『脱出するなら宇宙空間、しかもワープする前でないと逃げることも難しくなるからな。』
分かっている、宇宙なら地上よりも監視の目が少ない。監視衛星の大体の位置を知っている身としては、宇宙のほうが逃げやすい。また、いったんワープされてしまうと、そこはおそらくミュウの収容実験施設付近だろうから、なおさら脱出が困難になる。
『地上からの攻撃については、何とか止めてみる。』
『そんなことしたら、いくらお前だってただじゃ済まない…。』
『人のことを心配している場合ではないと思うがな。利用できるものは最大限に利用しないと、お前自身が危険だ。
それにお前に心配されるほど、俺は間抜けじゃない。うまくやるさ。』
『でも…。』
『そんなに気になるのなら、今度会うときには一杯奢ってくれ。』
『ええ?祝杯をあげてやるって言ってたじゃないか!』
『気が変わった。』
『なんだよそれは!』
『じゃあ分かった。
最初は俺が奢るから、次はお前が奢ってくれ。』
『まあ、それなら…。
って、逃げる前から何でこんな話になってるんだよ!!』
あのときのやり取りを思い出して、こんなときなのにほっとする。
キース…。逃げ切ったら、絶対に会いに行くから…。
親友への感謝の思いをかみ締めていたとき、突然警報が鳴り響いた。
<合図>だ。
地球の大気圏を離脱し、ワープに入る直前の10分ばかりのチャンス。この警報のために、この船の乗員のほとんどが気を取られているはず。
『いいか。警報が鳴ればそこはすでに宇宙空間だ。地上からの応援は来ないから、遠慮するな。』
うん、構ってられないからね。
隠していた小型の爆弾を戸口にセットして、離れる。ドン、という音とともに、ドアロックが解除された。
コントロールルームまで行って、航行システムをダウンさせればワープは不能になる。その間に逃げる、という筋書きだ。
注意深く廊下に出る。やはり誰もいない。
丸腰なのが不安だけど仕方ない。誰かに会えば、武器でも奪っておこうと考えて。なんだか海賊にでもなった気分だなと思った。あの人と会えなかったら、それでもいいか…。
と、つい自分の考えにおかしくなった。
それも無事逃げてからだよな。
とにかく、コントロールルームへ行かなきゃいけない。この船の大体の構造が分かっているから、こちらとしては動きやすいが、見つからずにうまく辿り着けるかな…?
そう思った矢先、何人かがこちらに向かってくるのが分かった。
しまった、見つかったか!?
そう思って慌てて隠れたが、どうも違うらしい。ジョミーの隠れている場所には見向きもせずに、3人の兵士が走って行った。
…何かあったのかな…?
警報が鳴ったから、と言うわけではなさそうだ。
そもそもが合図代わりで、一時的に乗組員の目をそらすための『誤報』なのだから、すぐに移送対象である僕を疑って様子を見に来てもおかしくないのに。それに、警報はまだ止まない。
とにかく、こちらには好都合。じゃあ、さっさと仕事に取り掛かろう。
そう思ってコントロールルームの前で立ち止まって、意識を集中させて中を伺った。
誰もいないのかな…?
幸い、コントロールルームには人の気配がしない。静かに中に入ってみたが、やはり誰もいない。
何かの罠…、じゃないよな…?
しかし、そんな様子もないように思える。とにかく、航行システムをオフにしなければと思い、ジョミーは制御パネルの前に立つ。
うまく行き過ぎて、怖いな…。
航行システムに新たなパスワードを設定した上で電源を切る。プツン、という音がして、同時に船内に響いていたエンジン音が止まる。
これで、僕がパスワードを入力して再起動しない限りは、この船はワープどころかここから動くことさえできなくなったわけだ。あとは、救難信号でも出して、ゆっくり助けを待ってもらえばいい。
ついでに、すぐに追撃されないようにと自動攻撃システムの電源も落としておく。
さて、今度は脱出するか、と思ってコントロールルームを出ようとしたとき。
『ミュウの船だ!』
誰かの叫びに慌てて周りを見渡した。だが、やはり部屋には誰もいない。と言うことは、この船内の誰かの心の声?少しずつでもテレパシーが使えるようになっているんだろうか?
やっぱり僕はミュウなのかな、と少し感慨深い気分になっていたが、その内容を思い出して、慌てた。
…ちょっと待って。ミュウの船…?
慌ててパネルを操作し、外の様子を画面に投影した。八分割された画面のひとつに、覚えのある宇宙船が映っていた。
白い、船…。
あのときに頭の中に思い浮かんだ船が、太陽をバックに映っていた。優美なその姿は徐々にこちらに近づいてきている。
警報が鳴り止まないわけは、これだ…。
『なぜエンジンが止まった…!?』
『ミュウだ、ミュウの仕業だ!』
あ、いやそれは誤解で…。と思いかけたが、ミュウの仕業には違いないのか、と一人で突っ込んでみた。
でも、本当に来てくれるなんて…。
洗練された外観を持つミュウの船に、ソルジャー・ブルーを思い出していたとき。
『こんなときにミュウの船から攻撃されたら…!』
そのとき感じた誰かの思念に、緩んでいた表情が凍ってしまった。
まさか…?
その考えにどきりとした。
この船はすでに航行不能だ。もしこんな手足をもがれたような状態で、あんな航空母艦クラスの戦艦から砲撃されたら、こんな小さな船は簡単に地球の大気圏に落下し、大破してしまう。
止めなきゃ…!ミュウの船と、ソルジャー・ブルーと連絡を取る方法は…!?
『ジョミー?』
頭の中に響いたその声に、顔を上げた。
前にも聞いたことのある、声だ。そう、あれは会談最終日の会場地下で聞いた声と同じ…?
『ソルジャー…?』
あれは、あなただったんですか…?
「ジョミー。」
今度は間近から聞こえたその涼やかな声に。
慌てて顔を上げると、彼の人の悠然と微笑む姿があった。いつもならば見とれるほどの綺麗な顔立ちだが、今回ばかりはそれどころではない。
いつの間にこんな敵艦まで来ていたのか、誰何する余裕もなかった。
「ソルジャー、お願い!攻撃はしないで!」
その剣幕に、彼の人は笑顔を消して、ジョミーを静かに見つめた。
「この船は航行システムも攻撃システムも停止していて、何もできないから!だから、見逃してください!」
そういうと、彼の人は目を細めた。
「僕は君を迎えに来ただけだよ。」
そして、右手を僕に差し伸べた。
「この船や乗組員には何もしない。誓ってもいい。」
「本当…、ですか?」
「もちろんだよ。」
見れば、ミュウの船も完全に停止していて、砲撃を仕掛けるような気配はない。
…よかった…。
息を吐いて、改めてソルジャー・ブルーを見る。それとともに、はたと思い出したことがある。
「ソルジャー、すみませんっ!」
いきなりの謝罪に彼の人は、今度は不思議そうな顔をする。
「その、前にも僕を迎えに来てくれたのに、それを拒むようなことをしてしまって…。でもそんなつもりじゃなかったんです!僕は…。」
「僕のことを、心配してくれたんだろう?」
穏やかな声。
見ると、彼の人は先ほどと同じようににっこりと微笑んでいる。
「怒って、ないんですか…?」
「怒るわけがない。君は、僕を助けようとしてくれたんだから。」
今度こそ、気が抜けた。宇宙船からの脱出よりもはるかに問題視していたのだから。
もうキースの奴、勝手なことばっかり言いやがって…。何が、にべもなく拒絶しただよ。ソルジャーは怒ってないじゃないか!
絶対、今度会ったときに文句言ってやる…!
キースへの不満が際限なくあふれそうになっていたとき。
「ジョミー。」
「な、何でしょうか?」
綺麗な顔に苦笑いを浮かべながら呼びかけられるのに、今度は何だろうと思っていると。
「僕と一緒に来てもらえないだろうか…?」
言われて、彼の人の右手がずっと差し出されたままだということに気がついた。
「あ…。」
こうやって手を差し伸べられるのは何度目か。そのたびに邪魔が入って、この人の手を取れずじまいだったんだっけ…。
そう思いながら、でも、と躊躇する。
初めてこの人を見たときには、まさかこんなことになるとは思っていなかったから、ただの憧れに似た意識しか持っていなかった。
それから何度か言葉を交わして、綺麗な外見からは想像もつかないような強引なところや子供っぽいところを知って、憧れはもっと身近な感情に変わったけど。
この人はミュウの象徴であり、拠り所でもある。僕一人のものじゃない。こんな感情を抱いたまま、あなたの手を取ってしまっていいのだろうか…?
それでも、そんな風にためらいながらも、おずおずと手を重ねる。
その手に触れた途端、穏やかで優しい彼の人の心の中に、唯一無二の存在であるがための寂しさが見えた気がした。
これだけ永くの間、ミュウの仲間たちと過ごしながら、この人は常に孤独で、たった一人でミュウの先頭に立ってきたんだ。そう、ずっと一人で…。
『…聞こえているでしょうか。』
初めて心の声で呼びかける。
『僕は、僕の生ある限り、あなたともに歩んでいきたいと思います。あなたの隣に立つことを許してくれますか…?』
もし聞こえているのなら応えて、と。
『喜んで。』
神妙な中に嬉しさが見え隠れするような、「声」。
テレパシーによる会話には、こんなに感情が反映されるのかと驚いて。
『この先君と歩いて行けるのなら、これ以上の幸せはない。』
こんな風に会話を交わして、あなたと一緒にいられるのなら、ミュウでいるのも悪くないと、現金にも思ってしまった自分がいた。
僕はこれからずっとあなたのそばに…。
終わり
遅くなってしまってスミマセン、ようやく最終話アップです!皆様ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました!!いろいろエピ入れてたんですが、番外編で補完するつもりでこちらはあっさりと終わってしまいました〜。 |
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