『じゃあジョミー、あとはよろしくね。』
トォニィのママは、また数時間後迎えにくると言って戻っていった。
「ジョミー先生を独り占めしようったってそうはいかないからな!」
目の前では、トォニィが勝ち誇って腕を組んでいる。
「そんなことは考えていない。」
「ふんだ、僕をダマそうったってそうはいかないぞ!」
…まったく鋭い上にしつこい。
「誰も騙してない。」
「ウソつき!
ああ、ブルーってそういう奴だよな!いつもいい子ぶって先生に取り入ってさ。そのうちジョミー先生だってオマエのホンショウに気がついて、嫌いになるぜ!」
その言葉にどきりとした。
本性を見抜かれて嫌われる…。それは僕自身がもっとも恐れていることだ。
分かっているのかいないのか、いや、本当は分かっているのではないだろうか。ジョミー先生の言動にはそう思わせるようなときがたまにあり、そのたびにどきっとしてしまうというのに。
そうずばりと指摘されると、全身に冷水を浴びせかけられたような感覚に陥ってしまう。
「黙れ…!」
地を這うような、低い声に。
「な、何だよ、そんなに怒ることないじゃないか…。」
トォニィが気まずそうに視線をそらした。平生感情が表れない相手だから、まさか怒るとは思っていなかったのだと思うけど…。
しかし、気まずくなったのはトォニィだけではない。不愉快な感情をそのまま表した自分の声に、僕自身が驚いた。
楽しいときも悲しいときも、喜怒哀楽の乏しい子供らしくない子供。けれど、わがままを言って泣くこともなければ、駄々をこねて誰かの手を煩わせることもない、大人にとっては都合のいい子。それが自分だったはずだ。
たとえ図星をつかれていたとしても、こんなことは今まで一度だってなかったのに…。
「こら、今度は何が原因で喧嘩してるんだ?」
重い沈黙の中、ジョミー先生の優しい声が聞こえたと思ったら、太陽のような笑顔が現れた。
「一緒にお残りになったんだから、仲良くしなきゃダメだよ。」
先生の存在ひとつで、この場の雰囲気が一転する。
ジョミー先生ってやっぱりすごい…!
「先生、遊んでー!」
そう思った途端、トォニィはジョミー先生に走り寄っておねだりモードと化していた。
…こいつは…。
ある意味、トォニィの行動力もすごいと思うが、絶対に感心できない。
「ゴメン、今日は遊べないんだ。」
だが、トォニィの頭を撫でながら、ジョミー先生は僕に言う。
「…どうして…?」
なぜ遊べないんだろう?
「ほら、もうすぐ夏まつりだろう?
今日はその準備のために、保護者会の会長さんが来て、お話しすることになっているんだよ。」
そう言われるのに、ついトォニィと目を見合わせる。
「…会長さんって?」
誰だろう?
「ルリのママだよ。」
「ええっ。」
驚いて声を上げたのはトォニィだった。
ルリは同じ年中組で大人しくて物静かな女の子なのだが、そのママは娘とはまったくの正反対。よくしゃべるし、活発でとにかくパワフルなママなのだ。
「ジョミー先生!」
そのとき、廊下に甲高い声が響いた。
続いてスリッパのパタパタという音が響いて、ルリのママが顔を出した。
「ああ、会長さん。」
先生はにっこり笑って、「おつかれさま」などと声をかけている。
「あら、ジョミー先生。会長さんなんて呼ばないでくれる?」
むっとしたように言うルリのママに、先生は不思議そうな表情で首を傾げる。
「じゃあ…、ルリのママ。」
「いやだわ、そんな他人行儀に!
ニナと名前で呼んで。私もジョミーと呼ばせてもらうわ。」
「はあ…?」
その言葉に、先生は呆気にとられてしまったようで、ぽかんとしている。
そもそも、先生とルリのママとは他人だから、他人行儀なのは当然じゃないか。
「だって、先生には保護者会の副会長を引き受けてもらったのよ…?これからは協力し合って、楽しいイベントをつくりあげていかなければいけないでしょう。先生と私は、副会長と会長だもの、名前で呼び合って親しみを深めるのも必要だわ。」
力技に近い屁理屈だ、と思ってしまったが、当のジョミー先生は不思議そうな顔をしているだけだ。
「そう…、かな。
じゃあ…、ニナ?」
「ジョミー…。」
年中組の教室の真ん中で見つめあう二人を見ながら。
何かが違う…。何かというよりも、すべてが違っている、と。そう思わざるを得ない状況に頭が痛くなりそうだった。
と、そのとき。
「ママー、じゃあルリ、おばあちゃんと帰るね。」
ルリがひょいと顔を出した。
いい雰囲気を邪魔されて、ルリのママ、ニナはむっとしたような表情になったが、ルリを振り返るときにはいつもの笑顔に戻っていた。
「そう?じゃあ気をつけてね。」
その様子にほっとしたように、ジョミー先生も手を振った。
「じゃあルリ、また明日。」
「はい。先生、さようなら。」
おっとりと丁寧にお辞儀してルリは背を向けた。そんな彼女を見送ったニナは、すぐに先生を振り返る。
「私、お礼を言わなければいけないのを忘れてたわ!
副会長を引き受けてくれてありがとう、ジョミー。前までスウェナ先生にお願いしていたけど、保護者会は母親ばかりで、男手があると助かるし、ジョミー先生に副会長を引き受けてもらえれば、保護者会の参加率も上がるって話していたの。
ああ、本当に嬉しい!」
「は、はあ…。」
何のことなのかよく分からないらしいジョミー先生は、怪訝そうな顔をしながらもうなずいている。
「そういや、ママも休み代わってもらって保護者会に出なきゃって言ってたっけ。」
隣でトォニィが困惑気味につぶやいている。
ジョミー先生の人気が高いのはいいことだけど、ニナのようなライバルが増えると思うと、手放しでは喜べない。
そう思っていたら、トォニィがこっちを向いた。
「ブルーのママはどう言ってる?」
そう言われて、一瞬返答に詰まった。
「…聞いてない。」
「ふうん…。」
トォニィはすぐに興味を失ってしまって、それ以上訊こうとしなかったことは幸いだった。
両親は、保護者会の案内プリントさえ見ていないだろう。ハーレイは、行事ごとには保護者は絶対に参加できないと思っているはずだから、伝えてもいないと思うし…。
「ブルー。」
突然、ジョミー先生から名前を呼ばれて顔を上げた。
「悪いけど、トォニィと職員室に行って、スウェナ先生から缶コーヒーを2本もらってきて。
それから、君たち二人のおやつとジュースもね。」
こんな風に笑いかけられるとき。
やっぱり、ジョミー先生は実は僕の心なんてお見通しじゃないだろうかと思ってしまう。
「…うん。」
「おなか空いたー!」
そう言って真っ先に走っていくトォニィに呆れながら、僕も教室を出た。
5へ
ジョミー先生、人気爆発です〜。
てか、私もジョミー先生と話できるんなら、ぜひとも保護者会参加したいです! |
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