相変わらず目の前ではトォニィがジョミー先生にべったりくっついて離れない。さすがに他の園児も目に余っているのだろう、同じ年中組のツェーレンがむっとして言う。
「ちょっと、トォニィ!ジョミー先生はみんなのものなんだから、独り占めはダメよ!」
独り占めはダメだということについては納得だけど、ジョミー先生がみんなのもの、というくだりはいただけない。
「ふん、ジョミー先生は僕のなんだから!誰にも渡すもんか!」
それはこっちの台詞だ。
と、まともに口にすれば、僕まで要らぬ敵を作るから黙っているけれど。
「ほら、そろそろママたちが迎えに来る時間だよ。さあ、帰りの準備をして、お帰りの歌を歌おうね。」
ジョミー先生がそう声をかけるのに、みんな一斉に通園バックやお着替え袋を取りにいく。いつもなら、ジョミー先生とお別れかと悲しくなるんだけど、今日はその逆だ。
『ハーレイ、明日は、ううん、これからずっと遅く迎えに来て。』
昨日、帰ったときにそう告げると、執事のハーレイは不思議そうな顔をした。
『仲のいい、友達がいるんだ。
その子はよくお残りしているから、一緒に遊びたくて。』
嘘だったけれど、ハーレイは、ああそうですか、と納得したように微笑んだ。
『新任のジョミーという先生が書いてくる連絡帳にもそのようなことが書いてありますな。
最近では、トォニィという子供とよく遊んでいると。その子供のことですか?』
………。
さすがにショックだった。
誰がどう見ても、喧嘩しているとしか見えないはず、と言うか、ジョミー先生をめぐって張り合っているというのが実情なのに、当の先生からは仲がいいと思われているようなのだ。
『う、うん。』
しかし、目的のためには利用できるものは何でも利用してしまおう。
そう思ってうなずいておく。
『そうですか。
ブルー様がそうおっしゃるなら、遅く参りましょう。3時が降園時間ですから、4時ぐらいがよろしいですかな?』
『もっと遅くていい!一番遅いのって、何時?』
『そ、そうですか?
ええと…。』
つぶやきながら、胸ポケットから手帳を取り出す。ハーレイは何でもここにメモをしておく癖がある。
『ああ、夜の7時ですね。
しかしブルー様、寝るのは8時なのに、いくらなんでもこれは遅すぎでは…。』
『ううん、その時間がいい!』
『は…?しかし、この時間までお友達は残っているのですか…?』
『いいの!先生もすごく優しくて、大好きだから!』
と言うか、先生と一緒にいたくてこんなことを言っているのだけど…。
降園準備をしているクラスメイトを眺めながら、そのまま席に座っている僕を見て、通園バックを持ったトォニィが変な顔をして見ていた。
それに応えて、にっこりと微笑んでやる。
今日の3時以降には邪魔者が消えると思うと、心は広くなるものらしい。
『…というわけで、先生、今日から迎が遅くなりますので…。』
今朝、ハーレイがジョミー先生に預かり保育を頼んでいた風景が思い出される。
『ええ、お預かりですね。分かりました。』
笑顔で応じながら、次には僕と目線を合わせて、確認するように言う。
『ねえ、ブルーはきちんとお迎えを待っていられるよね。』
『うん。』
夜の7時といえば、随分と遅い時間だ。途中で泣き出さないか、親を恋しがりはしないか心配なところなのだろう。
でも。
僕に限ってはその心配はない。だから。
『ジョミー先生と一緒なら、ちゃんと待っていられるから!』
にっこりと笑顔で言えば、先生は安心したように笑った。
そうこうしているうちにお帰りの時間になって、子供たちは玄関に移動した。僕は教室から動かず、みんなが帰るのを待つだけ。そしたら、ジョミー先生とは二人っきりになれる!
そう思っていたとき。
「先生、何でブルーは帰らないの?」
廊下からトォニィの声がした。
…変なところで聡い奴だったと、今更ながらに実感する。
「今日はね、ブルーはお残りさんなんだよ。」
ジョミー先生の声が聞こえた。
「えー、ずるい!僕も残る!」
「トォニィ…。」
ジョミー先生も困ってしまったらしい。
「だって、トォニィのママが迎えに来てるじゃないか。」
「いやだ!帰らないもん。」
そう言って、教室に走りこんでくる。そして、僕を睨んで。
「ジョミー先生を独り占めしようたって、そうはいかないぞ!」
「…そんなこと考えてない。トォニィはさっさと帰ったらいいじゃないか。」
図星だったけど、認めると話が長引きそうだったから、適当に返事したが、やはり通用しなかったらしい。
「僕をダマそうなんて、100年早いぞ!」
「5歳児が100年なんて言うのは変だ。」
「ブルーだって同じ5歳児だろ!今100年って言った!」
…レベルが下がりそうだ。トォニィのママに、さっさと連れて帰ってもらおう。
そう思っていたんだけど…。
「トォニィ、帰りましょう。」
そう言っても、ふんとばかりにそっぽを向いて言うことを聞かない。
「ママ、そんな聞き分けの悪い子、嫌いよ?」
「ママに嫌われたっていーもん!」
教室で繰り広げられる親子喧嘩に、せっかくの貴重な時間なのに…と疲れてきそうだ。
もう力づくで持って帰ってくれと思っていたけれど。
「じゃあ、カリナ。僕が見ているから、君は買い物でもしてくれば?」
見兼ねてジョミー先生がそう言うのに、びっくりする。
うそ…、まさか本当にトォニィまでお残りになるの?
「でも、ジョミー…。」
…ジョミー先生とトォニィのママは知り合いらしい。困ったように、でも嬉しそうな姿に複雑なものを感じる。
『久しぶりだね、カリナ。』
トォニィの説得を始める前、この教室にトォニィのママが入ってきたときに、先生はそう声をかけた。
『いやだ、気がついていたの?』
ジョミー、と親しげに呼ぶのに、どうやら昔の知り合いらしいとは分かった。
『え?なになに?ママと先生はお友達?』
ごねているはずのトォニィが口を挟む。
『ええ、先生はママが中学生のときのお友達なの。』
説得に来たはずのトォニィのママまで、わずかに頬を染めて微笑んで言う。
…大人の世界はよく分からないけれど、どうもトォニィのママはジョミー先生に憧れていたか、男女の付き合いあったようだ。
…ジョミー先生の争奪戦が激しいことは分かっていたけれど、こんなところにまでライバルがいたなんて…。
でも、僕は負けないから!
そう、心の中で決意するのだが…。
とにかく…、当面はトォニィだよな。ジョミー先生も早く帰れって言ってやればいいのに。この調子では一緒にお残りになりそうな雰囲気…。
…どうしてこうなるんだろう。
5歳児にしては相当なストレスを感じて、ブルーはため息をついた。
4へ
ジョミー争奪戦は厳しい…。
ちょっと長くなりそうだったので、『ブルー、初めてのお残りさん』編は続きますー。 |
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