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 「…好きに、してください。」機械的に口が動いた。
 「あなたには権利がある。僕に復讐する権利が。」
 それなら…私刑を受けて、死ぬまで痛めつけられても文句はない。そう思って目を閉じて心持ち上を向いた。
 …いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。
 目を閉じて、前にいるはずのシンに思いを馳せる。
 …でもそれなら、こんな風に構って欲しくなどなかった。…些細なときにシンの嫌味になるほどさわやかな笑顔や、甘い声が思い出されそうだから。
 シン、という名前が中国で多く用いられる姓だから、偶然に違いない。そんな風に考えていた愚かしい自分が情けなかった。多分…この人は彼の縁者なのだろう。年からすると、孫くらいの。
 「そんな犠牲的精神でどうぞといわれても困るな。」
 うっすらと目を開けると、シンはこちらを眺めて先ほどと変わりなく微笑んでいる。
 「それに、君は思い違いをしている。僕は君に復讐したいなどと思っていない。」
 では、何だというのだろう?
 「君は頭のいい子だと思っていたけれどね。僕は何度も言っている、僕の恋人になってくれ。」
 「…好きに、してくださいと言いました。」
 自分の声が、わずかに震えているのを感じた。
 …もうこんなにあなたに囚われてしまっている。身体よりも心により大きなダメージを僕に与えたいとこの人が思っていたのなら、それは成功だと、そう思った。
 「セックスの相手だろうが何だろうが…いくらでも。」
 「そうだな、セックスはしたい。父が夢中になったという7歳の少年の持つ色香がどんなものだったのか、知りたくないといえば嘘になる。」
 楽しげにさえ聞こえるその言葉に呆然と目を瞠った。
 …彼はこの人の父親だったのか。
 人買いから買われて、強引に豪華な部屋につれてこられ、交わす言葉もほとんどなく無力な自分を組み敷いた男。…初めてではなかったけれど、あんなに激しく、休む暇さえ与えられずに抱かれたことなどなかったから、本当に死ぬかと思った。
 けれど…死んでしまったのは彼のほうだった。
 「…謝罪の…言葉もありません…。大切な、あなたのお父さんを死なせてしまって…。」
 「君が殺したわけじゃない。」
 いつもと変わらぬ口調。
 「それに、むしろ君のほうが被害者だったはずだ。」
 そして、いつもと変わらぬ表情。
 「…どこまで…知っているんですか?」
 「すべてを。」
 それはまわりをひきつけてやまない、自信に満ちた声音と美しくもまばゆいほどの美貌。こんな場合だというのに、シンが憎んでいるのは他ならぬ僕だろうことは容易に想像がつくというのに、見とれてしまう。
 「いつのころからか幼年趣味にはまった父が、君を人買いから買ってペットにしていたことなら、最初から知っていた。過去に何人かいた少年たちの中でも、君の容貌は群を抜いていたからね。」
 シンはそう言うと、くすっと笑った。
 「一度だけ、君を見に行ったことがある。飽きっぽいあの男が随分長く傍に置いている少年がいると聞かされて、どんな子どもだろうと思ったんだ。」
 見に…来た? いつ来たんだろう…? まったく覚えがない。7年前といえば、シンもまだ幼さの残る少年だっただろうが…一度でも見ていれば、こんな印象的な緑の瞳を忘れるはずがない…。
 「君は、父に抱かれている最中だった。
 君の綺麗な紅の瞳や整った白い顔、扇情的な身体が放つ色香に、僕は一瞬のうちに虜になった。嫉妬、欲情、憎悪。それらの感情がすべてまぜこぜになって僕は混乱した。あのとき飛び出していって、あの男を殴りつけなかったのが不思議でたまらない。そう思えるくらい、自制心を失っていた。僕に幼年趣味はなかったんだけどね。
 あの男に抱かれる君は綺麗で、穢れひとつないように見えた。不安そうな君が恥らいながら足を開いて、凌辱者を見上げる瞳は…。」
 「やめて…!」
 それ以上聞いていられなくて、後先考えずにシンを遮った。今さらどうでもいい。そう思っていた過去だけど、シンの口から聞かされるのは我慢できなかった。恋人になってくれ、と。そう言ってくれた声と同じ響きで己の過去を暴露されるのが…怖かった。
 「お…願いですから…やめてください。セックスの相手なら…。」
 いくらでも務めますから。
 「…ふうん。」
 シンは微笑みを消してブルーをじっと見つめた。
 「じゃあ場所を変えよう。この近くにホテルを取っている。」
 そういわれるのにうなずくしかなく。
 肩を抱かれてレストランを出たが、動揺していたせいで、どこをどう通ったのか分からない。まわりの景色さえ、見えなくなっていた。そんなことよりも。
 …見られていた、この人に。
 その衝撃が強くて、ほかに気を回せない。
 どんなシーンだったのだろう。無理やり、というシチュエーションが好きな男だったから、その場面である可能性が強かった。
 ホテルは、テーマパーク近くだけあって、おとぎの国の延長のような外観だった。
 シンの顔を見たフロントデスクは、何も言わない先からすぐにカードキーを渡してきた。…出資者だと言っていたが、このホテルもシンの実家が出資しているのだろうか…? だが、そんなことを訊いていられるような状況でもなかった。
 部屋はいわゆるスイートという広い部屋だった。
 「僕は先にシャワーを浴びてくる。君は座ってくつろいでいたまえ。」
 それだけ言うと、シンは服を脱いだ。細身だが、筋肉のついた胸板があらわになった。どきん、と胸が高鳴る。
 どう…しよう…。
 バスルームに消えていくシンを見送ると、今度は急に焦ってきた。
 だ…って、いつも受身だったから、何をすれば相手が悦ぶかなんて考えたことなかったし…。だからどうすればシンが悦ぶのか分からない。
 そうぼんやり考えて、自分で驚いた。
 「ま…って。悦ぶって…。」
 今まで考えたことなかったというのに、そんなことを考えてしまうほど、シンのことが好きなのかと。自分で呆れた。
 …でも…シンにはそんな気持ちはないだろう。彼の死で、人買いの事実が明るみに出て、彼の家族や会社は崩壊の一途を辿ったと聞かされた。…それがこんなテーマパークに出資できるほどに成長したというのは驚きだけど。
 だけど、あれから…。僕が彼から解放されたあと、自分の置かれた立場がよくなったかと言われれば決してそんなことはなかった。いや、むしろ余計に不安定になったといってもいい。
 この身が監察局の庇護下に置かれた後も、身体を求められることがなくなったわけでなく。むしろ、決まった相手でない分余計に辛かった気がする。擬似家族も体験したが、うまくいかなかった。14歳になったため、ある程度一人前と見なされたのか、それとも単に見放されたのか、こうして定期連絡のみの一人暮らしを許されて。
 その経験から自分が学んだのは、虚勢を張って自分を強く見えることだけだったのかもしれない…。
 がちゃっという音がして、バスルームのドアが開いた。同時に自分の心臓がどくんと脈打つ。
 「逃げてなかったね。」
 感心感心、と微笑みながらこちらに歩み寄ってくる。
 シンの金の髪は水を含んで、いつもよりも色が濃くなって見える。傍に来ると、石鹸のいいにおいがした。
 …なぜ、この人だったんだろう?
 隣に座るシンの緑の瞳を見上げながら、ぼんやりと思う。
 なぜこの人が、あの男の息子なんだろう…? 容姿は似ても似つかない、いや、容姿だけでなく、雰囲気だって全然違うのに…。
 肩を抱き寄せられ、大切なものに触れるかのように口付けられる。そこにいたって、ブルーはようやくはたと我に返った。
 「シ…シン…!」
 「ジョミー、だよ?」
 微笑みはそのままに、少し咎めるような響きでそういわれるのに、ファーストネームを呼んでくれといわれていたのだったと思い出した。
 「…ジョミー…。」
 「それでいい。」
 そのまま口付けが再開される。
 …あまい…。
 口付けは初めてではない。だけど、口付けにほのかな甘味を感じるのは初めてだった。しかし、その雰囲気に流されそうになって、ブルーは慌ててジョミーと距離を作った。
 「ま、待って。僕、シャワーが…。」
 「僕は気にしない。」
 「僕が気にするんです…!」
 そう叫ぶと、ジョミーは可笑しくてたまらないといった風に笑った。
 「分かった。」
 微笑みながら腕を外された。
 「君がしょんぼりしていると、アプローチのし甲斐がない。僕は、気の強い君が好きだ。」
 しかし、続けられる言葉には呆気にとられた。
 分からない…。この人は、僕のことを恨んでいるんじゃないの? それなのに、あくまで優しく触れてくる。この上ないほど優しい微笑みを投げかけてくれる。
 でも…。
 そんなジョミーに背を向け、脱衣場に入って緩慢な仕草で服を脱ぐ。
 あなたのそんな優しさは残酷だ…。
 やせこけた、何の面白みのない身体が鏡に映っている。それを憮然と眺める自分自身のつまらない顔も。
 少しの間、ブルーは微動だにせずに鏡を見ていたが、やがて諦めたように目を閉じてバスルームに入っていった。
 
 
 
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        | 次、ウラです、ウラ〜♪ 怯える小動物のようなブルーになればいいなvv 『気の強い君が好き』とかゆーていながら、ブルーを追い詰めるあたり、シン様って鬼畜…!(喜) |   |