新任の先生を見たときの第一印象は、幼稚園に男の先生なんて珍しい、ということだけだった。そのときは本当にそれだけだったのに。
いつの間にこんなに気になるようになったんだろう?
僕が初めて彼に会ったのは、ある日のお遊戯の時間が終わったあとだった。
「さあ、みんな。新しい先生を紹介するわよ。」
シャングリラ学園幼等部年中組の担任、スウェナ先生が、パンパンと手を叩いた。
目を向けると、スウェナ先生の隣に金髪の背の高い男の人が立っているのが見えた。柔らかい金の髪にぴったりな優しげな緑の瞳。その視線がブルーの上に止まる。
彼ににこり、と笑いかけられるのに、こちらも笑顔で返す。こうしておけば、悪い印象は持たれない。
僕は平均よりもかわいい顔立ちをしているから、自分の笑顔が持つ効果はよく分かっている。こうして常に大人に愛想よくしていれば、大抵のことは見逃してくれるし、庇ってもくれる。
「ジョミー先生よ。今日からみんなと一緒にお遊戯したり、お歌を歌ったりしてくれます。」
ジョミー・マーキス・シン。それが彼の名前だった。ジョミー先生はにっこり笑うと、みんなを見渡して頭を下げた。
「はじめまして。これからみんなといっぱい遊んで、仲良くお話したいと思っています。よろしくお願いします。」
そして。
ジョミー先生はすぐにみんなの人気者になった。
「ジョミー先生、もう一回!飛行機みたいに飛ばして!!」
「トォニィ、順番でしょ?次は私なの!」
「こら、喧嘩したらダメじゃないか。」
優しいし体力があるので、ジョミー先生はよく遊んでくれるし、活発な男の子が好きな荒っぽい遊びも難なくこなす。特に、同じ年中クラスのトォニィなんかは、べったりとくっついて離れない。
「ジョミー先生、大変ね。」
いけない、今はスウェナ先生の手伝いをしていたのだったと思い出す。
お便りホルダーと呼ばれるものに、プリント類をはさんでいく作業だが、スウェナ先生が一人でやっている姿を見て、自分から手伝うと申し出たのだ。それなのに、ついジョミー先生が園庭でクラスメイトと遊んでいる様子が気になって、じっと見ていて手が止まってしまっていた。
「ね、ブルー。先生はとっても助かるけど、みんなと遊びたかったらお外に行って来てもいいのよ…?」
お手伝いはもういいから、と笑顔で言われるのに、首を振る。
「別に遊びたいとは思わない。」
「あら、そう?」
…少しはジョミー先生に興味があったけれど、外に出るよりは、こうして先生の手伝いをしていたほうが得だと思っていた。それは、大人に良いイメージを持ってもらうための知恵だ。
大人というものは、手のかからない子供ほど喜ぶ。それに気がついたのは随分と前だったと思う。だから、なるべく手のかからない聞き分けのよい子を演じてきた。だから、僕はほかの子供と違って、おもちゃの取り合いなんかで喧嘩することはほとんどないし、泣いたりすることもない。
ブルーはいい子ね、他の子供たちも見習ってくれるといいのだけど、と何度言われたのか覚えていないくらいだ。だから、他の子供と交わって馬鹿みたいに騒ぐのは大人のイメージを下げることになると思って、結局こうして先生の手伝いをしているか、おとなしく本を読んでいる。
…それが楽しかったわけでは決してないけれど。
「あれえ、ブルー、こんなところにいたんだ。」
ふと手を止めて目を上げると、ジョミー先生が窓からこちらを見下ろして笑っていた。
「いないからどこに行ったのかと思っていたら。」
…探していた…? 僕を?
どきん、と胸が鳴る。
「そうね、ブルーも遊んでいらっしゃい。手伝ってくれたおかげで早く終わりそうだから。」
え…?
外に出るつもりなどまったくなかったのに、そんな風に言われて戸惑っていると、ジョミー先生が手招きする。
「あの、僕はいいです…。」
遠慮がちに近寄ってそう告げると、ジョミー先生は首を傾げた。
「外は嫌い?」
そうじゃ…、ないけど。
「先生、疲れたでしょう?だから僕はいい。」
そう言って大人に対する気遣いを見せる。
さっきから動き回っていて、今も息が切れているくらいなのだから、当然疲れてはいるだろう。そう思って笑顔も添えて言ってみたのだが。
「…子供が大人に気を遣うものじゃないよ?」
むっとした表情で言われるのに、驚いた。
こういう場合、『ブルーはいい子だね。』という反応が当然返ってくると思っていたのに…。戸惑っていると、ジョミー先生はさらに続けた。
「僕はそんなことを言われても全然嬉しくない。」
大人の前でいい子にしていることを、すっかり見透かされたような気分になって、ぎくりとした。いや、それ以前に…。
ジョミー先生に嫌われたと思っただけで、ひどく…、悲しい気分になった。
…どうしよう…。
計算づくの思惑を見破られたと感じたショックだけではない焦りに、途方にくれる。
「だから、一緒に遊ぼう。」
しかし。
次にはまぶしいほどの笑顔を向けられ、呆気にとられていると、突然ジョミー先生に抱きかかえられた。
「さ、行こう。」
ジョミー先生の腕の温かさと、力強さ。そして、日の光を反射する金の髪の輝きと若葉を思わせる緑の優しい瞳に、つい見惚れた。
最初に会ったときから、目鼻立ちは整っているなと思ってはいたけれど、こんなに綺麗な人だったなんて。颯爽とした雰囲気と清々しい匂いが感じられて、自分を抱き上げて笑顔を浮かべるジョミー先生から、目が離せない。
「あ、ずるい!僕も、僕も!」
不満そうな声に下を見ると、トォニィが頬を膨らましてこちらを見ていた。
「ダメだよ。今度はブルーの番だから。」
「えー!」
トォニィを軽くいなして、ジョミー先生は僕を抱いたまま軽く走り出した。
「怖かったらそう言ってくれていいからね…!」
怖いだなんて。
すごく楽しくて、嬉しかった。本当に空を飛んでいるような気分になって、こんなに楽しかったのは生まれて初めてかもしれない。
このとき、僕はジョミー先生のことが好きになったのだと、そう思った。
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黒い園児ブルーと保育士ジョミーです。謹んでfullmoonさまに差し上げます〜♪
リアルでこんな子供がいたらイヤだなと思うけど〜。この後は、ブルーvsトォニィの展開のような気が…。 |
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