「ジョミー!」
「うわっ!」
急に耳元で叫ばれて、ジョミーはうっかり椅子から落ちそうになった。
慌てて振り返ると、キースが朝食のトレイを持って鬼のような形相で立っていた。
「な、なんだよ、びっくりするじゃないか。」
「何度も呼んでいたのに、お前がぼうっとしているからだ。」
早朝のホテルのレストラン。
朝食を取っていたジョミーだったのだが、昨日の出来事を思い出してつい考え事をしていたのだった。
テロリスト襲撃の後処理を小一時間程度で片付け、部屋に戻ったはいいが、やはり頭を占めるのはソルジャー・ブルーのことばかり。
僕の怪我を治せるということは、多分サイオンシールドはほとんど効いていないんだろう。それだけソルジャー・ブルーのサイオン能力が高いということだ。何せミュウの中でも最強といわれる、唯一のタイプ・ブルーだ。
それから。
ミュウは、僕らの心を見透かす化け物といわれているけど、やっぱり僕の心の中も分かってしまうワケ、なんだろうな…。あー、本当にどんな顔して会えばいいんだか…。
「昨日は大活躍だったそうだな。」
あちゃー、やっぱりキースにも知られたか。
含みたっぷりで言われた言葉に、ジョミーは頭を抱えた。
「…やっぱりバレた…?」
しかし、皮肉を言ったはずのキースは、ジョミーの返事に気抜けしたようにため息をついた。
「まったく…。
お前のいるところトラブルありだな。一日くらい大人しくできないのか?
まあいい、それで?昨日も一緒だったんだろう?例の賓客。」
はっきりと口に出さないのは、まわり中が地球防衛軍の軍人ばかりだからだろう。
しかしそれよりも。
「な、何で知ってるんだよ?お前、佐官会議に行ったんじゃなかったのか!?」
あの時襲撃者以外には誰もいなかったはずなのに!
「本当にいたのか…。」
呆れた響きに、ジョミーはようやくキースの意図したことに気がついた。
「かまかけたな…!言っとくけど、あの人と会ったのは本当に偶然なんだから!
それに、あの人があの場所にいたら、まずいだろうが!!」
仕方なかったんだよ!と言うと、キースはジョミーを一瞥した後、視線をあさってに向けた。
「…その辺の処理については、お前の判断が正しい。やたらと話が大きくなるばかりか、今日の会談にも差し支える事件だからな。」
キースがジョミーの行動を認めてくれるのは大変珍しい。滅多に言わないような台詞を言っている自覚があるのか、照れているように視線を泳がせている。
へえ、なんとなく嬉しいかも。いつも怒られてばっかりだったし。
しかし、それでは終わらなかった。
「だからそれをどうこう言うわけではないが、お前も地球防衛軍の端くれなら、事件になる前に片付けろ。
銃撃戦などもってのほかだ!」
…やはり怒られた。
そうだよな、キースが僕を誉めることなんか絶対にないって分かってたのにさ。
「…結果オーライだろ。」
変に期待しちゃったじゃないか。
「馬鹿者!
どうせお前のことだ、賓客に見惚れていて、気配を感じるのが遅れたんだろうが!」
「その、そうなんだけどさ…。」
そのとおりなので、何も言い返せない。
それを眺めながら、キースは「この馬鹿が」とだけつぶやいた。
「さて、そろそろミーティングの時間だ。今日で最終日だからな。」
「うん…。」
そう、会談の最終日。ソルジャー・ブルーともこれで会うこともないだろう。
うつむくジョミーを、キースは気遣わしげな様子で見ていたが。
「ジョミー、何度も言うが相手はミュウだぞ。われわれの敵だ。」
その口から出たのは、残酷とも言える言葉。前線に立てば、必ず対峙し、戦わなければならないだろう、仇敵。
「敵だってことないだろ!?今話し合いの途中だし…!」
あの人が敵だなんて思いたくないし、そのためのトップ会談なんだろ?
「…それは不調に終わるぞ。」
「え…?」
最終日を待たず不調と決定したんだ、こちらサイドは。とキースはそっとつぶやいた。
キースがそんなトップシークレットを口に出すなんて日ごろではありえない。だから、最初は僕をからかっているんだと思った。
「冗談…。」
「だったらよかったな。この3日間は何だったんだと思わなくて済む。」
よく考えれば、キースは元々冗談を言うタイプではないのだ。吐き捨てるような響きは、キースが本当に嫌悪している証拠。
「言うまでもないが、べらべら喋るなよ。」
そう、口止めされた。
では、会談は不調に終わり、人間とミュウは今までどおり、狩るものと狩られるものに戻る、のか。
じゃ、本当にこれが最後なんだ…。
会談が成功すれば、また会えるようになるんじゃないかなんて、やっぱり甘かった…。
警備は外側ではなく、ビルの最上階の会談会場前だった。これって神のお慈悲という奴なのかな…?と思うと、なおさら落ち込みそうになってジョミーは頭を振った。
それにしても、不調というのは本当だろうか。
いや、キースが嘘を言うわけがない。だが、昨日会ったときのソルジャー・ブルーからは、そんな悲観的なものはまったく感じることができなかった。もうこちら側で不調と決定しているようなことを、あの人が感じないはずはない、と思うんだけど。
「敬礼!」
号令が聞こえて慌てて居ずまいを正す。最高幹部の入室の合図だ。
目の前を地球政府の幹部とミュウの長老たちが通過する。ミュウの先頭を歩くのは、静かな表情のソルジャー・ブルー。当然ながら、まっすぐ前を向いたままこちらを見ることもなく会場内に消えていった。
…当たり前だろう、こんなときにこっちを向くわけがない。それどころじゃないんだから。
でも、この話し合いが不調になったら、あの人はどうなるんだろう。今日にはミュウの船に戻るって思ってたけど、今後強敵となるあの人を、地球政府が簡単に帰すだろうか…。
なんだか無性に不安になってきた。
この会談が終わったら、すぐに捕虜にされるって展開は大いに考えられる。いくら伝説といわれた人でも、地球防衛軍を相手に簡単に逃げ切れると楽観しているわけが…。
いや、ひょっとして逃げ切るつもりなのかもしれない、あの人ならば。
つい昨日の出来事を思い出し、さらにソルジャー・ブルーの余裕の微笑みを思い浮かべて少々脱力する。
自分の命を狙われていると知っていてあれだもんなあ…。もちろん、自信に裏打ちされたものなんだろうけど。
「集合!全員に通達がある。」
そのとき、ここの責任者である上官が声を上げた。
会談会場内に聞こえないようにと、大声は出さないということにすら不安を感じたが、考えすぎだと自分を納得させた。
「会場内で何か起きれば、地球政府幹部の身の安全を確保の上、ミュウを捕獲せよ。」
「何かって何が起きるんですか!?」
思わず声を上げてしまった。
何も起こさないために僕らが詰めているんだろうし、そもそも捕獲ってどういう意味だよ!
「それはまだ分からん。
おそらく会議場がサイオン攻撃を受けるとか、地球政府幹部を人質に取られるといったことだろうが。
ああ、心配には及ばん。サイオンシールドは最大値まで上げてある。」
根本から勘違いしている。そんな心配をしているわけではないのに。大体、どうしてそんな被害妄想的な発想しかできないんだろう。
すべてミュウが何かしでかしたらという前提に立っていることに、ジョミーは苛立ちを感じた。今までの話し合いを白紙に戻して不調にするのは地球側だろうに…!
しかし。
会場はまったく何か起こった気配もなく、会談は休憩時間に入った。
とりあえずほっと一息。
まったく、あの上官も人騒がせな。何か起きればって、何事もないじゃないか。いい加減なことばっかり言って…。やきもきしていたこっちの身にもなれっての!
「シン中尉!」
「はいっ!」
その上官から突然声をかけられたものだから、ジョミーは柄にもなく緊張してしまった。心の中の声が聞こえているわけはないはずなのに。
「呼び出しだ。」
げ…、何でこんなときに…。
さすがにげんなりした。
定例のマザーからの呼び出し。定例、というところがキースの胃痛の種らしいけど。
呼び出されるとしても、この会談が終了した後だと思っていたんだけど、こんな最中にとは思いも寄らなかった。本当はここを離れたくないんだけど…。
「どうしても今ですか?」
「当たり前だ。」
そりゃそうか…。
「…了解。」
マザーの呼び出しは至上命令。それは年端も行かぬ子供でも知っていることだ。
あきらめてきびすを返したとき。
「シン中尉。」
どきり、とした。涼やかなその声の主は。
「ソルジャー…。」
休憩時間だからこの周辺どこにいてもおかしくはないんだろうけど、この人がこんな警備兵だらけのホールに出てくること自体に違和感を感じてしまう。
ほら、それが証拠にまわりは水を打ったようにしんとなってしまってる。しかし、まったく周りが見えていないんじゃないかと思うくらい、ソルジャー・ブルーの振る舞いにはよどみがない。
「どこかへ行くところだったのかな?」
「え、まあ…。」
マザーの呼び出しなんて、つまりは問題行動を叱られるに行くようなものなので、表現に困ってしまう。
「それはすまないね。でも少しだけ時間をもらえるかな。」
「はい、それは構いませんが…。」
何だろう、こんなところで声を掛けるなんて。
そう思っていたら。
「借りたものを返しておこうと思ってね。」
…それは初日に貸したサングラスだった。
「…そうでしたね…。」
ああ、本当にこれが最後か。
サングラスを機械的に受け取ったが、ソルジャー・ブルー自身から別れを言い渡されているような気分になって、それ以上言葉が出てこない。
この人を前にして、虚勢を張る気も失せてしまうほど気落ちした自分がいる。このままマザーの前に行ったら催眠療法かなとか、むしろ休息という名の謹慎かとか。どちらにせよ、後でキースに馬鹿呼ばわりされて呆れられてしまうんだろうなとか。
頭の中をぐるぐると愚にもつかないことが駆け巡っている。
この人とも今日限りでまた敵味方に分かれるんだろうなとか。そうなればこの人は僕のことは躊躇せずに殺すことができるのかなとか、逆に僕はこの人と戦うことができるのかなとか。
と、つい自分の思いにふけってしまって、目の前の賓客をしばらく忘れてしまっていた。はたと気がついたとき。
「わ、すみません、ソルジャー!」
そんな僕を静かにじっと見ているソルジャー・ブルーの紅い瞳にぶつかった。気のせいか、この人の瞳が物言いたげに見えたが。
「いや。
足を止めさせて悪かったね。では。」
ソルジャー・ブルーはそれだけ言って僕の隣をすり抜けた。
あれ?何か言いたそうだったような気がしたんだけど…。
そう首をかしげたとき。
「…マザー・コンピューターには気をつけることだ。」
「え…?」
多分、僕以外聞こえなかっただろう。ソルジャー・ブルーがすれ違うときに耳元でささやいた言葉。
慌てて振り返ったが、彼はこちらを一顧だにせず、マントを翻して会議場へ戻って行くところだった。
さすがに追って行ってその言葉の意味を聞くわけにもいかない。まわりをはばかるからこそ、こっそりと伝えてきたんだろうし。増してや、ただでさえ目立つ人だから。
でも…。
マザーに気をつけろ?
どういう意味だろう。マザーの呼び出しなら、ここにいる誰よりも僕が多く経験しているけど、何をどう気をつければいいんだか…。言葉遣い?態度?それは今更だし…。
取りあえず、呼び出されていることには違いないので、マザーのもとへ向かうことにして、僕は警備を離れた。
6へ
困った…。あまりにもベタで結末が読めてしまう…。皆さんが予想したとおりの結末だと思いますよ〜。 |
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