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   「どういうつもりなんだ…!」「どういうつもり、とは?」
 病室の中。
 談話室の前でキスをされ、それを同僚、いや今絶賛片思い中(とシンは思っている)のブルーに見られた羞恥のため、シンはものすごい迫力で怒鳴った。が、怒鳴られたキースは平然とシンを見返した。
 すでにブルーの姿はない。シンがキースの口付けで頭が真っ白になっている間に、さっさとフロアを出て行ってしまったらしい。どこにもブルーの細身は見えない。
 それでもシンはキースの抱擁から逃れ、慌てて階段を駆け下って病院の玄関まで行ったのだが、エレベーターとの行き違いなのか、はたまたブルーは別のフロアに用があったのか、シンは自分の思い人を見つけることはできなかった。
 失意のもと病室に戻ってきたシンだったのだが、そこにはキースが何事もなかったかのように缶コーヒーをすすっている姿を目撃し、逆上してしまったというわけだったのだ。
 「お前が言ったんだろうが! ブルーは僕たちの間を勘違いしてるって…! どうしてその勘違いを助長するような真似を…!」
 「現実逃避ばかりしてないで、自分の高所恐怖症と相対したらどうだ。」
 反論しようとしていたシンは、キースの言葉にぐっと詰まった。
 「高所恐怖症を治したところで、お前の性根が治るわけじゃない。カッコばかりつけたがって自分と正面から向きあう度胸もないくせに、こんなところで偉そうに御託並べているだけでは、奴の心をつかむどころか、誤解すら解くことはできないな」
 その言葉には、さすがにぐうの音も出なかった。
 …キースのいうことは、正しい。たとえあの怪しい女に高所恐怖症を治してもらったとしても、こんな逃げ腰ではとてもブルーの心を手に入れられやしない。
 シンは言葉をなくして、がっくりと肩を落とした。
 今までと同じで、逃げ続けていてブルーは捕まえられるのか?いや。ことは高所恐怖症だけではない。
 シンはゆっくりと息を吐いた。だが、ふと何かを思いついてキースを見上げた。
 「…それにしても、キスまですることなかったんじゃないのか」
 「ふん、障害はあればあるほど燃え上がるというではないか」
 「…単に面白がっているだけだろうが」
 「バレたか」
 キースはふふんと笑ってシンを見た。
 「このくらいは楽しませろ。お前たちのせいでどれだけ俺がストレスを溜め込んだと思っているんだ」
 お前がストレスなどというな。
 ついそんなことを考えたが、これはある意味チャンスかもしれないとシンは考え方を変えた。簡単に誤解が解けるとは思わないが、堂々とブルーと話せるいいきっかけだと思えばよい、と。
 どの辺が堂々となのか、どの辺がいいきっかけなのか。さっぱり分からないが、こうなればがけっぷちと開き直って気持ちを入れ替えた。
 「…とにかく、退院の許可を取ってくる」
 こんなところで寝ていても、何も解決しない。
 キースはそうか、とつぶやくと、目を瞬かせた。
 「なんなら、俺がつき添ってやろうか」
 しかし。その言葉には、こいつ脳天かち割ってやろうかと殺意さえ芽生えた。
 「いらない…!」
 シンは苛立ちそのままにドアを開き、バンっと閉めた。キースはその様子を眺めながら、楽しそうに笑った。
 「もういいのか?」キースとシンは、3日ぶりに空港の中で再会した。が、シンはキースの顔をちらりと見ただけで黙って返事をしなかった。
 「…やれやれ。進展なしか」
 そんなキースの呆れたようなつぶやき声に、シンはばっと振り返った。
 「何度もブルーのマンションに行ったんだ! でも…!」
 「ああ、知ってる。あのマンションには1階から最上階までの大きな吹き抜けがあるからな」
 高所恐怖症のお前にとっては、難しいだろうな。
 意地や根性でどうにかなるくらいなら、とっくの昔に治しているだろう。それでも。
 …ちょっとは自分と向き合う覚悟ができたようだな。
 どうやら、あの女の元に行ってはいないらしい。そのことにキースはにっと笑うと、がしっとシンの肩を抱いた。
 「な…っ?」
 驚いたのはシンのほうだ。急に何をするとばかりにキースを見返したのだが、上背のあるキースはにやりとしてシンに笑いかけた。
 「引っ掻き回したついでだ、ちょっとは協力してやる」
 「え…?」
 それは何のことなのか不思議そうにしているシンだったが、キースはふふんと笑った。そして、視線をシンの向こうにやった。
 「では行こうか、ジョミー。長いフライトになるから、無理はしないようにな」
 「はぁ…?」
 「荷物は俺が持とう」
 「き…キース…?」
 相棒からそんな優しい言葉などかけてもらったことがない。むしろ気持ちが悪いくらいだ。
 「なに、パートナーのことを気遣うのは当然のことだ」
 「お前…何か悪いものでも食べたんじゃ…」
 そういいかけて、キースの視線の先にようやく気がつく。
 ブルー…っ!
 呆然としてこちらを見つめていたブルーの姿に、シンは慌てたが、キースの腕の力は緩まない。そうしているうちに、ブルーはふいっと目をそらして別方向へ歩いて行った。その様子を、シンはなす術もなく見守った。
 そんな状態でどのくらい経ったころだろうか。シンははっと我に返る。
 「離せ…っ!」
 そして、懇親の力でキースの手を払うと、今度は難なくキースの腕は外れた。
 「何の真似だ…!」
 「何のことだ? 俺はお前の力になりたいと思っているだけだぞ?」
 「これのどこが…!」
 「なに、お前に発破をかけてばかりじゃ効率が悪いから、奴もたきつけておこうと思ってな」
 「…??」
 目を白黒させるシンを、キースは面白そうに眺めながら、二人は飛行機のコクピットに乗り込むべく歩き出した。
 「…ところでキース」
 「なんだ?」
 飛行機に乗り込もむときになって、シンはキースに話しかけた。
 「なぜ、ブルーのマンションの構造を知ってるんだ…?」
 その問いに、キースは少し考えた。
 「同期だからな」
 「…同期だからってなぜ?」
 さらに探るように訊いてくるシンに、キースはため息をついた。
 「…これ以上ややこしいことにしたくなければ、勘繰るな。何でも疑わしく思えてくるぞ、ジョミー」
 
   
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