まわりはきらびやかな光の洪水。その中を、ブルーはまわりを見渡しながら慎重に進んでいく。
あの手紙は予想外だったけれど、これはチャンスだ。
シンは、確かに『君が僕からまんまと逃げおおせたら、二度と君には付きまとわない』と手紙で寄越したのだ。それに勝ちさえすれば、あの派手な生徒会長から余計なちょっかいを出されずに済む。
そう考えて、腕時計を見る。もう7時に近い。パレードが7時半から始まるため、パレードルートに人がごった返していて動きづらいが、これも考えようによっては好機だろう。人が多いということは、見つかりにくいということだ。
そう思いながら人に流されるように歩いていて、どきっとした。前に豪奢な金色の髪が見えたのだ。
シンは身長が高い。ゆえに、まわりよりも頭ひとつ分高いため、目立ってしまう。
その様子に、背が高いというのはかくれんぼには不利だな、と意地悪く考えた。今日のシンは、ネクタイ姿の制服とは違い、白の開襟シャツにジーンズというありふれた格好だったが、それでも元がいいからかまわりからは異彩を放っている。
振り返られて見つからないように、こっそりと人ごみに隠れながら、シンの様子を伺っていたブルーだったが、何を思ったのかシンが人の流れとは外れて、右の方向に向かっていくのが見えて首を傾げた。
…どうしたんだろう?
そう思って見ていると、シンの向かった先に親子連れがいるのが分かった。3,4歳くらいだろう男の子は大きな声で泣いていて、その母親は困った様子で子どもをなだめようと必死だった。ふと見ると、泣いている子どもが指差している先に、木の枝に引っかかった風船がある。とても母親の届くような高さではない。
シンはその母親と二言三言話をしてから、今度は泣いている子どもに向かって何事かささやいた。その子どもが不思議そうな顔をして泣き止んだのを見てから、シンは風船の引っかかった枝を見据えてから。
そのまま跳躍した。スポーツ万能という評判は決して誇張ではないらしく、垂直跳び一回でシンの手は風船の紐が引っかかっている枝まで届き、そのまま引っかかっていた風船を取って着地した。
泣いていた子どもは一転して笑顔で風船を受け取ってから、シンにお礼を言っているようだった。その母親も、わが子がようやく笑顔になって、ほっとしている様子が分かる。
シンは…基本的に優しいんだ。
腰を落として子どもに話しかけているシンを見てそう思った。
だって、最初に僕に声をかけたときだって、集団でいじめられているかと思ってのことだったようだし、その後何度か声をかけてきたことだって、不慣れな転校生を思いやってのことだろうし。
それならばなおさら、時間が経てばシンは僕に構わなくなるだろう。今回のことがなくたってどうせいずれは声さえかけてこなくなる。
…こんな子どもじみた鬼ごっこの勝敗の結果などに関係なく。
そう考えた直後、シンが子どもに向けたと同じような柔らかい視線を、別の方向に向けたのが見えた。
…誰…?
いつの間にかシンの傍には長い金髪の美しい女性が立っていた。というよりも、シンにばかり気を取られていて、彼がその女性と連れ立って歩いていたのが分からなかったのだろう。
シンは子どもに手を振って別れを告げると、再び彼女を伴って人ごみの方向に歩いてくる。ちょうどこちらに向かってくる様子に、ブルーは慌ててオブジェの影に隠れた。先ほどのようにシンから逃げおおせようと考えたというよりは、こんなに動揺している自分を見られたくないと思ったというのがぴったりだった。
シンとその女性は、ブルーのことになど気がつかなかったかのように人の流れに沿って歩いていってしまった。
こんなときは馬鹿にされた、と怒るべきなのだろうか…。
心の片隅で、そんなことを考えた。それなのに、泣きたいような気分になる自分に戸惑って、しばらくその場から動けなくなってしまった。
…こうなることが怖くて、構わないでくれと言っていたのに。
これでは、昔と同じじゃないか。何のために人との接触を最低限にしてきたのだか分からない。いつか裏切られる、そんなことは分かっているのに、感情はそんなことお構いなしに人を求める。
多分、自分は寂しがりなのだろうという自覚はあった。だからこそ、こんな感情を抱くことだけは避けたかったのに。
…帰ろう。もうここにいる意味もない。
華やかな光やまわりの人たちの笑顔さえ、色あせて見えるような気分になって、方向を変えようとした。だが、どこまで行っても通行止めや一方通行で、出口に近づくどころかますます遠ざかってしまうのに、言いしれぬ焦燥感を覚えた。
な、なんで…?
パレード開始まであと15分となった今は、帰路を確保するだけでも困難だった。でも、ブルーは必死になって出口への道を探そうと躍起になった。
シンはおそらく先ほど一緒にいた女性とパレードを見るのだろう。恋人同士として…。
『間もなく、パレードが始まります。』
アナウンスが響くのに、慌てて時計を見る。既に、7時半から5分前となっていた。
どうしよう…。
パークから出られないことに、焦りと言いようのない悲しさを感じた。
こんな気分で、こんな場所にいたくない…! それなのに、どこまで行っても…逃れられないなんて…。
…いや。
場所ではない、シンに抱く感情から逃れられない。それを思慕と呼ぶのか恋情と呼ぶのかは分からないが…。
…こんなにあなたに夢中になっていたなんて、気がつかなかった…。
愕然として、その場に立ち尽くしていたとき。
「捕まえた。」
後ろからふわりと抱きしめられて、驚いて首を回した。そこには、さっき綺麗な女性に向けていたのとなんら変わらぬ優しい笑顔があった。
「逃げるのが上手いな。捕まえられないかと思ったよ。」
そう微笑みながら言われるのに、つい呆然とシンを見上げてしまう。その視界が、ぐにゃりと歪む。
あ、と不明瞭な視界の向こうでシンは小さく声を上げた。
「…困ったな。追いかけられるのがそんなに怖かったのかい?」
自分が泣いているのだと気がついて、慌てて袖で目をこすった。だが、それはすぐにシンによって止められ、今度は正面に回りこまれた。君の綺麗な目が傷ついては大変だ、なんてことをささやきながら。
「こ…わくなんか、ない…!」
「そう?」
手首を戒められているため泣き顔を隠すことも許されず、ふるふると首を振る。シンは首を傾げながら微笑んだ。
「すまない、たまたま生徒会の副会長に会ってレストランまでの案内を頼まれたものだから、遅くなってしまった。」
…副会長…?
「君は転校生だから知らなくて当然だね。生徒会長である僕の片腕で、フィシスという高等部の女子生徒だ。彼女に命じられると、断ることができなくてね。
でも、こんなに泣かれるくらいなら即座に断って、もっと早く君を見つけてあげたほうがよかったな。」
「な、泣いてなんか…!」
「恥ずかしがることなんかない。君の涙は綺麗だよ。」
そう言って。シンはそのまま涙を舐めとってしまった。
「や…っ。」
身をよじって逃れようとしたが、シンの握った手は緩まない。けれど、今度は神妙な顔で覗きこまれた。
「ごめん、本当に泣かせるつもりはなかったんだよ。」
まわりでは、パレードの開始を告げる軽やかな音楽と同時に、照明が消え。代わりに美しい電飾のフロートがパレードルートを照らし出したのだった。
7へ
仕組んだ甲斐がありましたな、シン様!てな感じです♪ この後も何様? 俺様! なシン様でいきます〜。 |
|