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    高等部生徒会室。その閉ざされた扉を前に、戸惑いがちな様子でじっと立っている少年がいる。高等部の校舎に中等部の生徒がいるという事実だけで目立ってしまうのに、少女と見まごうばかり美しい顔立ち、ほっそりとした手足、そして真紅の瞳を持つ少年では、嫌でも注目を集めてしまう。
 今は夏休みを間近に控えた学期末であり、高等部の生徒、特に3年生は受験だクラブ活動だと皆忙しそうに廊下を行き来しているが、物珍しそうにその姿を見ていく。しかし、少年には気になることがあるらしく、そんな様子はまったく目に入ってこないらしい。
 「会長に何かご用ですか?」
 その背後から声がかかる。見ると、亜麻色の髪の青年、高等部生徒会書記のリオが生徒会室の鍵を持って立っていた。
 中等部の生徒、ブルーはどうして分かったんだろうと怪訝そうに眉を寄せた。
 「会長があなたのことを気にしておりましたので。
 でも、会長は遅くなると思いますよ。今日はサッカー部から他校との親善試合の助っ人を頼まれていて、それが終わってからここに来る予定ですので。」
 「…親善試合って、どこで?」
 少年の声に苛立ちが見える。よくよく見ると、表情も強張っていてこれは怒っているという状態なのだろうかと思うが、その一方で泣きたそうな様子も垣間見えて、一体どうしたのだろうと心配になる。
 今度は何をやらかしたんだか、あの人は…と苦笑いしながらリオは口を開いた。
 「親善試合はこの学校で行なわれます。急ぎでしたら、高等部のサッカー場に行ってみてください。校庭の向こうにありますよ。
 ただ、サッカーはタイムアウトを取ることできませんので、すぐに話ができるか…。」
 「ありがとう!」
 リオの言葉を皆まで聞かず、慌てて走り去る華奢な後ろ姿。それを眺めながら、リオはため息をついた。
 「…まあ、会長も彼の姿を見かければ、何か手段を考えるでしょう。」
  高等部校舎を出たブルーはというと。最初、サッカー場がどこにあるのかさっぱり分からなかった。
 校庭の向こう側はすごい人垣、特に女生徒たちが多く、近づくことを躊躇せざるを得なかったせいで、しばらく迷っていたのだが。
 「きゃー、シン様―っ!」
 そんな黄色い声が聞こえてくるのに、ブルーの足が止まった。
 …もしかして…?
 近づくのも怖い女生徒たちの集団にそっと近づく。
 しかし、女生徒とはいえどブルーよりも上背があるため、その向こうの様子が見えない。下からのぞくわけにもいかず、何とか女生徒たちの身体の隙間から試合を伺った。
 自分の探し人の姿が見えた途端、ほっとしたと同時にブルーは目を瞠った。それは、ちょうどシンがボールをドリブルして、シュートした瞬間だった。
 若獅子のごときしなやかな足から蹴られたボールは、綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていった。前を見据える真剣な緑の瞳には獰猛な野獣といったイメージがあり、以前会ったときの優しい瞳とはまったく違う。
 つい、そんなシンに見惚れてしまっていたが。
 歓声が沸きあがりシンを称える声が響き渡った瞬間、ブルーははっとして我に返った。
 …ここは僕の居場所じゃない。
 ブルーは、まわりじゅうの歓喜の声に気圧されるように数歩下がって木陰に入った。太陽は苦手だし、それに…。
 自分はこんなところにいるべきじゃない。こんなところでこんな風にのんびり試合観戦などしていてはいけない。
 でも…。
 そう思いつつも、いい訳めいたことを考えてしまう。
 シンにはどうしても訊かなきゃいけないことがある。だから…、しばらくここで待っていよう。そう思って、炎天下の女生徒たちのパワーに半ば感心、半ば呆れながら腰を下ろした。
 …今日は暑い日だな…。
 木の葉の間から降り注ぐ日差しを受けながら、ブルーは目を閉じた。
  …ルー?しっかり!誰かが自分に呼びかけている。
 それを夢見心地で聞きながら、薄く目を開けた。その途端、シンのアップが見えて驚いてしまう。
 「よかった…!とにかく、保健室に行こう。」
 ほっとしたように微笑むシンの顔を見ながら、まずどうしてこんなところに彼がいるのだろうと思った。そして、シンのユニフォーム姿を見て、一気に記憶が呼び起こされる。
 ああ、そうだった。僕は試合が終わるのを待とうと思って…!
 そう考えている間に、シンはひょいとブルーの痩身を抱き上げた。
 「シン…!」
 「君は熱中症を起こしているんだよ。とにかく、涼しい場所で水分を摂らなければいけない。」
 有無を言わさぬ口調に、ブルーは黙らざるを得なかった。さすがは高等部生徒会長、たいした貫禄である。
 しかし、感心ついでにまわりを見渡して、女生徒たちの嫉妬に満ちた視線に今度は別の意味で驚き、萎縮しそうになる。さらに、試合開始のホイッスルを聞いてそういえば…と顔を上げた。
 「し、試合は…?」
 「さっき、ハーフタイムを終了したところだ。」
 ということは、まだ試合は終わっていないということだ。
 「…シン、下ろしてください!試合に戻らなきゃ…。」
 「構わない。
 前半で点数を稼いだから、あとはサッカー部の連中に任せておいて大丈夫だ。」
 「でも…!」
 「ブルー。」
 緑の瞳がじろりとこちらを睨む。
 「君は紫外線に弱いんだから、こんな日にふらふら外に出るものじゃない。」
 自分の体調管理さえできないようなうっかり者が、他人のことを心配するものじゃないよ。
 そんな言葉まで聞こえてきて、今度はかっとして紅い目を上げる。
 「…あなたにそんなことを心配されるいわれはない…!
 僕のことなんかどうでもいいじゃないですか!放っておいてください…!」
 しかし、シンはというとブルーを一瞥しただけで、すぐに前を向いた。
 「強がるのもいい加減にしたまえ、歩くこともできないくせに。
 それに、僕を待っていて倒れられたなどといわれた日には、寝覚めが悪くて仕方ない。」
 「それはあなたのせいじゃない…!
 とにかく下ろして!自分で歩けるから…!」
 「…っ!ブルー、大人しく…!」
 「僕のことなんか構わずに、さっさと戻ってください…!」
 「いい加減に…!」
 「―――!!」
 その瞬間。
 時間が止まった。
 腕の中で暴れ出した少年をなだめようとしたシンが取った行動に、ブルーも、そのまわりの生徒たちもすっかり固まってしまった。
 女生徒の憧憬や男子生徒の羨望を集める高等部生徒会長の口付けに。
 当事者であるブルーは自分の置かれている立場がまったく理解できず、紅い目を見開いたまま凍ってしまった。
 「…僕が君に構いたいんだよ。
 どうでもいいとか放っておいてとか、そんな寂しいことはいわないでくれ。」
 静かになったブルーに微笑みかけてから、シンは喧騒の止まった校庭を後にした。
 その後、別の喧騒が高等部を駆け巡ることになるのだが、それはしばらく後の話である。
 
 
 
   
 
 
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        | うお!またしても中途半端なところで…!夢と魔法の王国で、非常に暑かったため妄想した話であります♪次回は保健室にて…! |   |