シンの腕の中で縮こまっていると、目覚めたときには感じなかったけだるさと不快感が襲ってくる。予想できないことではなかったのに、こんな状況に陥ったのは、やはり己の不注意には違いない。
「…シン、もう…、大丈夫だから…。」
それなのに、高等部生徒会長たるシンを煩わせてしまったと、申し訳なさそうに詫びる。
「病人が気を遣うものじゃない。さて着いた。」
そう言って、行儀悪く長い足で高等部校舎の保健室のドアを開いた。さすがに中等部まで戻るだけの時間は惜しかったらしい。
しかし、部屋の中には誰もいなかった。
「とにかく、休んでいなさい。」
慌てる様子もなくそう言いながら、シンはブルーをベッドに下ろすと空調を操作してから、近くにあるタオルを濡らして持ってきた。エアコンの吹き出し口から強く吹く冷たい風が気持ちいい。
「頭と首の辺りを冷やしておきなさい。それから今、飲みものを持ってくる。」
「いいから…。僕のことはいいから、戻ってください。」
「言っただろう。もう僕が手を貸す必要はないと。」
「じゃあ…、生徒会室へ戻ってください。」
しかし、シンはそれには答えず、備え付けの冷蔵庫から勝手にスポーツドリンクを2,3本取り出して、そのうち1本を空けた。
「脱水症状を起こしかけている。飲みなさい。」
しかし、ベッドに座ったままのブルーは受け取ろうとしない。
「何なら、僕が口移しで飲ませてあげてもいいけど?」
にこりと笑ってそう言うと、最初は驚いたような表情をしたが、先ほどの口付けを思い出したのか、頬を染めて慌ててペットボトルを受け取った。
「冷たいから、ゆっくり飲んで。慌てて飲むと余計に身体に悪いよ、ブルー。」
ブルーの慌てようが面白かったのか、ジョミーは微笑みながら続けた。
…こんなに親切にしてもらえる資格なんて…、僕にはないのに…。
汗に濡れた金髪をかきあげるシンをこっそりと眺めながらそう思う。その精悍な顔つきに見惚れながらも、ブルーはこくりとスポーツドリンクを飲んだ。
そのシンはと言うと、ホワイトボードに興味をひかれたらしく、じっと眺めている。
…何が書いてあるんだろう?
ブルーは目が悪い。紫外線に弱く、その上弱視なので、この位置からはボードに何が書いてあるかまったく分からない。
「…校医は出張中らしいが、これ以上悪化するようなら僕が病院へ連れて行ってあげるから。」
…そう、書いてあったらしい。
「もう…、大丈夫です。」
「嘘はいけないね。君の顔色は、どう見ても大丈夫なんて単語とは程遠い。それに。」
シンは意地悪そうに笑った。
「君は僕に話があったんじゃないのか?」
そう言われて、はたと思い出した。
「シン…! 聞きたいことが…!!」
「何だ?」
多分、分かっているだろうに。
「…なぜ、僕のメールアドレスを知っているんですか?」
公表などしていない。
プロバイダとも最近契約したばかりで。
後見人にもまだアドレスは伝えていない状況なのに。
「個人情報ですから…、あなたがどこから知ったのか、教えてほしいんですけど。」
シンをにらみ付けるようにして低い声でそう言ったのだが。
「その前に、返事は?」
優しげな微笑はそのままに、反対に問い返されて、え?とブルーが目を見開く。
「メールは読んだんだろう? では、先に返事がほしいな。」
「へ…、返事…?」
「そう、返事。」
「…お断りします。」
「つれないね。」
しかし、シンはその言葉とは裏腹に、さしてショックを受けている様子がない。
「でも、僕は諦めが悪いんだよ。また誘うからね。」
「あなただったら、女の子にモテるんだから、何も僕みたいなつまらない下級生を誘わなくてもいいでしょう。」
メールには、今週末に遠出でもしないか、と記されていた。まるで、デートに誘うような文面だ、と感じたことも思い出す。
「君がつまらないなんてとんでもない勘違いだな。これでも僕は、誰彼ともなく誘うわけじゃないよ。」
憤慨したように言うシンに、それでもブルーは首を振った。
「僕を誘っても、無駄ですから。」
「ガードが固いね。でも、そのほうが僕は嬉しい。」
簡単におちたら、むしろ物足りないよ。
そう言って笑うシンの姿から、ブルーは目を逸らす。
…そんな表情は見ていたくない。どうせ、この人だって僕から離れていくんだから。
「それよりも、僕の質問に答えてください。
なぜ僕のメールアドレスを知っているんですか…?」
そう問えば、シンはくすっと笑う。
「ああ、そうだったね。
僕はこのシャングリラ学園の総長だから、学園の非常用連絡網のアドレスを知ることができるんだ。当然、君のアドレスもね。」
「…でも、それでは僕のアドレスは分からないはずです。」
誰にも教えていない。
当然学園にも報告などしていないのに。
「そうかい? おかしいね、学園にはもう登録されていたよ。」
「そんなはずは…!」
しれっと言うシンに、ブルーはむきになって言い募ったが。
「君の言うことが本当だとしたら、由々しき事態だな。高等部生徒会からも原因を究明するように、中等部学生課へ依頼しておこう。」
まじめな表情でそういわれるのに、ブルーはため息をついた。
さすがに高等部生徒会長。そう簡単に尻尾を出すような間抜けではないということだろう。
「…もういいです。それよりも、もう誘わないでください。」
「それは困った。さっき僕は諦めが悪いといったはずなんだけどね。」
「僕だって! あなたの暇つぶしに付き合うほど時間を持て余してるわけじゃ…!」
「暇つぶしなんかじゃない。それに、僕は暇つぶしの相手にキスするような酔狂な趣味を持ち合わせているわけじゃないしね。」
「あ…! あれは一体どういうつもりなんですか!」
「どういうつもりって、もちろん君のことが気になって放っておけないからだけど。」
「ふざけるのもいい加減に…!」
そう、叫びかけたが、その途端くらりとめまいがした。
「ほら、興奮するから。」
からかうように言われた言葉にむっとする。
「誰のせいだと…!」
「僕のせいだ、すまない。でも、本当に君のことが気になるんだよ。
さて、お詫びにもう少し休んだから送って行こう。」
「そんな必要…!」
ない、といおうとして…。
めまいがひどくて言えなかった。
「とにかく、水分を摂ったらしばらく眠るといいい。僕はここにいるから。」
いらない。
だから僕に構わないで…。
そう、言おうと思ったのに。
結局その言葉は口にできずに…。
目を、閉じた。
4へ
相変わらずナゾなシン様とブルーです〜♪シン様は、またアタックしてくれるでしょうvv |
|