豪華なホテルは、華美なだけの中身のない抜け殻のようだと思った。ここはホテルの最上階で、多分一番いい部屋なのだろうけど、こんなところに押し込められるなら、まだ外のほうがよほどましだと思う。
部屋の隅に置いてある観葉植物さえ元気がない。それでも緑が見えるだけでもまだ癒されるのか。
その考えに、ふと連想するものがあった。
緑、といえば。
翡翠色の瞳を持つ彼は今何をしているのだろうか。今日の出来事を思い出すと、ひとりでに笑いがこぼれる。
シャトルの中で声を掛けてきたときには本当に驚いた。君は僕の意表をつくのがうまい。顔合わせの席でもうっかり笑いそうになったよ。でも、あの場で僕が笑ってしまったら、無言の非難ではすまなくなるから、こらえるのが大変だったけど。
と、自然と心が彼の元に飛ぼうと思ったとき。
ちり。
軽い頭痛を感じた。
なるほど、サイオン封じのシールドか。
平生は無視していることができるが、君の様子を知りたいと思ったときには邪魔なことこの上ない。
では、僕が君のところに直接跳んでみよう。それならばシールドの無効化は一瞬で済む。君とは邪魔のないところでゆっくり話したいと思っていたところだし。
そう思って、精神を集中させた。
ぽかんと口を開けている君の様子を見て、つい吹き出しそうになった。君のびっくりした顔は、思いのほかかわいい。
今ごろ部屋にいるはずの僕がこんなところにいることに、呆気にとられて戸惑っているのかな?
いや。それだけじゃなさそうだ。
「あ、あの、ソルジャー、あなた一人ですか?」
「そうだが?」
そんなに慌てなくても。
僕が部屋を出るとき、その前に誰もいなかったということは、とりあえず信じたようだけど、地球防衛軍としては僕が一人で出歩くと困るらしい。
軍の司令部にでも指示を仰ぐつもりなのか。それでは、君と話すことができなくて、僕にとっては寂しい限りなんだけどね。
「やはり僕が出歩くと物騒かい?」
ミュウ対応マニュアルがあるのだろう。軍にいる以上、それに従うように訓練されているのだろうけど、君も本当にそう思っているのだろうか。
うっかりそんな思いが口をついて出てしまった。
その言葉に、通信機を操る動作がぴたりと止まった君を見て、嬉しかったのが半分、疑って悪かったと思ったのが半分。
「…それだけじゃありません。」
理由があるのだと。僕を守る必要があるのだと説明した君の優しさが、単純に嬉しかった。だから、その優しさに便乗させてもらうようだったけれど、強引に君を護衛に指名した。
これで断られればそれで終わり、と思ったけれど、君は断らなかった。
おまけに、どこか行きたいところでもあるのかと訊いた君に、地球にいる実感がほしいという難しい注文をしてしまったけど、それについても悩みながらも真剣に考えてくれた。
…じゃあ、とりあえず一緒に歩いてみますか…?ここは地上ではありませんが、地球の大地には間違いありませんから。
「シン中尉…だったね。」
二人でいるというのに、黙って歩いているのももったいないと思って声を掛けた。
「はい、名前はジョミー・マーキス・シンです。ジョミーと呼んでください。」
では、僕のことはブルーと呼んでくれ。
ちょっと遊び心でそう言ったら、困った顔をされた。もちろん本気なんだけど、それ以上言うと君を余計に困らせるだろうからもう言わないことにする。
「それから今日はありがとう。」
その代わりに昼間の出来事を口にした。
ミュウに気を遣う人間というのも初めてながら、同じミュウの間でも僕の目にはあまり気を遣ってもらったことがない。それは普段はある程度サイオンでカバーできるからだが、それでも君が気にしてくれたというだけで嬉しい。
「でも後から考えて、あのサングラス、あまり使ってほしくないかなって思ったりしたんですけど…。」
…それはなぜだろう?
首をかしげていると、君はまっすぐな瞳で僕を、というよりも僕の瞳を見つめた。
「だって、サングラスかけると、あなたの綺麗な目が見えなくなるじゃないですか。」
…すぐに反応ができなかった。綺麗な目、と言われることがあまりないためと、その言外に意味するものを深読みしてしまったためと。
君は今言った言葉の意味を分かっているのだろうか?いや、分かっていない。というよりも、そんな気はまったくないんだろう。
これでは、君の言葉に照れて焦っている僕のほうが滑稽だ。
「参ったな…。」
口説き文句としては使い古された感があるが、君が言えばまた新鮮に感じるのだから、僕も末期だということだろうか。
「え?僕、何か変なこと言いました?」
やはり分かっていない。
君はいつもこんな感じなのか?今言ったようなことを、平気で軍の女性にも言っているのかと思うと、気が気でならないけれど。
「口説かれている気分だ。」
そう言えば、君は真っ赤になった。
「くどっ…!!
あの、そうじゃなくてですね!僕は感じたままを言っただけで、そんなつもりは全然なくて…!!」
やっぱり分かってなかったんだな、と思った矢先だった。
『綺麗な目…って、口説くつもりなんてまったくなくて!』
『ああ、でもやっぱりそう聞こえるよな…。』
『だって、ソルジャーの目が本当に綺麗だから!』
『こんな瞳を持つ人が本当にいたんだと思うくらい、素敵だから…。』
…これは君の思念か?
この周辺にはサイオンシールドが張り巡らされているといったのは君だったはずだけど、君自身がそれを無視して思念波を飛ばしてしまうとはどういう状況だろう。
その事実と内容が、おかしくてたまらない。
「もう…、そんなに笑わないでください。不快にさせたことは謝りますから。」
君は失言だと思っているようだけど、不快だなんてとんでもない。
君の気持ちとサイオンの力、両方を確かめられてこれ以上の成果はない。部屋を抜け出した甲斐があったというものだ。
でも、と思う。
ここがシャングリラでなくてよかった。でなければ、君の思念は敏感な他のミュウにだだ漏れ状態だっただろう。
まあ、そうなったらそうなったらで、僕は構わないんだけどね。
2へ
かねてからリクエストいただいていたブルー視点ですー。も、もしかして、知らないほうがよかったでしょうか…? |
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