久しぶりの地球に降り立って感じたのは、3年前と変わっていないということ。その事実が嬉しくて、ほっと息をついた。
…ソルジャーにはワガママを言ってしまったけれど…でも来てよかった。
そう思いながら改めてサングラスをかけなおした。どこで誰が見ているかわからないし、この先何があるか分からない。そのためには万が一の用心が必要だ。そう考えながら、まずどこに行こうかとまわりを見渡した。
…そうだ、昔のままなら、この先に一般人向けの軍事施設があったはず。そこから軍のネットワークにアクセスすれば、キースやシロエの情報が得られるかもしれない。
もちろんそれには危険を伴うので、慎重に行わなければならない。そう自らを戒めてから歩き出した。危険は自分だけでなく、友人にも降りかかることになるのだから。
この施設は、主に地球防衛軍の広報施設として使われている。用途は一般市民の見学、軍事イベントなどだ。一般市民にプラスイメージを持ってもらい、グランド・マザーへの忠誠を養うためのものだから、万が一の場合にも表立って銃器が登場することはないだろう。
ジョミーはさりげなく周囲を見渡してから、施設内に足を踏み入れた。
実は、ここには数ヶ月だけ配属されたことがある。だから、当時の同僚がいると厄介な話になる。だが、幸い顔見知りはいないようだ。
…それにこっちも変装してるし。
そう思いつつ、何十台もある一般向けの端末に近づいた。
…きっとキースは昇進しているよな? 別れたときは、中佐だったっけ。それなら、大佐かそれ以上か。シロエも、多分ここに来ているはずだ。口を開けば憎まれ口ばかり叩いている二人だけど、きっと仲良くやっているだろう。
端末に触れ、まずはプレスリリースから開く。とりあえず、自分のいなかった3年間、この世界で何があったのか、知りたいと思った。該当のページをクリックし、字面を目で追って。
どきっとした。
『不適格者判定により、不適格者を処分。』
不適格者…って…。
それは一般人には分かるまいが、ミュウのことだろう。その最初の記事は自分が脱走して1ヶ月後のことだ。タイミング的に、同じようにミュウ化するものを警戒して検査を行ったように見える。その後、定期的に同じ表示が見える。これは、成人検査を経たあとも、自分のようにミュウ化するものがいるのではないかと警戒して、ミュウ検査を実施しているためだろう。
そして…どうやらそれは見事に当たっていたらしい。
誰がミュウと判定されたのか、そして何人が処分されたのか、処分の内容はどんなものなのか。詳細は分からないが、想定できないことではなかったのに…。何故しっかりと情報収集しておかなかったのか、もっと早く地球に降りて、確かめるべきだったとジョミーは唇を噛んだ。
人類側からの攻撃が激しくなったようだとブリッジクルーから聞いていた。そのときによく考えていれば、この事態は想像がついただろうに!
…そうだ、キースとシロエなら…。
二人なら、地球防衛軍の中枢にいる。もっと詳しい話が聞けるかもしれないと、さらに画面に目を走らせて…ジョミーはさらに目を見開いた。
『キース・アニアン准将、地球防衛軍特別部隊司令に就任』
つい数ヶ月の記事。あれから2階級昇進したらしいキースの写真入りの記事に…信じられないような気がした。
特別部隊とは…自分の直感を信じれば、おそらく対ミュウ殲滅を目的としたものだ。ミュウの存在が公にされていないため、その文字が表に出てくることがないことを考えれば、納得できる。
でも…だって、キースはミュウである僕を逃がしてくれたんだ。そのキースが、なぜ…。
しかし、画面を見ているだけでは答えは出ない。
もし…ミュウと人類の戦争でも始まれば、僕は…キースと戦わなきゃいけないの…? そんなこと、冗談でもしたくない…!
ジョミーの心に、かつて敵として戦わなければならないと思ったソルジャー・ブルーのことがよぎった。あのときも、この人と戦うなんて絶対にいやだと思ってひどく切ない気持ちになった。
…どうして…人類とミュウは敵同士なんだろう…?
ジョミーはしばらく画面を眺めつつ呆然としていたが、やがてきっと顔を上げるとこぶしを固めて立ち上がった。
確かめなきゃ…キースに会って、どういうことなのかを説明してもらわなきゃ。キースはキースなりに、何か考えがあるんだろう。いや、きっとあるに違いない…! 自分などよりも思慮が深く、ともすれば単純な話もひねくれて考えてしまう奴なんだから!
そう思って端末を元の画面に戻し、その場を後にした。
このときのジョミーには、無理はしないでくれというソルジャー・ブルーの言葉はすっかり頭から消えうせていた。
夜。黒のリムジンが高級住宅に横付けされた。
「アニアン閣下、到着いたしました!」
おそらくキースの側近だろう栗色の髪の青年が、運転席から降りて後部座席を開いた。キースは無言で車を降りると、その反対側の席から亜麻色の髪の青年も同時に車を降りた。こちらも側近なのだろうが、二人とも印象がまったく違う。
栗色の髪の青年は、日に焼けた精悍そうな顔立ちの、いかにも軍人らしいイメージだが、亜麻色の髪の青年は、それに比べれば女性的で色白でなよやかに見える。
「では、明日9時に迎えに参ります。失礼します。」
栗色の髪の青年はキースに向かって敬礼すると、自分の上司がうなずくのを見届けてから、再び運転席に乗り込んだ。そして、キースともう一人の側近を残したまま、車を発進させた。
キースはそれを眺めたあと、無言で門に手をかけた。ひどく疲れて見えるのは、夜のせいだろうか…?
「…では…何か軽いものでも…」
亜麻色の髪の側近は、そういうとキースとともに家の中に入ろうとして。
何かの気配を感じたのか、立ち止まってあたりを見渡した。
「…マツカ?」
「気をつけてください、キース、誰かいます…!」
…ミュウ…? どうしてこんなところに…!
そう思ったのはどちらだったのか。
マツカと呼ばれたミュウは、はっとして木の上に視線を移した。ざっという音ともに大量の木の葉が宙を舞う。それが、一斉に二人に降りかかった。
「……!」
だが。鋭い刃と化した木の葉は、そこでぴたりと止まった。まるで、空気の壁のようなものが二人の前につくられたように見えた。
『キース、早く中へ…!』
緑色の光を全身から発したマツカは、背後のキースにテレパシーを送っている。
どういう…ことだ? キースの傍に…ミュウがいるってことは…。しかも…あのミュウは…対ミュウ部隊を指揮するキースを守ってる…?
木々の間から二人を見ながら、ジョミーはこれは一体どういうことなのか、分からなくなっていた。
「…! そこか!」
緑に染まった瞳がこちらを向いた。
…しまった…!
激しい衝撃。タイプ・グリーンに似合わぬその力に、ジョミーはとっさに防壁を張った。しかし、すさまじい力でその防壁ごと吹き飛ばされる。
…タイプ・グリーンでこのパワーは、シャングリラにもいない…!
木の枝から振り落とされたジョミーだったが、身体をくるりと半回転させ、道路に降り立った。
「ジョミー…?」
その様子を、キースが驚いたように目を丸くして見ていた。
「キース…。」
3年ぶりの再会。だが、ジョミーもそれっきり言葉が続かず、黙り込んでしまう。その二人の様子に、タイプ・グリーンであるマツカもサイオンの光を消して二人を見守った。
「…久しぶりだな。元気か」
しかし、キースはふっと表情を緩め、懐かしそうにジョミーを見遣った。
「うん…。」
久しぶりに見るキースは、少しやつれただろうか…。
「…こんなところじゃ話もできん。さっさと中へ入れ。」
…悪くすれば通報されるかと思っていたが、キースにはそんなつもりはさらさらなさそうだ。それに…。
こちらをじっと見つめるマツカというミュウに視線を移す。
…対ミュウ部隊を指揮するキースが、側近にミュウを置いているのは、どういうことだろう?
ジョミーの思惑にはまったく気がつきもしないらしく、キースはさっさと門扉を開けて屋敷の敷地の中に入っていく。それを慌ててマツカが追った。
キースとジョミーは、応接セットに向かい合って座った。しかし、お互い話そうとしないまま、時間だけが過ぎていく。
「…コーヒーをお持ちしました。」
マツカが二人分のコーヒーカップを運んできた。
「もういい、下がっていろ。」
キースは横目でちらりとマツカを見て、首を振った。マツカはそれに黙ってうなずくと敬礼をしてからそのまま応接間を出て行った。
顔を上げれば、キースの軍服の階級章が光っているのが見える。准将のしるしだ。
…いろいろと聞きたいことがありすぎて、何を言えばいいのか分からない。キースの現在の役職や、その地位に就いた真意。それに、ミュウ殲滅のための部隊の司令の傍にいるミュウの側近。
…マザー・コンピューターはミュウの存在自体を認めない、毒をもって毒を制すというつもりではあるまい。
ジョミーは再び目を落とす。
人の心を読もうと思えば読めるのだろうが…そんなことはしたくない。できれば、キース自身の口から、彼の考えを聞きたい。
「シロエだが。」
突然、キースが口を開いたのではっとした。
「ミュウ検査の結果、陽性と判定された。」
「え…っ?」
ジョミーは目を見開いた。
「そんな馬鹿な…! シロエは成人検査を通過したはず…。」
「成人検査通過後、ミュウと判定された例をお前は知っているだろう。」
それは、ほかでもないジョミー自身。それまでは、ミュウであれば成人検査までに判明するものと思われていた。
キースはコーヒーを一口飲んでから、ふっと息を吐いた。
「…あれから、何度かミュウ検査を繰り返した。その結果分かったことは、成人検査を通過するミュウ因子を持ったものほど力が強いということ。しかも、エリートであるメンバーズほど発生率が高い。」
そこでキースは顔を上げ、マツカが出て行った方向を見遣った。
「…あれはメンバーズではなかったが、どうやら成人検査がきっかけでミュウ化したらしい。…まったく、きりがない。」
その言葉に、ジョミーは自分の耳を疑った。
キースは僕を助けてくれた。その彼が…どうしてそんなことを…?
「収容施設も満員だ。どこかに移したいくらいだな。かつてミュウを一箇所に集めたことがあるらしいが…ああ、あれはその惑星にミュウが大量発生したという話だったか。」
「キースっ!」
キースの言った惑星は、アルタミラのことだろう。それは、ソルジャー・ブルー自身が体験した、人類によるミュウの大虐殺。
まさか、キースはそんなことをまたしようというのか…? だとしたら…絶対に許さない…!
ジョミーの怒りを表すかのように、青い光が身体を取り巻く。それが見えていないわけでもあるまいに、キースは平然としたものだ。
「直情型は変わらないか。」
薄笑いまで浮かべるほどの余裕だ。
「…黙れ…!」
これだけ怒っていて、サイオンが発動しないのは、一重にシャングリラでの訓練によるものだろう。
しかし、次にキースがアルタミラの悲劇を繰り返すようなことを口にすれば、サイオンが押さえられるかどうかは分からない。そのくらい…凄惨きわまる光景だったのだ。
「シロエのいる収容施設の場所は、この周辺都市にあたるヴァナヘイムにある。」
「それ以上言えば…! って、え…?」
そう思って身構えたのに…突然話が変わってしまい、ジョミーは目を白黒させた。
「来週にも別の施設に移されると聞いている。救出するなら、今がチャンスだろうな。」
激した感情がウソのように静まった。
…今、何と…? シロエのいる施設はヴァナヘイムで、来週には別に移される…? だから、救出するなら今がチャンス…?
「キース…?」
「今度ばかりは俺は手助けができん。お前なら気付いているだろうが…俺はミュウを殺すのが仕事だからな。」
…けれど…それはミュウを殲滅するための役割を担う人間の言葉とも思えない…。
しかしキースはこちらをちらりと見ると、無感情につぶやいた。
「お前が連れて行けるのなら…迎えに行ってやってくれ。」
そういいながら、次にはふっと外を見る。それは、周辺都市ヴァナヘイムのある方向だ。鉄面皮とまでいわれた表情だが、薄い青の瞳が辛そうな色を浮かべているのは、気のせいではあるまい。
罠、だろうか?
そんなことを考えたが、キースはそんな奴じゃないと思っている。罠にはめる気なら、わざわざ家の中に入れたりはしないはずだ。
「…ヴァナヘイムの…どこだ?」
慎重にそう問うと、キースがこちらに視線を移す。
『東側の砂漠地帯。サイオン封じのシールドは最大レベルだ。タイプ・ブルーであっても簡単にはいかない。』
続いて、細かい地図上の位置が思念波に乗せて送られてくるのに、キースはミュウじゃないはずなのにと驚いたが。
「…マツカといると、このくらいはできるようになった。」
そう言ってキースは苦笑いした。そして、ああ、と思い出したように息を吐くと、ジョミーを見つめる。
「ついでに、あいつも連れて行ってくれ。」
何の気負いもなしに言う。しかし、この短い時間で感じた二人の関係は、単なる主従関係といったものではない。
それを…引き離すようなことをしていいのだろうか…?
「…けど…。」
「…あいつにとっては、ここは居心地が悪いだろうからな。」
ぽつりとつぶやく姿に、複雑な気持ちになった。それはキースの本心ではあるまい。だが、その台詞に一理あることも確かだ。
「…彼が納得したら。」
そういうと、キースは「そうか」とつぶやいただけだった。その姿が…ひどく寂しそうに見える。だから。
「…キースも…一緒に来るか?」
立ち上がりしなそういえば、キースは怪訝そうな瞳を向けてきた。シャングリラへ、というと、今度は首を振った。
「…俺は陰性だ。」
…彼が言うのはミュウ検査のことだろう。
「関係ないよ。ソルジャーはそんなことなんか気にしない。」
「そうか? だとしても、別のことを気にしそうだがな。」
…何のことだろう?
キースの目が面白そうに瞬くのに、今度は反対にジョミーが訝しげになる。だが、それも一瞬のことで、キースはすぐに厳しい目つきに変わった。
「俺は行かない。ここにあることが、俺の役割だ。」
そう言い切る姿に、ジョミーは次に言う言葉を失う。
…キースは…たまに難しいことを言う。でも、それがキースらしく感じられることも確かだった。
「うん…。」
でも…キースがここにいれば、もしかするとミュウと人類は手を取り合えるかもしれない。
何となくそう思って…うなずいてしまった。
3へ
で、お久しぶりの里帰り! なんか里帰りというと、すごく楽できそうな気がするのに、まったくそんな気配もなく…。ああ、だけど途中でブルーとのデートも入れたいなあ♪ |
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