夏祭りの準備と言って、ママたちがお帰りの後幼稚園にやってきて、ジョミー先生と長い間話込んでいる。おかげで、僕は先生と遊んでいる暇がない。
「夏祭りは楽しみだけどさ…。」
トォニィでさえ不満を漏らしているのだから、行事に参加しないこちらとしてはなおさらだ。
夏祭りやバザーは、お遊戯会や運動会と違って教育と言うよりも娯楽と言ったイメージが強いらしく、両親は不要なものと思っているようで一度も参加したことがない。…実は夏祭りを楽しみたい気持ちはあったのだが、そんなつまらないことで駄々をこねるわけにはいかなかったのだ。
「あれ…?今日のお残りさんはブルーだけ?」
6時近くなってトォニィが帰った後、運よく保護者会も終わり、何日かぶりにジョミー先生とまともに話すことができた。
「今日は保護者会のお仕事、もういいの?」
よいしょっと伸びをしている先生に尋ねてみる。
「今日はね。」
そう苦笑いしながら手招きされるのに、なんだろうと思って近づいてみると、突然ふわりと身体が浮かぶ感覚に驚いてしまった。久々に間近で見るジョミー先生の笑顔。
「ブルーを抱っこするのも久しぶりだね。」
確かに最近のジョミー先生は保護者会で忙しかった。そのため、話さえできなかったのだから、抱っこや肩車などしている暇などなかった。そんなわけだから、この状況は嬉しいと言えば嬉しいんだけど…。
「先生、疲れてるでしょ?だから、休んでて。わざわざ構ってくれなくてもいい。」
今回ばかりは何の打算もなくそう言った。
いくら先生が若くて力があるといっても、こう連日保護者会と打ち合わせばかりでは疲れていて当然だろうと。そう思って言ったのだけど、これも気に入らなかったらしい。
「ブルー、前に言っただろう?子供が気を遣うものじゃないって。」
「でも僕は…。」
「僕がブルーを抱っこしていたいんだよ。本当に、随分と久しぶりだからね。
それとも、君は僕に抱っこされるのが嫌?」
そんなはずない、と一生懸命首を振ると、先生はにこりと笑った。
「よかった。ブルーに嫌われたらどうしようかと思った。」
ほっとしたように微笑む姿に、じゃあ甘えていていいのかな?と恐る恐る先生の首に腕を回した。
先生の肌を感じるなど、本当に久しぶりで気持ちがいい。頭を先生の胸に預けると、規則的な鼓動が聞こえてくる。
「ブルー、大人を困らせることができるっていうのは、子供の特権だよ?」
ふと、先生のまじめな声が聞こえてきて、顔を上げた。
「だから、そんなに遠慮することはないんだよ。」
…確かに、ジョミー先生なら心底そう思っているんだろう。
まぶしいほどの先生の笑顔を見ながらそう考える。
…だけど、子供なんて邪魔なもの。増してや馬鹿で手のかかる子供など、必要ない。そう考えている大人だっている。
「…うん。」
でも、こんな話をして先生と気まずくなるのも嫌だったから、とりあえずうなずいておいた。子供なのにこんなこと冷めたことを考えてるなんて分かったら、今度こそ失望されそうな気がしたし。
子供は、子供らしい素直でいい子を演じていればそれでいいんだから。
「…ブルー?」
そんな風に考えて先生から目を逸らしていたら、今度は覗き込まれて驚いてしまった。
「本当に、僕の言うことが分かってる?」
こんなとき、僕は全然先生を誤魔化しきれてないと実感する。先生は、聡いのか疎いのかよく分からないけれど、こんなときには絶対に騙されてくれない。
「あ、そうだ。先生は夏祭り、何をするの?」
この話題から逃れたい一心で、強引に話題を変えた。
怪訝そうな顔をしながらも、それでも先生は、夏祭りねえ…とつぶやいてから。
「実はまだ何をするのか決まってないんだよ。
多分、シシカバブとか…。直火を使うような料理を担当すると思うけど。実はそういうの得意なんだ。」
話題を変えた甲斐あって、自慢そうに笑う先生にほっとした。
…それは分かるかも。
こうやってお残りするようになって、ジョミー先生が軽い夕食を作ってくれるんだけど、作るのは早いし料理はおいしい。とは言っても、厨房の使用人が料理しているところを見たことがないから、早いというのは自分の感覚だけのことだけど。
次にはブルーに手伝ってもらうよ。
そう言われているけれど、目下のところ保護者会との打ち合わせが長くて時間などあまりないから、後ろから先生が料理を作る姿を見ているだけ。
それでも、エプロン姿のジョミー先生を見ていると何となく微笑ましくて、嬉しい。このままハーレイが迎えに来なければいいのに、と何度思ったか知れない。
「ねえ。ブルーは夏祭り、参加するよね?」
お母さんのようなジョミー先生を思い浮かべていたら、ふとそんな質問を受けて、思いっきり固まってしまった。
夏祭りに…、参加?僕が…?
だって、去年だって参加してないし、多分…参加したいなんて言っても許してもらえないと思う。夏祭りは夜だから、保護者と同伴でないと参加は認められないし、それ以前にそんな行事ごとは必要ないと言われているんだから。
「ブルーはどんな料理が好き?それにゲームだったらどんなのがいい?」
まだメニューの段階で揉めててね、と微笑みながら言う先生は、僕が去年参加してないことを知らないらしい。
「…先生、僕は出ない。」
しかし、そう言ったときの先生の呆気に取られた顔を見たら、誤魔化したほうがよかった気がした。尤も…、誤魔化しきれる保障はどこにもなかったけれど。
「だから…、夏祭りがどんなものなのかよく知らないし、先生の質問には答えられない。」
はっきりと言うと、先生はまた訝しげに首をかしげた。
「…どうして?みんな楽しみにしてるって聞いてるけど?
去年は何か都合があったの?」
「そうじゃなくて…。必要ないって…、言われてるから…。」
誰から、と言わなくても先生には分かったらしい。難しい顔をしたまま、こちらを正面から見つめてくる。
「じゃあ、ブルーは?」
そう言われるのになんだろうと思う。
「ブルーは参加したい?したくない?」
そう問われるのにきょとんとしてしまう。まさか、そんなことを訊かれるとは思ってもみなかったからだ。だけど、改めて考えてみると…、やはり出てみたい気持ちは、ある。
…できれば…、ジョミー先生と一緒に夏祭りを過ごしたい。でも、そんなことを言ったら先生が困るに決まってる。
「別に出られなくてもいい。」
だから、思い切ってそう言った。だって、許さないのは僕の両親なんだから。そんなことを先生に言っても仕方がない。
先生はしばらく黙っていたけれど、やがて僕をじっと見つめた。
「もし…、ブルーが参加したいんだったら、僕から君のパパとママに頼んでみようか…?」
それなのに、先生はこちらが仰天するようなことを言い出す。
「ど、どうして!?」
「どうしてって…。夏祭り、参加したいんじゃないの?
君が本当に夏祭りに参加したいんだったら、僕からパパとママに参加してくれるようにお願いしてあげる。もし、どうしてもパパとママの都合がつかないようなら、僕がブルーの面倒を見ますから参加させてくださいって頼んでみる。
君のパパとママはお仕事で遠くに住んでいるから、いつも迎えに来てくれる執事に伝言をお願いしてみよう。」
え、えええ?
意外な先生の申し出に、一瞬呆然としてしまった。
本当に…、いいのかな?先生と一緒に夏祭りに出ても…。そりゃ…、すごく嬉しいけど…。
そう思いかけたが、慌てて頭を振ってその考えを打ち消した。
「いい、いらない!
僕は夏祭りに出られなくてもいい!」
「え…、でも。」
「いいの!それより先生、ごはん作って!」
これ以上はもう夏祭りの話はしない!とばかりに先生にぎゅっと抱きついた。
以前似たようなことがあって、入園したばかりの幼稚園を辞めさせられて、今の幼稚園に転校したのだと不意に思い出し、うすら寒い想像に囚われてしまった。
家庭の事情や教育方針に首を突っ込まれるくらいなら。夏祭りのようなどうでもいいことでくちばしを挟まれるくらいなら。
そんな幼稚園など辞めさせてしまえ、と。
両親はそのくらい平気で言い放って、また転校させられてしまうだろう。
そうなったら、ジョミー先生に会えなくなる…。そのくらいなら、夏祭りくらい我慢できる、と。
本気でそう思っていた。
6へ
ちょっとブルーの家庭環境が出てきましたが…、難しいですね〜。 |
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