キースは予告したとおり、きちんとやってきた。
「どうだ?ちょっとは使えるようになったか?」
サイオンは?とにやにやしながら言われるのに対し、こいつ絶対分かって言ってるだろう!と腹が立った。
「なるわけないだろ。」
「そうか。まあ、お前は問題児だから仕方ない。」
いちいちむかつく奴!
「それでお前、まだ体力と気力は残っているか?」
「…何の話?」
「脱走する気があるか、と聞きたい。」
「だ…っ!
お前、なんてこと言ってんだよ!!」
当然盗聴器は仕掛けられているだろう。軽々しく、脱走などと口にしていいはずがない。
「心配しなくても、盗聴器も監視カメラも電源を切ってある。」
「な、にやってんだよ!そんなことバレたらただじゃすまない!!」
昨日、サイオン封じのシールドを切ったと聞いたときも驚いたというのに、今度は盗聴器と監視カメラである。
「仕方ないだろう、お前がサイオンを使いこなせないというのだから。」
「僕のせい…?」
そうか、それだけ危険を冒してくれるのは、僕を助けようとしてくれているから…。
ジョミーのつぶやきに対してキースは何も言わなかったが、代わりに嫌悪感を覗かせながら口を開く。
「お前は知らないだろうが、ミュウの実験施設は悲惨の一言に尽きる。すでに彼らは人間扱いされていないからな。」
そう言われて、マザーの言葉を思い出した。ミュウはモルモットだと断言していたが、収容施設ではまったくそのとおりのことが行われているとは。いや、言ってみればマザーがこの世界の支配者なのだから、彼女がそう言うからには、それも当然の話なのだ。
「お前をそんなところに送りたくない。
…たとえこの後、お前がミュウとして俺と戦わなければいけなくなったとしても。」
「…そんなこと、できるはずないよ…。」
人間とミュウだからといって、なぜ友達同士が殺し合わなきゃいけないんだろう。
あの人が人間との話し合いの席についたように、共存の可能性を模索するのは可能なことではないだろうか。この先、キースと戦わなければいけないなどと考えたくもない。
「だからお前は甘いというんだ。」
と言いつつ、ふと苦笑いする。
「しかしそれは俺も同じか。」
甘いわけじゃないと思う。けれど、今のSD体制はそれを許さない。
大体、こんなに遅くなってミュウ化するケースが稀だから、そんな問題が起こるのだろう。大抵は成人検査、記憶の消去の際に人間とミュウとに分かれるため、ミュウを別種族、ひいては敵として見ても違和感がなかったのだ。新たな価値観が刷り込まれるのと同時なのだから。それも、結局はSD体制の作り出した意識と考えれば、ミュウだけでなく人間もその被害者である。
しかし、その話を始めると、悲観的な話にしかならないし、今どうこうできる問題ではない。
「でも、脱走してもどこにも行くところがないし…。」
実験施設に行くのも嫌だが、ここで脱走したら自分の立場は一体どうなってしまうんだろう。SD体制の管理下からは完全に外れてしまい、自分の存在自体、何を拠り所にすればいいのか分からなくなる。
そうだな、と言いながらキースは空を仰ぐ。
「これは未確認情報だが。
ミュウの母船はまだ地球の衛星軌道上にいるらしい。」
「え…?」
まだいたの?と思ってしまった。
いくら宇宙空間だからといって、監視衛星だってあるのに危険じゃないか。
「つまり、まだあの男はお前に執着があるということだろう。」
「あの男って…?」
「ソルジャー・ブルーだ。
ミュウの長老を逃がして、その後お前をあの地下まで迎えに来たくらいだから、そう簡単にあきらめきれないんだろう。まったく女々しい奴だな。」
「キース、その言い方はソルジャーに対して失礼じゃない…?」
あの男扱いに加えて、女々しいだなんて。
ソルジャーの外見が女性的なのは一目瞭然だけど、話してみるとさすがはミュウを束ねる長だけあって、とても一筋縄ではいかない気がする。いや、こちらよりは二枚も三枚も上手だろう。
…それにしても、あのとき遅くなったと詫びていたのは、先に長老たちを逃がしていたからなのか。
「失礼だろうが何だろうが、お前に振られたくせに未だに恋々としているところは未練がましいとしか言いようがない。」
またひどい言いようである。
キースって、ソルジャーに対して何か恨みでもあるのか…?
そんな邪推までしてしまう。
でもちょっと待ってよ、今キースはなんて言った…?ソルジャーが僕に、振られたって…?
「別に僕はソルジャーを振ったわけじゃ…。」
そもそも、振る振らないという前提自体がないのだから、そういう話にはならないと思うのだが。
「しかし、お前を迎えに来たあの男を強制的にミュウの母船に帰したのはお前自身だろうが。言ってみれば、お前はあの男の申し出をにべもなく断ったようなものだろう。」
「え!?そういうことになるの!?」
「違うのか?」
「そんなつもり、全然ないって!」
急に不安になった。
そんな風にあの人に思われていたらどうしよう。
「まあ、どちらでもいいが、あの男は今もお前を待っていることには違いないんだろう。」
「どっちでもよくないって!」
こんな場合だけど、それは重要な問題だ。
「そんなつまらないことに、こだわることもないだろうが。」
「だって…。」
「弁解するなら、あの男に直接したらどうだ?
さっきも言ったが、ミュウの母船はまだ近くにいるらしい。おそらく、お前が実験施設に移送されると踏んで、そのときを狙って助け出すつもりでいるんだろう。だが、それはこちらも警戒しているからな。」
僕の移動を待っている…?あの人はまだ僕を待っていてくれているの…?
「お前に脱走するつもりがあるなら、俺の考えに乗ってみないか?」
「キース…?」
『ミュウの船は、サイオンによるバリアに守られているため、レーダーに写らないらしい。
そのため正確な位置が分からないのだが、広域的なサイオン検知器により地球の衛星軌道上にそれらしきものの存在が確認されているそうだ。
しかし、彼らはさらに高性能のステルス技術まで開発しているようで、そのサイオン探知機も、あまり役に立たないという。増してや攻撃目標などにするほどの精度はない。』
…驚きである。ミュウは完全に人間とは別個の文化を持っているので、軍備や教育などいろいろなものにおいてこちらよりも数十年くらい遅れているような気がしていたのだが。
キースも、ミュウとのトップ会談があると知らされて初めてミュウのことを調べ、その科学力の高さに驚いたという。
『多分、あと一週間ほどでお前の処分は決まるだろう。
ミュウ発現後2体目のタイプ・ブルーだ、簡単に殺すとは思えない。実験施設に送られて、ミュウ攻撃の参考とする実験体になるか、それとも、反対に洗脳してミュウ殺しをさせる道具にするか。
うまく使えば、ソルジャー・ブルーをも凌ぐ破壊力を持つ地球側の最終兵器にできる可能性は十分にある。』
そんな、人間を兵器だなんて…といいかけたが、キースの目は冷めていた。
『お前はマザーの恐ろしさを知らん。
洗脳されて、マザーの意のままに操られたら、お前はそうとは気づかないままソルジャー・ブルーと戦う羽目に陥るんだぞ。』
たとえ話だとしても、ぞっとする。増してや、キースはそれが現実に行われる可能性があるという。
洗脳されてあの人と戦って、考えられないけど、もし僕が勝ってしまったら…?そうなったらどうなるんだろうと思うと、寒気がした。
逃げなきゃ。
絶対あの人を傷つけるようなことは、したくない。
『お前の移動が始まれば、おそらくあの男も動き出すだろう。
こればかりは、多分に希望的な予測が入ってしまうが、ミュウと連絡をつける術を知らんのだからどうしようもない。』
すまんな、というキースに、首を振って答える。
『ここまで教えてくれてありがとう。
ミュウの船と合流できなくても、何とか逃げ切るから。』
『ほとぼりが冷めたころに連絡してこい。シロエの奴と祝杯でもあげてやる。』
『気が早すぎだよ。』
サイオンが使えれば一番いいんだろうけど、こんな出るか出ないか分からない力を当てにしていても仕方ない。一応はメンバーズだったんだから、ここは自分を信じて乗り切るしかない。
「ジョミー・マーキス・シン。出ろ。」
ついこの間まで、ミュウ化したのなら捕まったり殺されたりするのも仕方ないと思っていた。でも今は違う。
…絶対、逃げ延びてやる。
できればそのあとにあの人に会って、あなたをミュウの船に送り返したのは、決してあなたの厚意をはねつけたわけじゃないと釈明して…。でも許してくれなかったらどうしよう。
なんだか、そっちのほうがよほど問題に思えてきた。
いつも優しそうに見える人ほど、怒ると恐いって言われるし、あの人が怒ったら一体どんな感じになるんだろう。
そんな緊張感のないことを考えていると、ふと目の前に見えた小型宇宙船に、やはりと思った。促されるまま、黙って船内に乗り込む。
ミュウの実験施設に移送というキースの予想は当たった。あとは打ち合わせどおりやるしかない。
あの人は…、ミュウの船は来てくれたらいいくらいに思っておこう。向こうだって、こちらの様子が逐一分かるわけじゃないんだから。
幸い、この宇宙船には何度も乗ったことがあるから、構造も大体分かっている。あとは、どうやってこの船にいる人たちを傷つけないように逃げることができるかだけど、怪我くらいは覚悟してもらわなきゃいけないよな。
船内の閉じ込められた部屋の中で、ジョミーはこれからの段取りについて考えていた。
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またまたブルー、お休み…。次回ようやく再会!で多分、最終回デス☆(変なエピが入って長文化しない限りは…。) |
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