「馬鹿か、お前は!」
「そんなに怒るなよ…。」
トップ会談会場近くのホテルの庭園。
今日の予定をすべて終えた後、会場警備に当たっていた友人とここで落ち合って、缶コーヒーを飲んでいた。さすがに僕は徹夜の巡回業務が当たっているので、カフェに入るような余裕がないし、キースの明日は早番なので早々に休む必要があるし。
「でも、そんなにびっくりするようなものでもないだろ?」
「本気でそう思うのか?
お前はただでさえ上から目をつけられているんだから、ちょっとは自重しろ!」
「サングラスくらい別にいいだろ?」
「サングラスだろうがオペラグラスだろうが同じだ、馬鹿!」
「そんなに馬鹿馬鹿言うことないだろ!?」
さすがにむっとしてけんか腰になった。
キースは僕のためを思っていっているんだろうけど、そこまで言うことはないじゃないか!
そこでキースはため息をついて、今度は静かに僕の目をじっと見た。
「…なぜそんなにソルジャー・ブルーを気にする?」
「え…?」
一瞬言葉に詰まる。
「べ、別に気にしてなんかいないけど…。なんとなく、視界の中に入ってくるからさ…。」
視界の中に入るというより、無意識に見てしまっているのだけど。
「…まあいい。とにかくもう問題行動は起こすなよ。」
「どうせ僕は万年問題児だよ!」
「自覚があるなら治せ!この馬鹿が!!」
とまあ、相変わらずキースとは喧嘩別れのようになってしまったのだけど。
気にしている、というか、気になるんだよなー…。
今日が当直で深夜巡回業務、そして明日は非番だから、ソルジャー・ブルーと会えるチャンスは最終日のみ。でもチャンスはチャンスであって、配置はまだ発表されていない。
…もっとも今日問題行動を起こしたとみなされて、外周の警備になる可能性は高そうだなあ。
そう考えていたところに、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
「散歩かい?それとも警備中かな?」
ま、まさか…。
振り返ると、数時間前シャトルで別れた佳人がそこに佇んでいた。
彼の銀の髪は庭園に配置してある光を反射して、やわらかく光る。少し風があるのか、それがきらきらと輝いて幻想的だ。紫のマントは彼の白い肌によく映えて、神秘性をかもし出す役も果たしているようで、神々しくさえ映る。
その優雅な物腰を裏切るかのような意志の強い紅い瞳。ピジョンブラッドという宝石を一度だけ見たことがあるが、まさに同じ色だと思う。
と、そこではたと我に返る。
まわりを見渡しても彼以外誰もいないのは何で…?
え、ええーー?
こんな超大物を一人で出歩かせていいのか?警備の奴ら一体何をしてんだ??
「あ、あの、ソルジャー、あなた一人ですか…?」
「そうだが?」
「だ、誰も護衛のものはついてきませんでしたか…?」
「部屋を出るときは誰もいなかったから。」
うそだろ…?
辺境警備隊にはサボタージュはありがちかもしれないが、地球防衛軍に限ってはそんなことはないはずだけど…。交代時間で偶然数分程度の空白があったのか?いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないぞ。
慌てて通信機を取り出して本部をコールしようとした。
「やはり、僕が出歩くと物騒かい?」
その言葉に、ジョミーの手が止まった。
淡々とした口調だが、暗に化け物と恐れられているミュウを揶揄している。そして彼自身がその長なのだ。
確かにそういうところもある。というか、それが大部分だろうが。
「…それだけじゃありません。
未だにあなたを殺せばことが解決すると思っている輩もいますので、護衛をつける必要があります。この辺一帯はサイオンシールドが張り巡らされていますし。」
いくら伝説とまで言われた人でも、こんな状況で銃口でも向けられようものなら、たまったものではないだろう。
「なるほど、護衛兼監視役が必要というわけか。
では、その役は君に頼みたい。あまり大げさにしてほしくないんだ。」
そういえば、シャトルでも護衛が多いことに閉口していたっけ…。
「…承知しました。」
それに今日はもう会えないと思っていたから最初は驚いたが、予想外の出来事に妙に浮き足立つのを感じた。
今日ってラッキーデーかも?
今度は本部ではなく、巡回詰め所に連絡を取る。
『中尉、どうされました?』
「誰でもいいが、α−3地区の巡回を代わってくれ。」
『はい、すぐに向かいます。しかし中尉はどうされるのですか?』
「僕はVIP護衛業務に入る。シフトチェンジの報告は後で僕から入れておく。」
『了解。』
これでよしと。これで、心置きなくソルジャー・ブルーの護衛につけるというわけで。
「すまなかったね。」
「いいえ、そんなことはありません!」
軽い謝罪に、ついむきになって否定してしまい、自分でも慌てた。
「えーと、ところで、どうかなさいましたか?行きたい場所でも…?」
なぜ部屋を出てこんなところにいるのか、一番初めに感じた疑問だった。
「いや、地球に来ていると思うだけで眠れなくてね。」
ソルジャー・ブルーはそうつぶやきながら、ふと空を見上げる。この地域も、地表の光を取り入れるための天窓のようなが設置されている。今そこから見えるのは、満天の星。月は出ていない。
彼の言葉に、かすかに嬉しそうな響きが含まれていることに気がついたのは、多分、日中言葉を交わしたためだろう。そうでなければ分からなかったと思う。
そう、地球は人類の憧れ。どれほど焦がれても、メンバーズエリートになれない限り、ほぼ地球へ行くことはない。ミュウであればなおさらだろう。
なんとなく、庭園中央に向かって歩いた。特に目的はないが、ソルジャー・ブルーの、地球に来た実感がほしいというリクエストを受けてだった。
もっと時間があって、どこにでも行ければよかったのに…。
憧れた地球に降り立ったというのに地上どころか地下にしか居ることができず、遠出をすることも当然無理。それで芸もなく歩くということになってしまったが、この程度で我慢してもらわなければいけないことに、ジョミーの心が痛んだ。
「シン中尉…だったね。」
しばらく黙って歩いていたが、ふとソルジャー・ブルーがジョミーを振り返った。
「はい、名前はジョミー・マーキス・シンです。ジョミーと呼んでください。」
「ではジョミー、僕のことはブルーと呼んでくれ。」
…これまた予想外の展開だった。
「…それはちょっと…。」
「なぜ?」
呼べるわけがないじゃありませんか!あなたはミュウの指導者で、僕は地球防衛軍の一介の中尉なんですから!!
不思議そうに首をかしげるソルジャー・ブルーに、そう突っ込みたいのを我慢してしどろもどろに続けた。
「…あなたを敬称抜きで呼ぶのには抵抗がありますので、勘弁してください…。」
「それは残念だ。」
微笑みながら、呼ばれてみたかったのにと続ける彼は、どこまでが本気かよく分からない。
「それから今日はありがとう。
君のような気の遣い方をされたのは初めてだ。」
「あ、サングラスのことですか…。
でも後から考えて、あまり使ってほしくないかなって思ったりはしてたんですけど…。」
「どうして?」
「だって、サングラスかけると、あなたの綺麗な目が見えなくなるじゃないですか。」
そう言うと、ソルジャー・ブルーは一瞬呆気に取られた顔をした後、おかしそうに目を細めた。
「これは参ったな…。」
「え?僕、何か変なこと言いました?」
「口説かれている気分だ。」
「くどっ…!!
あの、そうじゃなくてですね!僕は感じたままを言っただけで、そんなつもりは全然なくて…!!」
ジョミーの慌てようがあまりにもおかしかったのか、今度は肩を震わせて笑っている。
「もう…、そんなに笑わないでください。不快にさせたことは謝りますから。」
「いや、悪かった。それに不快とは思っていない。」
え…、それってどういう…。
と言いかけたところへ、身体が底冷えするような感覚が、ジョミーを襲った。
何を考える間もなく、腰のホルダーからレーザーガンを抜いた。
―――そこか!?
「誰だ!?」
木の後ろに誰かが潜んでいる。テロリストか、それとも軍の跳ねっ返りか?
感じたのは殺気ではなく、何者かの監視するかのような視線。メンバーズはそんな感覚に敏感になる訓練をされているので、事前に察知するのは容易い。相手の技量もなんとなくだが、分かる。
…嫌なことに相手はこちらと同等かそれ以上だ。
ふと気になってソルジャー・ブルーはと伺うと、特に警戒している様子はまったく見受けられない。それどころか、銃を構える僕を見て、やはり地球防衛軍だねと本気かどうかも分からない感想までもらってしまった。
さすがに脱力しそうになる。
「あのソルジャー、できればこう、緊張していただけると…。」
ありがたいんですが…。
「僕は君が守ってくれるんだろう?」
「…そうでした…。」
さっきそんな話をしていたんだった…。
と、木の影の人影がじりっと一歩踏み出した。
「止まれ!」
ジョミーの制止の声に同時に不審者の動きが止まる。
「手をあげてゆっくり出て来い!」
「型どおりでほぼ満点だな、シン中尉。」
え?この声…?
姿を現したのは、数少ないステーション時代からの友人。
「キース…?」
「だが、顔見知りだとそうやって警戒を解いてしまうところが、お前の欠点だ。」
早めに休むと詰め所に帰ったのではなかったのか??
そう言おうと思っていたら、キースはソルジャー・ブルーに向き直り、一礼した。
「ソルジャー・ブルー、初にお目にかかります。
シン中尉には急用がありますので、この後は私が代わってお部屋まで送ります。私は地球防衛軍少佐、キース・アニアン」
「僕に急用?何のことだよ、キース。」
寝耳に水とはこのことだ。そんな話は聞いてない。
一方のキースは、ついさっきまでの礼儀正しい態度はどこへやら、また怒りマークを貼り付けた状態でこちらに向いた。
「馬鹿者!緊急尉官会議が招集されているんだ!」
「そんな連絡入ってきてないよ?」
通信機を見ても、履歴には何も残っていない。
「…お前が来ないから、送信記録を調べたら、届いていないということが分かってな。」
というが早いか、通信機の機械音が鳴り響いた。
『緊急会議あり、10分以内に本部第4会議室に集合されたし。』
と、今着信したりして…。しかも30分も前の送信記録になっている。
「…その通信機、後でメンテに出しておけ。」
「そうする…。」
20分の大遅刻か…。今回は正真正銘不可抗力なんだけど、みんなそうは思ってくれないよなあ、日ごろの行いから…。
と視線をさまよわせたとき、ソルジャー・ブルーの紅い瞳とぶつかった。そうだ、一応は説明しておかなきゃ…。
「あの、ソルジャー…。」
「聞いていたよ、会議だってね。」
「そういうことです…。
じゃあキース、後は頼むよ。」
「早く行け、今でさえ20分以上遅刻している。」
追い払うように言う友人を視界からシャットアウトして。
「おやすみなさい、ソルジャー。」
ソルジャー・ブルーに一礼してこの場を去ろうと思ったとき。
「ジョミー。」
名を呼ばれ、顔を上げると、あでやかな笑顔を浮かべた彼の人がいた。
この人はこんな表情もできるのか、と驚いた。
「今日は楽しかったよ。」
つられて笑顔を浮かべようとしたが、その隣にいた友人が苦虫を噛み潰したような顔をしていたので、慌てて笑顔を消し、会釈だけして庭園を離れた。
会議内容は、翌日の護衛業務について。僕の明日の非番は繰越だそうだ。
予想どおり、外周警備ではあったけど、徹夜明けの仕事がこんなに楽しみだったことは今回が初めてだった。
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16話のショックからか、パラレルの筆が進む進む…。ようやく二人の会話が書けた〜! |
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