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    ピンポン、と呼び鈴が鳴る。時間は21時。「…こんな時間にいったい…」
 セールスにしては遅すぎるし、訪ねてくるような友人もいないはずだ。
 そう思いながらインターフォンを取って。ブルー・オリジンはしばらくの間凍りついて身動きが取れなかった。
 『お休みのところすまんな。ちょっと話があるんだが』
 声はよく聞きなれた、同期生のものだった。
 「相変わらずきちんとしているようだな。いや、もの自体があまりないのか」「何の用だ」
 部屋に入った途端、じろじろと内装を眺めるキースを、ブルーはむっとした表情でにらんだ。言われるとおり、必要最低限のものしかない部屋だったが。
 「なに、あのときとあまり変わっていないな、と」
 「君は僕の話を聞いているのか! 何か用かと聞いているんだ!!」
 いつもは穏やかなチーフパーサーを知る同僚たちがこの姿を見れば、さぞかしびっくりするだろう。その様子にキースはふんと鼻で笑った。
 「まあ、そう焦ることもないだろう。明日フライトがあるわけでもあるまいし」
 「フライトの予定はどうでもいい! 用件を言えと言っている!」
 「いつもの冷静沈着さはどこへ行った? もっとも…あのときもそうだったな。生真面目なお前にあんな一面があるとは思いも寄らなかったが」
 その言葉に、ブルーはぐっと詰まった。それに気をよくしたように、キースはにやりと笑う。それを嫌そうに見てからブルーは視線をそらし、ぼそりとつぶやいた。
 「…変な言い方をするな。あのときは、単に酒に酔ってつぶれただけだろう」
 「まあ、そうだったな。お前があんなに酒に弱いとは知らなかったのでな」
 はあ、とブルーはあきらめたようなため息をついてから、今度は正面からキースを見つめた。
 「それで?」
 肝心の、キースがここを訪ねてきた理由の答えをもらっていない。
 「ふと昔を思い出して、同期生が飲めない酒でも飲んで酔いつぶれていないか心配してきたわけでもないんだろう?」
 「それはそうだな」
 言いながら、キースは図々しくもソファに腰掛けて、ふっと笑った。しかし、次の瞬間には表情を引き締めた。
 「ジョミーのことだが」
 その名前に、ブルーは虚をつかれたように固まった。
 「あれについて、変にかぎ回るな」
 だが、それにはむっとしたらしい。形のよい眉を不快そうにひそめた。
 「かぎ回ってなどいない!」
 そう怒鳴ったが、怒鳴られたほうは涼しい顔だ。
 「そうか? こっそりシステムからジョミーの病歴を調べようとしたり、キャビンアテンダントから奴の風評を聞き取ろうとしたり。立派にジョミーのことを探っているような気がするがな」
 「それは…!」
 「まあ、奴のことが気になるのはよく分かる。あの見てくれだし、いい男の部類に入っているからな」
 当たりだろうとばかりににやにや笑うキースに、ブルーはむかっとした表情を浮かべて。けれどそのあとふっと視線をそらした。
 「別に…外見だけが気になるんじゃない」
 「ほう?」
 何かを思い出しているような仕草。
 ブルーは遠くを見るような目で、それでいて夢を見ているような表情で口を開いた。
 「…ジョミーが空を見ているときは、本当に子どものようなんだ。いつものスマートさとはまったく違う。彼がここのパイロットとして正式採用されたとき、少し話をしたことがある。…二人きりになったのは偶然だったが」
 それが偶然なわけないだろう。
 誰かの内心である。
 「正直、僕も彼が軍を辞めてこんな民間航空会社に転職したことには興味があった。それには答えてもらえなかったが、とにかく空を飛んでいたいのだという。そう言って青い空を見上げた顔が…」
 言いかけて。はっとしてキースの存在に気がついたように口をつぐんだ。
 「…なんで君にこんな話をしなきゃいけないんだ…!」
 そして、ほのかに頬を染める。そのさまに、キースは自分がひどく馬鹿馬鹿しいことをしに来ている気分になった。
 「…それは俺も同感だ。なぜ俺がそんなのろけを聞いてなきゃならないんだ」
 「のろけなんかんじゃ…!」
 「とにかくだ、あいつから空を取ったら何も残らない!」
 ぴしゃりと言うと、その語気の強さにただならぬ様子を感じ取ったのか、ブルーも反論を止めた。
 「それは分かっているようだから話は早い。もう一度言う、ジョミーに構うのはやめろ」
 「…! なぜ君にそんなことを…じゃない、別に構ってなどいない」
 「あいつのことをこそこそ調べようとしていること自体、問題だ。はっきり言っておく、興味本位で奴に近づくのはやめろ。お前が心配しているとおり、奴には持病がある」
 「…やっぱり…! それはいったいどんな病気…」
 「それは教えることはできない」
 「キース…!」
 「あいつと約束しているし、公になるとパイロットとしての生命を絶たれることになるやもしれんしな。…あれが空が好きだということを分かっているなら、これ以上変に騒ぎ立てないことだ」
 「パイロット生命って…」
 少し大げさだったか。
 ブルーの言葉を失う様子を見て少しばかり後悔したが…そのままうなずいた。
 実際、高所恐怖症とはいえ、シンは飛行機に乗って空を飛ぶ分にはまったく恐怖感はないので、間違いなく誇張した表現だ。…というよりも、完全にウソである。
 「むろん、空を飛ぶことが好きなあいつのこと、決して乗客や乗員を危険にさらすことはない。それが分かっているからこそ、俺は何も言わん」
 その言葉に、ブルーはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
 「キース」
 紅い目に、切羽詰ったような色が浮かんでいる。
 「僕の誇りにかけて、そしてジョミーのパイロットとしての名誉にかけて、絶対他言はしない。ジョミーの病気が何なのか、教えてもらえないだろうか…?」
 「それはできないと言った」
 にべもなく、そう突き放す。
 「ジョミーは俺を信用して打ち明けているんだ。その信頼を裏切るわけにはいかん。ただ、お前の動きがジョミーの妨げになる可能性があったから、釘を刺しに来ただけだ」
 その信用に足りないお前に言えると思うのか。
 言外にそんな言葉が聞こえてくるようだった。
 ブルーは反論もできないまま、黙った。しかし、キースはというと用件は済んだとばかりに涼しい顔で立ち上がる。
 「邪魔したな」
 その様子を無言でにらんでいる紅い瞳に気がつかないわけではないだろうが、キースは振り返ることなどしなかった。
 「何事もなければいいな」「…ああ。そう…だな」
 翌日は、キース、シンともに空港待機だった。の、だが…。
 「…ジョミー…」
 キースは額を押さえて、心ここにあらずといった相棒を呆れたように見やった。
 「この間からのお前は一体なんなんだ、前向きに行動するんじゃなかったのか。大体だな、順調に行けば今日はここでずっとお前と二人きりなんだ。そのお前がそんなに落ち込んでいたら、俺まで暗くなるだろうが」
 空港の一室。自宅待機の場合は、連絡のつく場所にさえいればいいが、空港待機となると、空港の指定した場所、待機するべき部屋に限られる。
 「…すまない」
 必然的に、キースとシンは狭い部屋に押し込められることになるのだ。
 キースの苦りきった顔に、シンはぼそりとつぶやくように謝罪した。けれど、表情はまったく明るくならない。それどころか、どんどんドツボにはまっていっているように見える。
 「…まったく…。『それは僕の勝手だ』とくらい反論したら…」
 ため息交じりにキースが言いかけたところへ、ドアがノックされる音が響いた。二人とも、意外に早くに声がかかったなと思って腰を浮かしかけたのだが。
 「失礼、ここだと聞いたものだから」
 え…っ?
 ノックに続いて聞こえた声に、シンはピキンと固まった。キースも目を見開いてゆっくりと開くドアを見つめた。
 「…お前、自宅待機じゃなかったのか?」
 その言葉に一瞬不快そうな表情を浮かべた美貌のチーフパーサーだったが、すぐに表情を緩めると、キースから目を離し、シンに微笑みかけた。
 「連絡のつくように携帯電話は持ち歩いている。それよりジョミー」
 「は…っ?」
 唐突に名前を呼ばれ、シンは目を白黒させた。
 「今日フライトがなければ、今晩は僕に付き合ってもらえないか」
 「え…ぼ、僕…が?」
 シンから誘いをかけることはあっても、ブルーのほうから声をかけてきたことはほとんどない。そのため、焦ってしまってシンはろくに応対ができない様子だ。
 「今日は都合が悪いということなら、僕はいつでも構わない。君の予定に合わせる」
 な…何で急に?
 だが、シンは喜ぶどころではないらしい。傍目に焦っているシンを横目で見てから、キースは再びブルーを見上げて。
 …どっちもどっちだな。極端から極端へと…。
 ひそかにため息をついた。
 
   
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        | お久しぶりのSkyBlueですが〜…。久しぶりすぎてだんだんワケの分からないものになっているような…。(汗)二人とも薬利きすぎ…。 |   |