|      ジョミーが訪ねてきたのは、オデュッセウス時間で既に明け方ともいえる時刻だった。『…起きていたんですか?』
 「君がここに来ると言っていたからね。」
 訪ねてきておきながら、意外そうな顔をするジョミーに、ブルーは微笑んだ。…少しばかりの嫌味は隠すことはなかったが。
 『無理は禁物ですよ。』
 その嫌味をさらりとかわしながら、ジョミーはブルーの前に立つ。微笑みの中に、苦いものを混じらせて。
 『…あなたに無理をされると、僕の寿命が縮む。お願いですから、さっきのようなことはやめてください。』
 さっき、というのは、サイオンを使った読心術のことなのだろう。
 「…彼は落ち着いたのかい?」
 しかし、ブルーはそれには答えず、突然話題を変えた。
 『ええ、あなたのおかげで。』
 神妙に答えるジョミーの言葉の中にも、とげが垣間見える。すでに、ブルーが生身で医療部を訪れたということは、ソルジャー・シンに報告が行っていたらしい。
 『今は眠っていますが、落ち着いたらヒルマン教授に我々の現状と目指すものを説明してもらいます。』
 「ヒルマン…? 君がやるのではないのか?」
 『そんな暇はありません。やることは山のようにありますから。
 しかし、彼が納得した上で協力が得られるのならば、彼は戦力になる。マザー・コンピューターに対する憎しみと悲しみが、その力を増幅させることでしょうから。』
 こともなげに言い切ってしまうソルジャー・シンの姿に、ブルーはしばし言葉を止めた。
 『…がっかりしましたか?』
 人間の、いや、マザーの与えた苦しみを癒すどころか、それを逆手に彼が苦しむ原因となった力を利用しようなどと。
 「いや。」
 ブルーは首を振った。
 「君がそうなるように仕向けたのは僕だからね。君の判断は妥当だろうし、僕が君だとしても同じことをした。ただ…。」
 優しい君が、悲鳴を上げている心を見て見ぬふりをしているのが、悲しいだけだよ。
 そうつぶやくと、ジョミーは盲いた目を伏せた。しかし、それも一瞬のことで、すぐにまぶたを上げると、前を向いた。
 『これからの予定ですが、10時からオデュッセウス政府において会談が行われます。こちらからは、政府自身によるテラズ・ナンバーの破壊を提案し、了承してもらいます。多少時間はかかるかもしれませんが、僕が破壊するよりは、彼ら自身の手で壊してもらったほうが効果は大きいと思いますから。
 併せて、所有する情報の提供と物資の支援を要求し、それらの授受が終了して、マザー・ネットワークが完全に潰えたことを確認したところで、ソレイド軍事基地へ向かいます。』
 まるで、ゲームのようだ。チェスをしているがごとくである。しかし、それで言うと、残念ながら地球へ王手をかけるにはまだ程遠い現状だが。
 「…軍事基地か。」
 『ここから近いということもありますが、軍事色の強いトロイナスを落としたところですから、一気に弾みをつけたいと思っています。』
 「勝利の美酒に酔っている間に、さらなる勝利で戦闘に自信をつけさせようということか。」
 ブルーの言葉に、ジョミーはうなずいてから、すっと手を伸ばしてきた。その手がブルーの額のあたりで止まる。
 『とにかく、もう休んでください。あなたは起きているとろくなことをしない。眠れないようでしたら、僕が寝かせてあげても構いませんよ?』
 少し荒っぽくなりますがね。
 苦笑いしながら何をしようとしているのかと思っていたら、どうやら無理やり寝かせようとしているらしい。
 「…それはまた寂しいことだ。」
 『あなたもよくご存じのとおり、僕は相手の心に働きかけて、最適な眠りを提供するなんて高度な真似はできませんから。
 それが嫌なら、自分で休んでください。』
 「困ったね。僕は自分が起きている間は、せめて君を見守っていたいんだけど。」
 『見守ってくれるだけなら、僕もうるさくは言いません。』
 さすがに眠らないと承知しないようだと分かったのか、ブルーはため息をついた。
 「…分かったよ。大人しくしている。」
 『大人しく、眠って、ください。』
 言いながら、今度はブランケットに手を伸ばす。
 「…まるで子供扱いだね。」
 『子供扱いではなく、老人扱いだと思っていただいて結構。』
 「ひどいな。」
 『そのくらい言わないと、あなたの場合自覚しませんから。』
 いや、それすら怪しいかも、と微笑む姿に。
 「…シロエにも同じように介抱してあげたのかい?」
 つい憎らしくなって、ついそんなことが口をついて出た。
 『眠りにつくまで、手を握っていただけです。』
 澄まして言ってから、ジョミーは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
 『珍しい、妬いているんですか?』
 からかうような響きに、さすがにむっとしてしまう。
 「…たまに君が僕より300歳年下だと思えないときがあるね。」
 『そうですか?』
 嗤いを含んだ思念波が向けられる。
 『でも…、僕にはあなただけだ』
 他の誰もいらない、あなたさえいればいい。
 「…そういうところも敵わない。」
 そこまでまっすぐで一途な思いを寄せられては、もう降参するしかない。
 『冗談ではなく、本当に休んでください。あなたにもしものことがあったら、僕は正気ではいられませんから。』
 地球への戦いが、あなたの弔い合戦になってしまう、そんなことを僕にさせないでください、と。
 血を吐くような思いで告げられたのは、ほんの数か月前のことだった。
 「…分かった。眠ることにするよ。」
 観念して、ゆっくりと横になって瞼を閉じる。ジョミーはその身体に優しくブランケットをかけてあげて。
 『お休みなさい、ブルー。』
 そっとブルーのまぶたにキスを落としてから、静かに立ち上がり、青の間を退出した。
 静寂が訪れた青の間。だったのだが。
 「…そうは言われてもね。」
 ブルーはふっと目を開けた。
 「ライバルが増えたようなものなのだから、おちおち寝てもいられないな。」
 未だ眠ったままのシロエの気配を感じながら、ブルーは物憂げにため息をついた。
 スクリーンを呼び出せば、ソルジャー・シンが、腹心のリオとトォニィを伴ってオデュッセウス政府へ向かうところだった。
 政府自身によるテラズ・ナンバーの破壊。
 うまいことを考えるものだ。
 ブルーはひそかに笑った。
 ミュウの、いや、ソルジャー・シンをはじめとするタイプ・ブルーの力の前には、諾と言わざるを得まいが、果たして彼ら自身が、自ら神のしもべと崇めてきたものを破壊することができるだろうか。いや。
 今後のことを考えればやってもらわなければいけないだろう。マザー・コンピューターの支配から自分たちを解き放つために。
 そう考えながら、やはり久しぶりに使ったサイオンのためか、やがてブルーは眠りの中に引き込まれたのだった。
 
 
 
 
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        | トロイナス編終わり♪ 次はソレイド軍事基地編〜。なんだかソルジャー・シンのハーレムと化してきたような気が…。気のせいと思っておこうっと。 |   |