「うそぉ…。」
彼の姿を眼にした途端、呆然とつぶやいてしまった自分がいた。
当然、まわりには白い目で見られ、隣に立っていたステーション時代からの友人には小突かれた。
だって、多分誰もが思っただろうに。齢300年以上といわれる伝説とまで言われた人が、あんなに綺麗な人だなんて。
「大体お前には緊張感がない!」
やっぱり怒られた…。
午後の休憩時間、カフェテリアで僕は友人と一緒にコーヒーを飲んでいた。友人はすでに少佐で、将来を嘱望されているもののひとり。
「そんなこと言ったって仕方ないだろ?」
「何が仕方ないだ!!」
「だって『伝説のタイプ・ブルー』が、あんなに美人だなんて想像もしてなかったんだよ。キース、お前だってびっくりしただろ?
僕、あの隣くらいに立っていた禿げた爺さんみたいな感じだと思ってたから、つい驚いてさ…。」
というと、キースはこめかみに怒マークを2、3個くっつけて剣呑な目つきでこちらを見た。
「…なるほど。
それで、トップ会談の前哨戦の顔合わせの席で、下っ端のお前がつい感嘆の声を上げてしまったというわけだな。」
「あははは、それを言われるとちょっと…。」
さすがにあれはまずかったと思っているだけに、こんな場合は笑うしかない。
ピリピリしている雰囲気の中、場の空気も読まず声を上げてしまったのだから、地球防衛軍のお偉方は当然ながら、ミュウの5人の長老たちも不快にさせてしまったようで、無言の非難の目を向けられてしまって、さすがに居心地が悪かった。
ただひとり。
ソルジャー・ブルーだけが、何事もなかったかのように静かに前を向いていたが。
「…ジョミー、分かっていると思うが、ソルジャー・ブルーはあんな姿をしていても、ミュウの中では他の追随を許さないほど飛びぬけて力が強い。甘く見ていると、とんでもないことになるぞ。」
「甘くなんて見てないんだけど。」
綺麗だとは思ったけれど、別に甘く見ているつもりはない。彼さえ亡き者にすれば、ミュウは総崩れになるとまで言われる彼の指導力と能力の高さは、決して話だけのものではないだろう。
キースはあっけらかんとしているジョミーをため息混じりに見遣った。
「まったく…。本当にお前がメンバーズに選出されたと聞いたときには何の冗談かと思ったものだが…。」
「あ、それ、僕も思った。」
「思うな!自分自身のことだろうが!!」
「キースっていつも怒ってない?」
「誰のせいだと思っている!!」
「ゴメン…。」
ああ、ステーション時代からキースには面倒かけてたっけ…。あの時はサムもスウェナもいて、楽しかったなあ。
「…それに選ばれた以上、それらしくなれ。お前、素は悪くないんだから。
とにかく俺の胃痛の種を増やすな。」
何のかんの言って、キースは僕のことを心配してくれている。
「うん、努力するよ。」
「そう願いたいところだな。
いい加減にしないと、またマザーの呼び出しがかかるぞ。」
「しばらくは大丈夫だと思うよ。昨日呼び出されたばっかりだから。」
「…地球防衛軍の中尉が何度もマザーに呼び出されるのは問題だな…。」
と、昨日の友人との話を思い出しつつ、今日はトップ会談の前の施設移動の警護に当たっていた。キースはその会談会場となる施設の警護の任があったので、ここにはいないけど。
シャトルの移動の際は、僕と数人がソルジャー・ブルーとミュウの長老5人が乗るシャトルに同乗して身辺を警護し、さらにこのシャトルを挟み込むように前後左右に護送車が配備されていて、二重の護衛体制を取っている。
「…仰々しいものだ。」
直線距離にして、約3メートル。
こんなにソルジャー・ブルーの近くまで来たのは初めてで、彼の呆れ返っただろう声も初めて聞いた。
想像してたものより、低い、かな?
それにしても。
あまり見つめ続けるのも不躾かと思い、こっそりと伺うだけにしていたが、彼は外見は若いけれど、この大仰な警備や人の配置について取り立てて動じている様子はない。他の5人の長老といわれる人たちのほうがよほど落ち着きがない。
とはいえ、ついちょっと前まで戦っていた相手の陣地内で落ち着けるほうがおかしいのだろう。
と、ジョミーはふとあることに気がついた。
シャトルはすでに移動を開始しているのだが、地球の街はほとんどが地下に建てられていて、その光源は人工光がほとんど。しかし太陽光を意識的に取り入れている区域もある。その場所に入るたびに、ソルジャー・ブルーの目が細められる。通過した後は、ほっとした表情とともに元に戻る。
何でだろう、今日は曇り気味なのに…。
それが何度か繰り返されたとき、ふと思いついたことがあった。
あ、そういうことだ…!
気がついたときには、もう僕は席を立っていた。
「ソルジャー・ブルー。よかったら使いませんか?」
突然隣に立った僕を、ただ静かに見上げる彼の目には大きな疑問符だけがあった。
「軍から支給されている、何の飾りっけもないサングラスですが、使いません?
さっきから見てると、まぶしそうで…。」
本当に何の変哲もないサングラスで、そんなものを差し出すのもどうかなとは思ったけど、ないよりマシかと思って。
「シ、シ、シン中尉!」
一緒に乗り合わせている上官が慌ててやってきた。しかも少し腰が引けている。
「な、何をやっているんだね!!」
「何って…。サングラスを渡そうと…。」
「そんなことは見れば分かる!なぜそんなことをするのかと聞いているんだ!」
「ソルジャーの目の色は赤いじゃないですか。虹彩が赤いってことは色素がないんでしょ?じゃあ、太陽の下だと見えにくいのは当然で…。」
僕も初めて地球に来たとき、日光の強さに驚いたことだし。
「そんなことは貴様の任務外だろう!大体この後は、建物の中に入るからそんなものは不要だ!」
「明日は別会場だと聞いてますけど?」
また移動しなきゃいけない。アルビノの視覚では、太陽の光は直射どころか曇っていてもまぶしいのだと聞いたことがある。
それに。明日は警護を外れてるから、渡せるのは今しかないし。
「それを僕に渡してしまったら、君はどうするんだい?」
不意に上官とのやり取りに割り込んだ低めの声に、上官は口をパクパクさせるだけで、何も言えなくなってしまったらしい。これはソルジャーの貫禄とでもいうのだろうか。
「え?ああ、使うことなんか滅多にありませんし。実は僕、一度も使ったことないんですよ。」
持ってるだけで、と。
「そうか。では、しばらく借りていいかな。」
本当にこんな返事が返ってくるとは思わず、つい柄にもなく緊張した。
彼の形のよい手がサングラスを受け取る。イメージどおり女性のような細い腕で、『伝説のタイプ・ブルー』との落差がますます広がってしまった。
「はい!無期限で結構です!」
そう言ったとき、シャトルは速度を落とし、建物地下へ進入した。
「感謝する。」
少し表情を緩めただけなのだろうが。
初めて見るこの人の微笑みに、今度こそ僕は目が離せなくなった。上官に追い立てられなかったら、このまま動けなかったかもしれない。
会談は今日を除けばあと2日。それが終われば、この人は帰ってしまうのだろうか…。
…ミュウの船へ。
2へ
一度やってみたかったアルビノネタ。しかも続きものになっちゃったよ…。 |
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