーで自分のマンションの前に乗り付ける。時間は夜の11時。この時間では彼女は泊まっていくつもりなのだろう。先に『散らかっている』などといったが、そんなことはない。週に二度家政婦に炊事洗濯を頼んでいるし、そもそも自宅とはいえ寝に帰るだけの空間だ。散らかるような要素もない。
オートロックの鍵を取り出して。ふとロビーに小さな子どもがいることに気がついた。
何歳なのか、自分に子どもがいないせいでよく分からないが、こんな時間にこんな場所に一人でいるという事実に驚いていると、スウェナが「あら」と声を上げた。
「どうしたの? パパやママは?」
ジャーナリストの血が騒ぐとでも言うのだろうか。彼女はこういう場面には必ずといっていいほど首を突っ込みたがる。しかし、このときシンには嫌な予感がしていたのだ。
顔を上げた子どもは、紅い瞳が印象的な、銀の髪の色の白いかわいい女の子だった。それがこんな場所に一人でいるなど、なおさら不審に思える。
子どもは黙って背中に背負ったリュックからカードを取り出しスウェナに見せた。すると、スウェナは首を傾げてから、こちらを伺ってきた。
「…ジョミー、あなたの名前が書かれているわよ?」
え? と思った。慌ててそのカードを見ると、汚い字だが確かに自分の住所と名前が書き込まれている。
もう一度、その子どもを見るが、全く見覚えがない。子どもは子どもで、シンをじっと見つめている。
「…ねえ、名前はなんていうの?」
凍り付いているこちらを構うことなく、スウェナは微笑みながら子どもを伺った。
「…ブルー。ブルー・オリジン。」
それだけ言ってまた黙りこくってしまう。その間も子どもの目はスウェナではなく、シンを見つめている。
「まさかと思うけど…あなたがパパってこと、ないわよね…?」
突然、こちらを見るスウェナの視線が冷たくなった。
「そ…っ、そんなはずないだろう!」
もしかしたら、このシチュエーションでは言われるのではないかと思っていたが、案の定余計な誤解を生んでしまったことに焦りながら首を振る。すると、スウェナはさらに疑いの眼差しを強くした。
「本当に…? こんな夜遅くにこんな小さな子が一人でふらふら歩き回るわけないじゃないの。」
「僕だって分からないんだ…! こんな子に覚えはないし、名前だって知らない…! 何がどうなっているのか、僕が教えてほしいくらいだ!」
シンの様子に、スウェナははあとため息をついたが、ため息をつきたいのはこちらだった。
迷子として警察にでも連れて行こうか…。けれど、この子は僕の住所と名前を記したカードを持っている。…もし…ありえないことだと思うが…。オリジンなどという女性は知らないし…過去に失敗などしたことはないはずなのだが、もしかしてもしかして…この子どもが…万が一…。
このあとどうすればいいのか。ビジネスでは切れ者と評価の高い自分でも、こんな事態にはただ戸惑うより他がない。冷たい汗が首筋を伝う。
「しばらく預かってもらえって。」
そのとき。子どもがぽつりとつぶやいた。
「しばらく預かって…て、どういうことなの?」
「パパとママ、死んじゃったからおじさんのおうちにいたんだけど、お金がないからいちゃいけないって。」
少々舌足らずでところどころ噛みながらであったが、それでもこんな小さな子どもが口にしたことにしては、きちんとした説明になっている。
つまり、この子どもの両親が死んでしまったので、親戚にでも引き取られていたのだろうが、経済的な理由なのかはたまた別の理由があるのか、育てられなくなったのでシンに押し付けてきたというわけなのだ。
ただ問題なのは…。
「で、おじさんはどこなのかしら?」
賢い子ねえと感心しながら、スウェナはまわりを見渡した。
「そ、そうだ、そいつは一体どこにいるんだ!?」
この子が両親を亡くしてかわいそうな身の上だということは分かったが…まあ、子どものいうことを信用すれば、だが。それをこんなところに、何の説明もなく置き去りにすることはないだろう! おかげで、恋人からあらぬ誤解を受けそうになったのだ!
だが、子どもは次にリュックから封書を取り出してきた。
「ジョミー・マーキス・シンに渡してくださいって。」
シンは慌てて手紙をひったくると、急いで中を開いた。
そこには、先ほどと同じ汚い字が並んでいた。
それによれば、そのおじさんというのがシンの母方の祖母の弟の息子であること、ブルーがその従兄弟の子どもであり、両親は事故によって亡くなっていることが書かれており、やむにやまれぬ経済的な理由で子どもを引き取ることができないので頼むとあっさりと書かれていた。
「ねえ、どうやってここまで来たの?」
その手紙に言い知れぬ怒りを覚えている間、スウェナは子どもに話しかけていた。さすがはジャーナリストである。
「おじさんが僕をタクシーに乗せてくれて…。」
「一人で来たの!?」
普通、こんな小さな子どもをたった一人タクシーに乗せるなんてありえまい。しかし、こんな小さな子どもがここまで突拍子のないウソなどつけるはずがない。また、ウソにしては整然としすぎている。
こくりとうなずく子どもに同情の目を向けたスウェナだったが、けたたましく携帯電話が鳴るのに表情が引き締まった。
「ちょっと待ってね。もしもし…?」
とにかく…。この、親戚かどうかも良くわからない男に連絡をとって、さっさとこの子どもを引き取ってもらおう。祖母の弟の息子なんて、もう他人も同様! この子どもに至っては、祖母の弟の息子のさらに従兄弟の子どもなのだ。血のつながりなど何もないだろうに!
「…分かったわ。すぐに行くから。」
電話で二言三言話したスウェナは、ジャーナリストの顔でこちらを振り返った。
「ジョミー、悪いけど仕事が入ったわ。私これで帰るわね。」
「えっ!」
こんなところで、こんな子どもと二人っきりになるのか!?
情けないときに、このとき僕はスウェナにすがってでも引き止めたい気持ちでいっぱいだった。
「ずっと追っていた奴が動き出したのよ。これで特ダネをものにできるわ!」
「スウェナ!」
だが、スウェナは無情にもさっさときびすを返すと、マンションのロビーから靴音も高く出て行ってしまう。
…じゃあ…僕はどうすれば…。
エネルギッシュなスウェナの後姿を見送って、たっぷり5分間は途方にくれていたが、やがて視線を泳がせると、こちらを見上げている子どもの紅い瞳とぶつかった。
まっすぐに、見透かしてくるようなその目。まるで自分の動揺を見抜いているかのように感じて、意味もなく焦る。その綺麗な澄んだ瞳に見つめられると…自分の弱さやもろさが暴かれそうな…そんな気がしていた。
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あぱさまのキリ番リクエスト〜、シン様と幼児ブルーです♪
何気にシン様ヘタレ気味ですが、お気になさらないでくださいvv(普通気になるだろう!) |
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