人も寝静まった住宅街。ジョミーは静かな街をゆっくりと歩いていた。
『僕は…行きません』
キースに別れを告げて、隣接する控えの間のような小部屋に寄って、マツカと呼ばれたミュウに一緒に来るかと訊いたときの彼の答えだ。こちらの申し出に驚いたようだったけれど、その決意は動かしようがないらしい。迷うような素振りもなかった。
がっかりしたけれど、キースのそばにいる彼が、今のキースの一番の理解者のような気がして、断られてよかったのだ、とジョミーは強引に思おうとした。けれど…。
ミュウ狩りはこれからさらに苛烈を極めるだろう。このあとの彼の運命は、一体どうなってしまうのか。
そのとき脳裏に浮かんだ最悪の結末に、ジョミーは足を止めた。しかし、すぐにまた歩き出す。
…いや、キースに任せよう。彼ならきっとうまくやる。それよりも今はシロエを助けなきゃ…! そのためにはヴァナヘイムへ行かなければ…。
ジョミーはきっと前を見据えた。
対ミュウ対策は万全の施設だから、キースの言うようにタイプ・ブルーであっても簡単には行かないだろう。とにかく、具体的な計画は現地を見てからでないと立てることができない。ここでいくら考えていたところで、所詮机上の空論。キースも細部までは知らないらしく、施設の位置や大まかな機能までは分かったが、それ以上のことは不明だ。
…しっかりしなきゃ。僕が途方に暮れてちゃダメだろう!
いろんなことが一度に起こりすぎて、ともすれば混乱しそうな自分を叱咤する。そうしないと、立ち止まって前に進めないような気がしたから。
とにかく…なるべく目立たない方法で、早く現地に行かなければ。それに、シャングリラはしばらく地球の付近を周遊するだろうから、最接近するときを見計らって助け出したほうがいいな。事前にキャプテンとやり取りが必要になる。いつ、どのタイミングで救出するか、シャングリラの部隊と、どこで合流するか。
考えることは山のようにある、とジョミーは足を速めようとしたそのとき。
「寂しいことだな。君はひとりで収容施設に乗り込む気なんだね」
何の気配もなかった背後からそんな言葉がかかって、ジョミーは慌てた。振り返ると、数日前に別れてきた佳人の姿がそこにあった。
「そ…っ、ソルジャー!?」
本当に? 生身なの…!?
まず考えたのが、なぜこの人がこんなところにいるかということ。ソルジャー・ブルーは『タイプ・ブルー、オリジン』として、ミュウの代名詞にすらなっている、唯一無二のミュウの長だ。そんな人がなぜこんなところに…? まわりを見ても、誰もいない。ということは、この人はひとりでここに来たのだろうか。この人の力をもってすれば、そんなことは簡単だ。でも…。
ジョミーはそれ以上言葉を継ぐことができず、呆気にとられて彼の人を見つめた。
ソルジャー・ブルーがブリッジに立つことはほとんどない。けれど、この人はいるというだけでシャングリラ全体に安心感を与えることのできる、稀有なオーラの持ち主だ。そんな人をよくぞ送りだしたものだ。というか…。
「君が、元メンバーズ・エリートで、サイオンを封じられていても十分に戦えるということはよく分かっている。けれど、少しくらい僕を頼ってくれてもいいんじゃないかな」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ…! それよりも、あなたがここにいることをキャプテンは知っているんですか? それに、フィシスは…? まさかと思いますが、黙って出てきたわけじゃないでしょうね!?」
「おやおや。数日ぶりに会うというのに、わが婚約者はつれないことだな」
そういわれるのに、ジョミーはつい脱力してしまった。
「ソルジャー…。その話はもう止めてください」
そんな子どものした約束で僕を冷やかさないでください、と続けると、楽しそうだったソルジャー・ブルーは一転してため息をついた。
「…冷やかしているわけじゃないんだけどね」
まだジョミーのサイオンが発現していなかった5歳のころ。ジョミーを連れ出そうとアタラクシアに出向いたソルジャー・ブルーは、成り行きでジョミーの婚約者となったそうなのだ。しかも、ジョミーはソルジャー・ブルーにおもちゃの婚約指輪まで贈ったらしい。ちなみに、そのときの記憶はジョミーにはない。成人検査のため、14歳以前の記憶をほとんど失ってしまっているからだ。
だが、ブルーはそのことを指して、よくジョミーを『僕の婚約者』と呼ぶ。しかし、ジョミーはソルジャー・ブルーが単に自分をからかっているだけだと思っているのだが…。
でも…この人の顔を見ていると、ほっとする。それに、今の言葉に怒りもそがれてしまったことだし。
ジョミーは苦笑いすると、目の前の彼の人を見つめた。
「いつ地球へ…?」
「君のことがずっと気になっていたからね。ついさっきだ」
ゆったりと微笑む彼の人の、薄紫のマントに身を包んだすらりとした姿。そこだけがまったく違う空間に思えてしまう。それほど、この人のかもし出す雰囲気は悠然としていた。
「でも…あなた自らがわざわざ来なくたって…。早く船に戻ってください、ここは危険ですから」
「危険なことを言えば、君も同じだ」
「でも、あなたはミュウのソルジャーです! もっと自分の立場をわきまえて…!」
「ジョミー」
少しばかり強い調子で遮られて、ジョミーははたと言葉を止めた。
「君が僕を気遣ってくれるのはよく分かった。でも、先に一言言わせてくれるかい?」
「な…何を…?」
紅い瞳に見つめられ、ジョミーは心なしか一歩下がる。
「君のことが心配だった。君は、僕が無理をするなと言っても、無茶をしでかしそうだからね」
微笑みながら言われた言葉に…。途端にジョミーは気持ちが緩みそうになってしまった。
キースの変わりよう、そしてその側近のこと、シロエの情報…。ほんの数年地球を離れただけなのに、急に事態が様変わりしていたため、途方にくれそうになったのはつい先ごろのこと。
「げ、元気ですよ! それしか取り柄がないんですから!」
その様子に、ソルジャー・ブルーはくすっと笑ってジョミーの前に進んだ。
「そうだね。でも、こんなときくらい素直になってくれてもいいんだよ?」
「何の…ことでしょうか」
どきん、とジョミーの心臓が鳴った。
ジョミーの前に立つ彼の人は、自分よりも少しばかり背が低い。その事実に気がつくまでしばらくかかった。尊敬するソルジャー・ブルーは、懐の深い、器量の大きい人だったから、まったく気がつきもしなかったのだ。
「君の笑顔は僕の太陽のようなものだ。だから、君が無理をしている姿は見ていたくない。幸い、ここには誰もいない。辛いなら辛いと、言ってくれてもいいんだよ…? 今は夜中だから外出するものはいないし、ここはシャングリラではないからうるさく言う長老たちもいない」
優しい中に茶目っ気たっぷりにそう言われて。ジョミーはおかしくなってつい吹き出してしまった。
…この人は、いつもこうだ。凛とした雰囲気を漂わせる、絶対無比にして最強のミュウのソルジャーであるにもかかわらず、こういうつかみどころのない一面も持っている。
「わ、笑わせないでくださいよ。そんな言葉を長老に知られたら…いえ、それ以前にあなたがこんなところに来ているなんて知ったら、どんな小言をもらうか…」
「言わせておけばいい」
対するソルジャー・ブルーは平然としたものだ。ゆったりと微笑んでジョミーを見つめてくる。
「気にしなければいいんだ。そんなことより、君は僕の忠告を無視して、何かやらかす気だったんだろう?」
意地悪そうな笑顔でちらりと視線を送ってくる彼の人に、ジョミーは苦笑いした。
ソルジャー・ブルーは、ジョミーと同じタイプ・ブルーとはいえ、得意とする方面が違っている。ジョミーがサイコキネシスなどの念力系統が得意なら、ソルジャー・ブルーはテレパシーに代表される精神感応に類するものを得意とする。ゆえに。
…ソルジャーの前では、隠し事は無意味だ。
そんな結論になる。
「それなら、事情を話してくれるとありがたい。せっかくここに来たんだ、君の助けになりたい」
「…話さなくても分かっているでしょうに」
「おや。僕が何でも分かっていると思ったら大違いだよ。それに」
彼の人は目を細めてジョミーを見つめる。
「口に出したほうが、気が楽になる場合もあるんだよ」
そう微笑みながら言われるのに、すぐに言葉が出てこない。
…この人には敵わない。
ジョミーは彼の人を見つめながら、そう思っていた。
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シャングリラでは、二人っきりになれるような、なれないような…なので、こんなおいしいチャンスをブルーが逃すはずありませんとも♪
それにしても、トップ会談のデート風景がダブりますねえ。 |
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