輝くような金の髪に、憂いを宿した緑の瞳。すらりとした体格に、整った目鼻立ち。級友よりも頭ひとつ分高い彼は、どこに行ってもよく目立つ。制服であるブレザー姿が、妙に決まって見える。
ジョミー・マーキス・シン。
シャングリラ学園高等部3年生。どこのクラブにも所属していないが、運動神経は抜群で、さらに成績は優秀。同級生や下級生からの信望も厚い。かつては、教師や上級生から疎まれたこともあったが、持ち前の沈着さと強引さでどこ吹く風と受け流していたが、今や疎んでいた上級生は卒業し、教師たちも生徒の信頼の厚いシンを頼るようになった。
かくして。
シンは2年生後期から引き続き、生徒会長として信任されたのだった。
彼は、校舎3階の生徒会室からぼんやりと外を眺めていたが、ふと何かが目に入ったらしく、ある方向を食い入るように見つめていた。しばらくそのまま動かなかったが、ふっと顔を上げると窓辺から離れて戸口へ向かう。
「…シン…?」
後ろにいたリオが、どうしたのかと伺う。
「少し出てくる。後を頼む。」
それだけ言って、ドアを開いて出て行った。
シンは校舎の階段を降り、外に出た。足が長いため、ゆったりと歩いているようだが、決して遅くはない。
彼はそのまま校舎に隣接する林に入る。歩いていると、間もなく人だかりが見えてきた。高等部とは違う、詰襟の学生服に、それが中等部の男子生徒たちだと分かる。全員で20人近くはいるだろうか。
「…どうかしたのか?」
後ろから声をかけると、生徒たちはぎょっとして振り返る。
おい、高等部生徒会長だ。
総長が何でここに…?
ヤバいぜ。
そんな話し声がざわざわと聞こえる。中等部の生徒たちは、気まずそうに一人、また一人と散っていき。
その中心にいた小柄な男子生徒だけが残った。
あまり見かけない紅い目が印象的な、銀の髪の生徒だった。整った顔立ちと、女の子のように細い身体。しかし、その眼差しには他を圧倒するような輝きがある。
「…大丈夫かい?」
気遣うようにそう言ったのだが。まるで威圧するかのような瞳を向けられて、シンは苦笑いした。構うな、といったオーラがありありと見える。
「余計なことだったかな?悪かったね。」
そう言うのには、少年は疑わしそうな様子でシンを見遣った。何の目的で高等部の上級生がここに現れたのか分からない様子だ。
それを察して、シンは笑いながら少しばかり種明かしをする。
「高等部の教室から君を中心に男子生徒が集まってくる様子が見えてね。気になって来てみただけだ。
気楽に構えているといい。目の色がほかと少々違うことや、転入生であることなど、そのうち誰も気にしなくなる。」
だが、そう言われるのに、少年は不愉快そうに眉をひそめた。なぜ自分のことを知っている…?と怪訝に思っている様子がよく分かる。
それに対してシンは、困ったなとつぶやいた。
「そう警戒しないでくれ。
僕は高等部の生徒会長でね。ここは中高一貫教育を行っている関係で、高等部の生徒会長は、中高全学年の総長も兼ねている。
これでも僕は、中等部高等部の生徒全員の顔と名前をすべて覚えているんでね。」
つまり、総長として学園の秩序が乱れるようなことがないか、見に来たと言うことである。理由を聞いて納得したのか、少年からぴりぴりした雰囲気が消えた。
そんな少年の様子に、シンはくすりと笑う。どこか陰りのあるような笑顔だが、これが文武両道に秀でた非の打ち所のない生徒会長の、最も女子生徒に人気のある表情である。
それを目にした途端、少年は呆気に取られ、次には照れたようにうつむいた。シンの憂いを帯びた美貌に、少年は今更ながら気恥ずかしくなったらしい。
しかし、この学園には中等部高等部合わせて1,500人強の生徒がいる。それを全員覚えているというのは、いささかオーバーではないだろうか…?
「転入生も例外じゃない。君の名前はブルー…だったね。先週この学園に編入してきた14歳。クラスは、中等部2年A組。」
シンの言葉に、少年、ブルーが驚いたように目を瞠った。そんな表情をしていれば、実年齢よりもさらに幼くなって見える。
しかもどうやら、全校生徒を覚えているというのはあながち嘘ではなさそうである。転入生である自分のことも知っているくらいだ。
「今回は僕のお節介だったようだが、困ったことがあればいつでも相談においで。放課後は大抵高等部新館の3階にある生徒会室にいる。教師に相談するよりは役に立つと思うからね。」
「で、でも…。」
ブルーは戸惑いがちにふるふると首を振った。最初に見たときとイメージが違い、段々と頼りなげになっていくのがおかしい。
「僕は、気の強い子が大好きだからね。
では暗くなる前に帰りたまえ。」
そう言って、シンはくるりと背を向け、校舎に向かって歩き出した。が。
「あ、あの…っ!」
途端に切羽詰った声が、シンの背にぶつかった。何だ?と言わんばかりに、シンは怪訝そうな表情で振り返る。
ブルーは困った表情でこちらを見つめている。心のなしか頬が赤い。
「………?
どうかしたのか?」
呼びかけたはいいが、なかなか話そうとしないブルーに、シンが訝しげに声をかける。
さっきまでの強い意志を瞳に秘めていた人間と同一人物とは思えないほどの変わりように、不思議に思っていると。
「あの…。
…中等部の正門は…、どっちでしょうか…?」
しかし。
少年の口から出た言葉に、シンは呆気に取られ、次には笑いがこみ上げてきた。何のことはない、少年は帰る道が分からないのである。
「そうか…。ここは広いからね。」
言いながら、今度は声を立てて笑ってしまった。そんなシンの様子を見て、ブルーはなおのこと申し訳なさそうにうつむく。
「ああ、笑ってすまない。君から訊かれることにしては意外な気がしてね。
いいだろう、ついてきたまえ。」
そう言って歩き出すシンに、ブルーが慌てる。
「え…?そんな、わざわざ…。」
方向を教えてもらうだけでいいと言うのに。
そう言ったのだが、シンは微笑みながらブルーを振り返る。
「ここから正門までの道順は説明するのには難しいし、君が迷ってしまったら困るからね。」
なに、散歩だと思えばいいことだ。
そう続けると、ブルーは恥ずかしそうにうつむいて黙ってついてきた。
「編入試験は優秀な成績だったと聞いた。全教科満点に近かったそうだね。」
歩きながらそう言うと、ブルーは不思議そうにシンを見上げた。なぜ知っているんだろう?転入生である自分すら点数までは知らないというのに。
「調べたんだよ、僕は賢い子も好きだから。」
まるで人を食ったようなシンの言葉に、ブルーは眉を寄せる。本気で言っているのかからかわれているのかさっぱり分からない。
「生徒会長…って言ってましたけど。」
ブルーは慎重に問いかける。
「そこまでの権限があるんですか…?」
「僕は特別だよ。」
微笑みながら言う台詞に、ブルーの表情がさらに難しいものになる。
「じゃあ…、ほかのことは…?」
「ほかのこと?」
立ち止まり、振り返ったシンが首を傾げてブルーを見下ろす。
シンは背が高い。おそらく高等部3年生の中でも大きいほうだろう。それに比べてブルーは標準より小柄だから、その差はかなりのものだ。
「僕に関する…、ほかのこと…。」
消え入りそうな表情でつぶやく姿に、シンはくすっと笑う。
「僕が知っているのは、君の編入試験の点数と、身長と体重くらいのものだよ。」
「し、身長と…、体重?」
その言葉に、ブルーは目を見開いておうむ返しにつぶやいた。半分ほど声がひっくり返っている。
「150センチに37キロ。せめて40キロは超えたほうがいいと思うけど。」
からかうように言われたシンの言葉に、今度はブルーの顔が完全に真っ赤になった。標準よりも小さい体躯をかなり気にしているらしい。
でも、とシンが続ける。
「僕は痩せているほうが好きだけどね。」
シンは笑いながらまた歩き出した。
「こ、個人情報ですから…!」
「ああ、誰にも言わないよ。」
ブルーが頬を染めて必死になって訴えるのに、シンは笑いながら安心させるようにそう言った。
そこから先は、二人はひたすら無言で歩いた。シンは真っ直ぐに前を向いて平然とした表情で、片やブルーはうつむいて羞恥に頬を染めて。
ふと、シンが何の予告もなく止まった。
「さて、ここからは一人で帰れるかな?」
気がつくと、もう中等部の正門に到着していた。まったく気がつかなかったらしく、ブルーは顔を上げて驚いた後、慌てて頭を下げた。
「あの、どうも…、ありがとうございました…。」
「いや。じゃあまた。」
シンは微笑みながらそう返すと、今度こそ高等部校舎に向かって歩き出した。
見て、高等部のシン様よ。
いつもながら素敵ね。
どうして中等部にいるのかしら…?
転入生と一緒に歩いてきたみたい。ほら、あの目の赤い…。
突然現れた背の高い美形の高等部生徒会長に、中等部の女子生徒たちは熱い眼差しを送ってシンのことを囁きあっている。しかし、シン自身はそんな囁きにまったく興味がないようで、歩調も緩めずさっさと歩き去ってしまった。
ブルーはその様子を見送りながら、女子生徒たちのひそひそ話を密かに心に留めた。
…シン…って言うんだ、あの人…。
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シンの背丈は、ソルジャー・シンのオフィシャル設定よりも10センチほど高いことにしておいてください♪14歳ブルーは150センチそのままと言うことで…vv(すげえ身長差…。) |
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