ソルジャー・ブルーの姿を見たとたん、混乱していた頭が急にクリアになったような気がする。鎮静剤の作用に似ている、とちょっと思った。
しかし、一旦落ち着いてみると、別の疑問が頭をもたげる。
なぜこの人がこんなところに?
だって、今会談の最中で…。
…それ、不調に終わったんだよな、キースの言うとおり。
というよりも、この人はこんなところにいたら…!
「逃げてください、ソルジャー!」
「ジョミー?」
ソルジャー・ブルーは首をかしげて訝しげにジョミーを見つめる。
「こんなところにいたら捕まってしまう…!」
ああ、こんなときまでこの人は…!状況は分かっているはずなのに、何でいちいち僕を困らせるのかな!
「ここにいたら、追っ手が来ます!早くここから脱出して…。」
マザーから出された命令は絶対。それがミュウの捕獲。
誰であろうが、その命令に反することはできない。だから、あなたは人間すべてを相手せざるを得なくなるというのに…!
そう言えば、彼の人の紅い瞳は、僕をじっと見つめてきた。会談会場のホールで声を掛けてきたときと何かがダブる。
「君こそ、このままでは捕まってしまう。」
言いながら、僕に向かって右手を差し伸べる。
「一緒に来たまえ、ジョミー。」
この人の表情と声は、こんな場面だというのに穏やかだ。時間の流れや場の雰囲気とは無縁の存在だと思わせる。
「あなたと…?」
一緒って…?どういうことだろう。
「気がついているはずだ。君はミュウだ。」
『タイプ・ブルー』、『ミュウを捕獲…』…。
兵士たちの言葉がよみがえってきた。
僕が、この人と、同じ…、ミュウ…。
さっき起きた爆発のせいで機材が煙を上げている中、静かにたたずむソルジャー・ブルーの姿だけが異質だ。
しかし、だからこそこの人の存在はミュウの拠り所になるのか。今の僕のように、どんな場面にも変わらない姿に安心感を覚えるのかもしれない。
「君を迎えに来た。遅くなってすまない。」
戸惑いばかりが心の中を渦巻く。言ってみれば、地に足をつけて立っていたと思っていたら、実はそこは空中だったというような感じで、ショックで頭がついていかない。
でも。
そのために?
この人はわざわざこんな場所までやってきたの…?
ジョミーがソルジャー・ブルーに向かって一歩歩き出したとき。
《タイプ・ブルー、オリジン…!》
また室内の濃度が高まり、圧迫感がぐんと増す。同時にマザー・コンピューターが再び点滅した。
「…な…んで…?」
端末機はさっき破壊したはずなのに。
マザーの音声に呼応して点滅する赤い光を見ながら、ジョミーはぼんやり思った。
《消えなさい!お前は必要のないもの…!》
「本体ならまだしも、端末ごときでは話にならないな。」
その乾いた彼の人の声にぞっとした。微笑みながら、『ジョミー』と呼びかける声とはまったく違う。
そのソルジャー・ブルーはというと、この圧迫感などまったく感じていないようで、先ほどと変わらない様子で立っていた。静かな表情の中に冷笑を浮かべて。
しかし、静かなのは表情だけで、その紅い瞳は相手を一瞬にして文字通り凍りつかせることができるほど、冷たく冴え冴えとしていた。
彼の人の全身から青い陽炎のようなものが立ち昇る。それはタイプ・ブルーの所以のひとつ。青いサイオンオーラを持つものは、攻撃性に富み全般にわたって能力が強いといわれる。
しかし。
今のジョミーにはそんなことなど頭にさえ浮かばなかった。
静かに揺れる青い色は冷たく燃える炎のように幻想的。彼の銀の髪に反射するように、揺らめく青い光が立ち昇っては消え、そしてまた現れる。
「誰であろうと、記憶を操作する権利などない。ましてやコンピューターなどには。」
冴えた紅い双眸が、光ったように見えた。
《お前は存在してはならない…!お前は、理解不能な化け物!》
その言葉には、今まで表情の変わらなかった彼の人も、不快感をあらわにした。
「機械に言われる筋合いはない…!」
ソルジャー・ブルーのまとった青い光が一層強くなったと思ったとたん、端末機が跡形もなく吹き飛んだ。
ジョミーはとっさに顔をかばったが、破片らしきものは一切飛んでこなかった。
はじめて見る、ソルジャー・ブルーのサイオン能力。他の追随を許さないといわれるだけはあって、想像を超えた破壊力だ。平生の穏やかな姿からは想像もつかない。
彼の人からふっと青い光が消えた。
そのときジョミーが思ったことといえば。
…もう少し、見たかったな。
だった。
青いサイオンの光は、ソルジャー・ブルーによく似合った。青い光に縁取られた姿は、幻のように儚げで、すごく綺麗で…。
でも、紅い瞳がその存在感を示す。青い光とのコントラストに目が釘付けになる。
「ジョミー…?」
はたと気がつくと、ソルジャー・ブルーがこちらを見ていた。
いけない、ぼんやりしてた…!
「は、はい!」
ジョミーのかしこまった返事に、彼の人は少し目を見開いたあと、おかしそうに目を細め、大丈夫?と訊いた。
「何ともありません。」
「それはよかった。」
ソルジャー・ブルーは、先ほどと同じように右手を差し出そうとして、躊躇したようにその動作を止めた。
あれ…?
「…ソルジャー?」
「ジョミー、君は…。」
「ジョミー!?」
彼の人が何か言いかけたところに、出口から聞き覚えのある声が聞こえた。
「…キース?」
「これは…。」
多分、僕を心配してきたのだろうキースは、周りを見渡して呆然とした。倒れている兵士たち、破壊された電子機器…。
だが、それも一瞬のことだった。
「ジョミー、そいつから離れろ…!」
腰のホルダーから銃を抜き、ソルジャー・ブルーに照準を合わせた。それを見て慌てたのはジョミーだった。
「キース!違うんだって!!」
言いながらジョミーはキースの前に立ちはだかった。
ソルジャー・ブルーならば、銃弾などサイオン防壁で防ぐことができるだろうことは、すっかり頭から抜けていた。
「退け、ジョミー!」
「そうじゃない!話を聞けって…!」
そのとき、部屋の中の空気が変化したような気がして、ジョミーもキースも周りを見渡した。
これは…、この感じは…。
《キース・アニアン、ジョミー・マーキス・シンを捕らえるのです。それはミュウです!》
どうして…?マザーの端末は跡形なく破壊されたはずなのに。
部屋のどこかから聞こえてくる声に、愕然とした。
「な、んですって…?」
キースも別の意味でショックを受けたらしい。
それはそうだ。今まで親しい友人だった人間が、いきなり敵対すべき種族だと言われて驚かないものがいようはずもない。
キースは呆気にとられつつも、ジョミーを見やった。前とどこも変わらない親友の姿に、マザーの言葉を疑っているのがよく分かる。
「…ジョミー、本当か?」
信じられない、と言わんばかりにキースは親友の名を呼ぶ。
ジョミーもどう答えてよいものか分からず、何か言いかけて言葉が出ずにうつむいてしまう。ジョミー自身にもこの状況は説明ができない。
《もうよろしい、下がりなさい…!》
マザーの声と同時に、ひどい耳鳴りがした。先ほどとは比べ物にならないほどの圧迫感。
耐え切れず、うずくまりそうになる。
「マ、マザー…。」
キースも同じように感じているらしく、顔を歪めてドアに手をついた。
あまりの圧力に意識さえ手放しそうになる。
「…そうはさせない…!」
青い光が再び現れる。いつの間にジョミーの傍まで来ていたのか、ソルジャー・ブルーがジョミーの腕を掴んだ。その細い手からは考えられないほどの強い力に、はっと我に返る。
「意思を強く持て、ジョミー…!」
「ソルジャー…。」
彼の人のゆるぎない強い瞳を見ているだけで、少しだけ息苦しさから開放されたような気がした。
「マザーに付け入る隙を与えるな。」
そう言ってから彼の人は、静かにジョミーの腕を離し、彼をかばうように一歩前に出た。再びソルジャー・ブルーのまわりを燐光が取り巻く。それと同時に圧迫感も押し返して行く。
…ああ、やっぱり綺麗だ…。
ジョミーは場違いにもそんなことを考えていた。
すでに、彼の人の表情自体から静かな、しかし強い怒りを感じる。こうしてみると、平生の穏やかな姿こそが仮の姿で、本来は気性が荒いのかもと少し思った。
ソルジャー・ブルーは厳しい目で一点を見据えていたが、やがてジョミーに向き直った。
「来るんだ、ジョミー。」
今度はまっすぐに手を差し伸べる。先ほど見せたためらいのようなものはまったくなかった。
「行くな、ジョミー!」
反対側からキースの声が聞こえた。振り返ると、キースが今まで見たことのないような焦燥感に駆られたような表情をしてジョミーを見つめていた。マザーの言葉やこの状況に混乱しながらも、このままでは親友を失うということだけは分かったらしい。
「キース…。」
ステーション時代からもう10年近くの付き合いになる親友の、すっかり落ち着きをなくしたような姿にジョミーのほうが戸惑った。
いつも冷静沈着で、機械の申し子とまで言われたキースだが、内面までがそんな冷たいものではないことは、ジョミーにも分かっていた。しかし、彼が感情をここまで表に出すなど、今までにはなかったことだった。
パンっ。
乾いた音がした。
「…っ!」
ソルジャー・ブルーの秀麗な顔が痛みにしかめられる。同時に彼の人の左肩が赤く染まった。
「ソルジャー!?」
よく聞き慣れた、発砲音。
慌てて音がしたと思しき方向を見ると、天井の照明に巧妙に隠された銃器がこちらを狙っていた。ほとんど何も考えず、ジョミーは自分のホルダーからレーザーガンを取り出し、天井部の銃器を撃った。狙いどおりそれは、派手な音を立てて床に落ち、壊れた。
ソルジャー・ブルーにとっては、完全に虚をつかれる形になったのだろう。まさかそんなところに銃器が隠されているとは思わなかったに違いない。
それでも、肩を撃ちぬかれながらも、転倒しなかったのはさすがミュウのソルジャー。戦いには無縁そうな細い体に似合わず、意外に場慣れしているのかもしれないと、ジョミーは心の隅で思っていた。
恐らく、マザーはソルジャー・ブルーの心臓を狙ったのだろうが完全に外されてしまっている。この至近距離からの発砲にもかかわらず、急所を外すことができるとは、運動とは縁がなさそうに思える彼の人の反射神経はなかなかのものだと言えよう。
《タイプ・ブルー、オリジン。お前に逃げ場はない。》
「今度は本体で来たか。」
どこに本体がいるのかは分からないが、彼の人にはそれが分かっているらしい。
それにしても、彼の人の声音は先ほどとまったく変わらない。血で染まった肩の痛みなどまったく感じていないようだ。
《お前は生かしておくわけにはいかぬ。》
「そう簡単に殺せるか、試してみるがいい。」
口元に笑みを浮かべて気丈には言い返しているが、ジョミーにはそれが虚勢に思えて仕方がなかった。元々白いソルジャーの顔が、さらに青くなって見える。
ダメだ、このままじゃこの人は捕まるどころか殺されて…。
と、不意に血に染まって倒れるソルジャー・ブルーの姿が頭に浮かんだ。そのヴィジョンに、ざあっと音を立てて血の気が引いたのが分かった。想像だけで貧血になりそうになったことなど、今までなかったことだ。
すぐにミュウの船に帰ってもらわなきゃ!この人に帰る気がないのなら…、僕が何とかしなきゃ…!!
そう思った途端、ジョミーの頭の中に白い優美な宇宙船がイメージされた。さらにその内部、ブリッジだと思しき場所、大きな天体望遠鏡、緑豊かな子供たちのいる場所と実際見てもいない場所が次々とイメージされる中、ふと青い照明に照らされた清楚な空間が思い浮かんだ。
ここだ…!
なぜかジョミーにはそこがソルジャー・ブルーのいるべき場所のような気がした。疑問などはまったくない。
「ジョミー…!?」
キースが何か言いたげにしていたが、構っていられなかった。
「ソルジャー!」
離れてもらわなきゃ、ここから!マザーの支配下から…!
「…!?」
ジョミーの声に、こちらを振り向いたソルジャー・ブルーが驚愕の表情を浮かべる。
何に驚いているのかはよく分からないけれど、この人のこんな顔を見られるとは思わなかった。いつも余裕でこちらを振り回してばかりだったのに。
…ちょっとだけ溜飲が下がった気分。
「ジョミー、ま…っ!!」
何か言いかけたソルジャー・ブルーの姿が、消えた。
同時にジョミーのひざが崩れた。気だるさが全身を襲っている。
よかった…。これであの人は殺されずに済む…。
そう思って、ジョミーは意識を手放した。
8へ
どこでちょん切っていいのやらよく分からず、だらだらと長くなってゴメンナサイ!読みにくい文章がなおさら読みにくく…!ですが、一瞬でも慌てるブルーが書けたので自分的には満足♪ |
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