《ジョミー・マーキス・シン、こちらへ。》
いつものとおり、威圧感のある声が聞こえてくる。
最初は地球政府まで戻らなければいけないかと思ったが、どうもこの場所にもマザーの端末があるらしい。
…さすがにここのマザー端末にはホログラム機能はなさそうだけど。
マザーの姿が見えないだけでもほっとした。ジョミーにとってマザーの姿は、あまり親しみの持てるものではない。だがそれはごく少数意見らしいのだが。
それにしても、この建物の最下層に、こんな場所があったとは知らなかった。この地表に一体いくつ、マザー端末があるのだろう。
「お呼びだと聞きましたが。」
今度の呼び出しは何が原因なんだろう。いろいろと思い当たることがありすぎて特定できない。特にトップ会談警護の任についてからというもの、キースではないが一日たりとも問題を起こさない日はなかった。
…そんなことはあまりに情けなくて、他人には言えないけど。
《そうです。あなたが任務遂行中だということは分かっていましたが、緊急を要するため呼び出しました。》
緊急…?何かあるんだろうか。
「緊急を要するって、どういうことですか?」
そのとき、ビル全体に轟音が響いた。地下17、8メートル程度だろう、この最下層でも感じるほどの揺れ。
こんなところまで振動が伝わってくるなんて、どこかで爆発物でも暴発したのか!?って待て。
これって会談会場で何か起きたんじゃないのか!?会談会場はこのビルの最上階、地上20階なのに…!
早く戻らなきゃ…!
「失礼します、マザー!」
《待ちなさい、ジョミー・マーキス・シン!》
その声に、慌てて戻ろうとした足が止まった。
《行ってはなりません。》
「でも…!」
会場には、仲間が多く詰めている。それに、あの人だって…!
《会談会場は大丈夫です。ミュウはすべて捕獲されます。』
その気持ちを察したかのようなマザーの言葉。でも、その内容に愕然とした。
そりゃ、今までミュウとは敵対してきたけれど、そんな言い草はひどすぎる。それではまるで…。
「捕獲って…!動物か何かみたいじゃないですか!」
『実験動物です。しかも危険なモルモット。
そして、言うことをきかないモルモットは処分されるだけ、それだけです。』
それだけって…!
さすがに激しい怒りを感じた。
ミュウが実験体として施設に収容されているということは聞いたことがあるが、ここまであからさまに実験動物などと言うなんて。そんな権利がどこにあるんだ…!
「人間とミュウと一体どこが違うんだ!どこも変わらないじゃないか!!」
すでに、ジョミーの言葉からは敬語が消えていたが、ジョミー自身そんなことは気がつきもしなかった。
《…タイプ・ブルー、オリジン》
今やミュウの長の代名詞ともなっているその呼び名に、ジョミーはどきりとした。
《あなたの心を乱しているのは、その化け物ですね。》
「乱してるわけじゃない!」
キースが『気にしている』だの『見惚れている』だのとからかい半分で口にするのとは全然違う。
マザーの言葉には、それ自体が取るに足らない、無用なことであるという意味合いが含まれる。実験動物に対して愛着を持つのは無駄なことと言わんばかりに。
「ミュウを動物だというなら僕たちだってそうだ!
それに、ソルジャー・ブルーは化け物なんかじゃない!」
確かにあの人のサイオン能力は最高なのかもしれない。
だけど、僕の怪我を治したあの力が化け物のものだとは絶対思えないし、思いたくない…!
《落ち着きなさい、ジョミー・マーキス・シン。》
この期に及んで、マザーの口調はまったく平常どおりだ。機械に過ぎないのだ、彼女は。そんな彼女と話し合っても平行線を辿るだけ。
それよりも、早く会場に戻らなければ。いくらあの人でもあの数の兵士の相手をするのは無茶だ…!
《待つのです、ジョミー・マーキス・シン。
あなたの不要な記憶を削除します。》
マザーを無視して戸口に向かおうとしたジョミーは、突然急激な重圧を感じてよろめいた。瞬間的にマザーによる心理的圧力だと直感した。
「不要な…記憶…?」
声を出すのも億劫になりそうなプレッシャーの中、おうむ返しに問うた。
不要な記憶って…、何?
《そうです、苦しむことはありません、あなたの心を迷わせている元凶を取り除けばよいのです。》
「元凶って…。」
《タイプ・ブルー、オリジン。その記憶は邪魔です。》
ソルジャー・ブルーが?
なんで…?
どうして不要?
なぜ邪魔なの?
たおやかな見た目に似合わず、マイペースで強引。言い出したら聞かないだろう性格であることは、この3日間でなんとなく分かった。さぞかしミュウの船でもまわりを振り回していることだろう。しかも困ったことにまったく憎めない。
多分あの人の外見に一目惚れして、それから何度かの偶然によって会話を交わすようになって…。困惑したことも、脱力したこともあったけど、それを忘れたいと思ったことはない。
例えそれを思い出すのがつらくなったとしても。
それなのに。
《私に心を委ねなさい、ジョミー・マーキス・シン。》
あなたは僕の記憶を奪うというのか、マザー。
強まる圧力に、がくんとひざをついた。
《次に目覚めるときには、あなたを惑わす化け物のことなどすっかり忘れています。》
じゃあ、僕の気持ちはどうなる?思い出すだけで、こそばゆいようなこの思いは、一体どこへ行く…?
《さあ。》
いやだ、あの人のことを忘れるなんて…!絶対に―――。
「いやだ―――!!」
火花が散って目の前のマザー端末が火を噴いた。
「…っ!?」
手も触れていない、ましてや銃器も使っていないのに、まるで何かの攻撃でも受けたかのように一瞬のうちに周辺部から爆発が起こる。同時にけたたましく警報が鳴り響いた。
「どういう、こと…?」
《じょ…、シン、みゅ、ホか…せよ…。》
マザー端末からかすかに声が流れてくるが、すでに何を言っているのか分からない。あれほど感じていた圧迫感もきれいに消えうせてしまっていた。
そんなことよりも、ジョミーには今の状況がまったく理解できない。勝手にマザー端末が発火した、としか見えなかった。
完全武装した兵士が駆け込んでくる。装備から、対ミュウ部隊だということはすぐに分かった。
「サイオン反応検知。タイプ・ブルー。」
「ミュウ捕獲作戦、開始します。」
その聞きなれた台詞に、唖然とした。
タイプ・ブルーって、ソルジャー・ブルーと同じ?ミュウ?それは、誰のこと…?
「撃て!」
「待って…!」
ジョミーの制止の声は、一斉射撃の音にかき消されてしまう。時を同じくして、新たな爆発の炎が視界が遮る。
射撃音がやんだあと、ジョミーは恐る恐る目を開けた。身体に衝撃はなかったので別の何かを狙ったのかと思ったのだが。
「これは…、何…?」
ジョミーの周辺数十センチの位置に弾丸がいくつも浮いているのが見えて、呆然とした。しかもよく見ると、青く発光する防御壁のようなものが身体のまわりを覆っている。
…一体何が起きてるんだ…?
それが、自らが作り出したサイオンによる防御壁だとはまったく思いつかない。
「ひるむな、撃て―!」
「…っ!!」
再度の発射音。
やめろ―――!
ジョミーを取り巻く青い防御壁が、一気に膨らんだ。それと同時に止まっていた弾丸が外側に向かって勢いよく弾き飛ばされた。
『ジョミー!』
そのとき。
突然頭の中に響いた声にジョミーははっとした。同時に弾き飛ばされ、兵士たちに向かった弾丸がやや失速した。
「ぎゃっ!」
「うわぁ!!」
失速した弾丸は、それでもかなりの勢いは保っていたらしい。前列にいた対ミュウ部隊の兵士たちが倒れる。
さらに、膨張したサイオンシールドが、対ミュウ部隊を跳ね飛ばした。兵士たちがまるで人形か何かのように飛ばされるのを見て、ジョミーは愕然とするしかなかった。
何が、起こってるんだ…?
僕は、一体何なんだろう?
「この…化け物が…!!」
声のしたほうを振り返ると、口から血を流した兵士が銃を構えていた。
僕が、やったのか…?
彼らを全員?一瞬のうちに…?
僕は、化け物…?
僕は…。
兵士がトリガーを引くのを呆然と見守る。
嫌だ、と思った。
身を守ろうと思っただけで、相手を傷つける。多分、この中には僕の知り合いもいただろうが、そんなことは無関係に、誰彼かまわず攻撃してしまう…。
この力は。
やはり、化け物なの、か…?
誰か、教えて…。
あの人なら、答えを知っている、かな…?
射撃音が響いた途端、兵士は力を使い果たしたように倒れた。
ジョミーはまったくの無防備だった。銃の発射音を聞いてすら、ぼうっとしてどこか他人事のようですらあった。
このまま死ぬのかと思う自分も、まったく現実味がなくて…。
と、そのとき。
今度は意識しない青い防御壁が目の前に現れた。弾丸が目前で止まり、硬い音を響かせて床に落ちる。同時に青い発光は雲散霧消した。
そのときに感じた穏やかな波動にジョミーの中の何かが重なる。
これは…。この感じって…。
「大丈夫か、ジョミー?」
緩慢な動作で声が聞こえたほうを振り返る。
「…ソルジャー…。」
やっぱり、だ…。
「怪我は?」
こんなときなのに、静かにたたずむソルジャー・ブルーの姿を目にして、急に緊張の糸が解けたような気がした。
7へ
すまない、日記に書いたとおりまた続いてしまった…!次で終わるから許してくれ〜。 |
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