パレードを見るなら、もっと眺めのいい場所で見よう。
そう言って、シンに誘導されるままレストランに連れてこられた。そしてそのまま『関係者以外立ち入り禁止』というサインボードが立てられている階段へと引っ張られて焦った。
「シン、ここって…。」
立ち入り禁止じゃ…? と続けると、シンはにっこりと笑った。
「いいんだよ、僕たちは関係者だから。」
その言葉に目を白黒させていると、このレストランの従業員が歩み寄ってきた。
「お待ちいたしておりました。」
お席までご案内します、と礼儀正しく頭を下げられるのにただただ呆然となった。
「僕の実家はここの出資者だからね。」
そういいながらシンは案内人の後に続き、ブルーの肩を抱いて階段を昇り始めた。
「肉類が嫌いだと聞いているから、その手の料理は出すなと言ってある。」
だから、そんなに細いんだろうけどね。シンはそういいながら笑っている。
「…どうして…。」
「食べ物の嗜好を知っているのか、かい? 好きな子の好みを知っておくのは、デート前のエチケットだよ。」
通された場所は、パークがよく見えるレストランの個室だった。
例え出資者であっても、こんなに混雑しているときにこんな眺めのよい場所を予約することなど可能なのだろうか…?
そんな疑問が頭をよぎったが、おそらく出資率だの出資金額だのの関係だろう。それなら、そんなことをわざわざ訊くのも野暮ったい気がした。
「…なんで僕なんか誘うんですか…?」
そんなお金持ちの暇つぶしに付き合わされるこっちはたまったものじゃない。そう思っていったのだが、声のトーンがいつもより落ちているのは隠しようがなかった。
「元気がないね。身体の具合でも悪いのかい?」
…わざとらしい…!! つい先ほどうっかり泣き顔を見せてしまったほど動揺していたというのに、なんて意地の悪い…!
カチンときて、シンの整った顔をにらみつけたのだが、シンにしてみればむしろそれが狙いだったらしい。
「そうそう、しおれている姿は似合わないよ? 僕は君の気の強い凛とした表情が好きなんだから。」
そんな脱力するようなことをいわれて二の句がつなげずに呆然としていると、ウェイトレスが飲み物を運んできた。シンの前には炭酸飲料らしきもの、ブルーの前にはオレンジジュースと思しきものが丁寧に置かれた。
「じゃあ乾杯しようか。」
「シン、それって…?」
乾杯って何に? と突っ込みたい気分だったのだが、シンの手にしたグラスから香るにおいに、もしかしてと思ってついそっちに突っ込みを入れてしまった。
「スパークリングワインだよ。」
「やっぱり…!」
澄ました顔でいけしゃあしゃあと答えるシンに、この人はどこまで優等生の仮面をかぶった不良なのかと思った。
「未成年なのに、そんなものを飲んでいいんですか…! 仮にもあなたは生徒会長で、生徒の模範となるべき人でしょう!」
「随分カタいことを言うんだね。僕の国では、18歳は成人なんだけど?」
「でも、ここはあなたの国じゃありません!」
今回は別に嫌われようと思ったわけじゃなかったけれど、いつもの癖で何となくシンに食って掛かってしまった。それに対して気分を害するかと思っていたシンは、ブルーの剣幕に可笑しくてたまらないとばかりに笑った。
「分かったよ、君の言うとおりだ。」
その反応に、つい気抜けして目が丸くなった。一方のシンはと言うと、手を上げてウェイトレスを呼び、飲み物を交換するように頼んでいる。
…この人って…、本当に反応が読めない、と。そう思ったのだが。
「僕の恋人が厳しくてね。未成年にアルコールは厳禁だと叱られてしまったんだよ。」
「だ…っ、誰が恋人だ…!」
そんな爆弾発言をうっかり聞き流しそうになって、慌てて叫んだ。
「おまけに照れ屋さんでね。」
「違う!!」
呆気にとられていたウェイトレスは、それでも営業用スマイルを浮かべ、承知しましたといって下がっていった。
「…シン、そういう冗談は本当にやめてください。」
振り回される身としては勘弁して欲しい…と脱力しながらつぶやいたのだが。
「ジョミーだよ。」
「え…?」
口調はそのままに、しかし真剣な表情で告げられるのに驚いてシンを見つめた。
「僕のファーストネームだ。君にはそう呼ばれたい。」
「で、でも…。」
誰もそんな呼び方をしていないのに…?
「それに、君が僕の恋人というのは、冗談じゃない。」
「それはウソじゃないですか…!」
いつ誰がどこであなたの恋人になったという…?
「忘れたのか? 僕が君を捕まえたら、君に正式に申し込みたいといっていたことを。」
そういわれれば待ち合わせ場所で渡された手紙にそんなことが書いてあった…と思い出した。
…すっかり忘れていた。けど…。
「それはあなたの勝手な言い分であって、僕は承諾していない。」
「おや。あれだけ感動的な再会を果たしたというのに、つれないことだ。」
「僕は感動なんか…!」
「ブルー。」
シンのその声の真剣な響きにどきっとして、言い募ろうとしていた言葉が止まる。
「では、正式に申し込もう。僕とつきあってくれ。僕の中で君ほど気になる存在はいない。過去にも未来にも。」
そういわれるのに、冷めた自分自身を感じて憮然とした。
…百歩譲って過去は信じてもいい。しかし、これから先にある未来を、どうしてそう簡単に言い切ってしまえるのか。
シンはやや不良がかってはいるが、見目麗しく成績は優秀でスポーツは万能。教師からも一目置かれ、同級生や下級生から嫉妬されるほどの存在だ。さらに、実家はこのような大規模なテーマパークに出資できるほどの資産家なのだ。
「…金持ちの道楽なら、ほかを当たってください。」
もっと語気を強めていうはずだったのに…。泣きそうな声になってしまったことに、自分自身慌てた。
「それに…あなたは名家の御曹司でしょう? 僕なんかに構わないで、上流社会の女の人と…。」
「君の前には、どんなレディも色あせて見えるよ。それに、僕はそんなお行儀のいいお嬢さんは苦手だ。」
いや、苦手というよりも性に合わないんだな、とシンは笑いながら続ける。
「それに、君は僕のことを名家の御曹司といったが、実際は成り上がりものの若造といったほうが正しいだろうな。だから、僕は君のいう上流階級とは縁がない。」
「で…でも…。学校にはあんなにあなたのファンがいて…。」
しかし。シンの緑の瞳に見つめられて、再び沈黙せざるを得なかった。
「僕は、君に申し込んでいるんだよ…?」
学園の誰でもなく、君に。
そう囁いたとき、ウェイトレスが料理を運んできた。シンの飲み物も、ホットコーヒーに変えられているようだ。
「とにかく、食べようか。ここの料理はおいしいんだよ。」
シンはそういって微笑みながらフォークを取る。
…そういえば…おなかが空いたかもしれない。よく考えれば、朝から何も食べていなかったから…。
そう思いながら、目の前の料理を眺めてから、向かいに座るシンを盗み見る。今は色気よりも食い気といったシンに、笑いがこぼれた。
それに、さっきのシンの真剣な表情…。僕は、今度こそ信じていいんだろうか…?
「小食だね。好き嫌いがあるだけでなく、もともと食べる量が少ないんだな、君は。」
呆れたようにいわれるのに、顔が熱くなる。たくさん食べることができないということは、コンプレックスのひとつだからだ。
「…別に僕が食べようが食べまいが、あなたには関係ない。」
「相変わらず素っ気ないね。恋人の言うことは聞くものだよ…?」
「だから! 誰があなたの恋人なんですか。」
「君に決まっている。それとも嫌なのか?」
まるで、自分の申込みを受けないものなどいないという自信に満ちた態度に、ブルーはむっとした。
「あなたは浮気しそうだから。」
自分の取った態度が、それこそ恋人に拗ねて見せているようだということにまったく思い至らなかったらしい。ブルーはふんとそっぽを向いた。その視界に、パレードの終了したパーク内の景色が入ってくる。
「あいにくだけど、浮気しないことには自信があるよ。」
そういったシンの目がすっと冷たいものに変わった。しかし、窓の外に目を向けていたブルーには、その変化に気がつかなかった。
「僕はこの7年ずっと君に焦がれてきたんだ。その間、誰を見ても僕の気持ちは動かなかった。君だけがほしい、君だけを抱きたい、そう思ってずっと君を待っていたんだ。」
その言葉に、視線をシンに戻す。
「しち…ねん…?」
微笑みはそのままに、しかし眼光の鋭いシンの口から具体的な年数が出てきて、焦って視線をさまよわせた。そして7年前何があったかということを思い出して、ブルーは青ざめた。さらに、シンの名に感じた嫌な予感が確信に変わるのに、ブルーは心から何かが抜け落ちるのを感じた。
なぜ…? どうして、よりによってこの人のいる学校に…?
その様子に、シンはふっと笑った。
「そうだね、更正プログラムを課されている君の通う学校の審査は万全のはずだ。」
だけど、とシンは続ける。
「審査員は人間だ。金に心が動くこともあるだろう。」
その言葉に、絶望感が交錯するのを感じた。
…ということは、金銭を渡してわざわざ僕を自分の通う学校に来るように仕向けた、ということだ。
ほら、やっぱり…。この人の目的は別にあったじゃないか。
ショックを受けている自分をあざ笑う、別の自分がそういっていた。
8へ
急転直下です〜。なんだかダークっぽい感じになっておりますが、ハッピーエンドめざします♪ |
|