「ジョミーは戻っているのか?」
『はい。収容施設の陥落後、こちらから向かわせた輸送艇で実験体だったミュウ30人ほどと一緒に。』
「そうか…。」
リオの答えに、ブルーは思案気にうなずいたが。
「…あとでまた来ると言っていたのに。」
『…は?』
拗ねたようにつぶやく前長の姿に、リオはつい目を丸くして首をかしげた。
「いや、なんでもない。ジョミーが無事に戻っているならそれでいいんだ。」
いつもの笑顔を浮かべてそう言うと、リオは、はあと納得したようなしていないような返事をした。
「それで、トロイナス政府の反応は?」
『降伏を受け入れ、シャングリラの着艦も許可するそうです。今わが艦は、トロイナス首都にある軍港に向かっています。』
「分かった。忙しいところ悪かったね、ありがとう。」
『いえ。お気にされませぬよう。』
そう言うと、リオは一礼して青の間を退出した。
リオが出て行ってしまうと、青の間はいつもの静寂を取り戻す。この広い空間で一人になったブルーは、心持ち上を向いて目を閉じた。しかし、すぐ次の瞬間にはすぐに目を開き、苦笑いする。
「…こういうところは成長したね…。」
同じ艦内にいるというのに、気配さえ感じさせない。誰よりも強い光と思念を持っているというのに、こういう場合は空気のようにまわりに馴染んでしまってその存在を消してしまう。
…何か、あったんだろうか。
そうつぶやいてから、ジョミーの怒った顔を思い浮かべる。
あんなに憤っていたから、戻ってくるなりすぐにここに来るかと思っていたのに。
今や、どんなことにも動じない怜悧なソルジャー・シンが我を忘れて怒鳴る相手など、ほかにいないという事実が妙に嬉しいものだから、ついいたずら心が働いて、ジョミーの気に入らないことをしてしまうクセがあることは自覚している。
もちろん、先のサイオンを使った読心術は、緊急的でやむを得ないことだったのだが、それに対するジョミーの反応が楽しみだったことも否めない。
わずかな振動がシャングリラのトロイナス軍港への着艦を伝える。
『トロイナス政府から入電。
明日午前10時、首都オデュッセウスにおいて話し合いを持ちたいとのことですが。いかがなされますか?』
ブリッジに詰めているルリの澄んだ声が響いた。
『承知した、と返しておけ。』
どこからか、ジョミーの思念が響く。
尤も話すことなどないが。
ひそかなつぶやきが聞こえたが、これは他の誰にも聞こえなかっただろう。いや、それよりも。
…医療部?
その思念波の発信元に見当をつけて、不思議に思った。リオの報告や、今のジョミーの思念波から、彼が怪我をしている様子はない。こういうときにはいつもブリッジにいるはずのソルジャー・シンが、何もないのに医療部にいるということに疑問が湧く。
少し考えた後、ブルーは立ち上がり、青の間を後にした。
「ど、どうなさったのです!?」
突然医療部に現れたブルーを見るなり、ドクター・ノルディは動揺のあまり座っていた椅子から落ちそうになった。最近小康状態を保っているが、もともとが重病患者なのだから。
「大丈夫だよ。僕は何ともない。」
それに苦笑いしながら応じてから、視線を巡らせる。ジョミーのいた気配はあるものの、本人は今ここにはいないらしい。
「ジョミーは? ここにいたと思ったが。」
それを聞くと、ドクターはああ、とうなずいてから椅子に座りなおした。
「さっき出て行きましたよ。入れ違いです。」
…こちらも気配を消して動いていたのだから、逃げたわけではないのだろう。
「どうしたんだ? ジョミーが怪我をしたわけでもないのだろう?」
「ソルジャー・シン自身はぴんぴんしてますよ。」
その言葉に安堵しつつ、次の疑問を口にする。
「では、誰が?」
「彼ですよ。」
ドクターが振り返った先に、簡易ベッドに寝かされている痩せ細った黒髪の少年が目に入った。
「彼は、トロイナスの収容施設にいた実験体だったミュウなのですが、どうやらソルジャー・シンとは既知の間柄だったようですな。施設からずっと離れず、さすがのソルジャーが閉口していましたよ。今は薬の効果で眠っていますがね。」
実験体として扱われたというのなら、このやつれようも納得できる。
「ほかのミュウは別の病室で休んでいますが、彼だけはどうしてもソルジャーの傍を離れなかったのと、ほかのミュウに変な影響を及ぼしてはいけない配慮したためとで、ここに寝かせることにしたんです。」
「…ジョミーはずっと付き添っていたのか。」
泣く子も黙る冷酷なソルジャー・シンとすら呼ばれている彼が?
ブルーの言葉に、ドクターは思い出したかのようにこっそり微笑んだ。
「あれでは仕方ないでしょうな。
サイオン・タイプはイエローですが、パワーはタイプ・ブルーに負けるとも劣らないだけの強さを秘めていて、さらにこの少年自身かなり動転していましたから。こんなところでサイオン・バーストなど起こされてはたまったものではないでしょう。」
大人が泣く子に勝てないのと同じ理由ですよ、と面白そうに笑っている。よほど、ジョミーが振り回されたことが可笑しかったらしい。
「そう、か。」
ブルーはゆっくりと少年に近づいて。はっとした。
…この少年は…。
「…名前は?」
「ソルジャーが『シロエ』と呼んでいましたね。それ以外はまったく分かりません。」
やはり。
その名前には覚えがある。
まだアタラクシアにいた頃、ジョミーがミュウなのに連れてくることができなかった、助けられなかったと落ち込んでいたときに聞いた名だ。
そうか、この少年が…。
そのとき、ぱちりと少年の目が開いた。
「え…?」
ドクターが慌てて、睡眠薬の効果は…とつぶやくのを制する。
『実験体なら薬剤に慣れてしまって、薬は効かない体質になることがあるだろう。事実、今の僕がそうだ』
そう伝えてから、ブルーはベッドの上で戸惑いながらこちらを見つめる少年に微笑みかける。
十数年前、ジョミーの思念から伝わってきた『シロエ』のイメージは10歳くらいの子供だった。今の外見年齢は14,5歳。これだけの年月を経たというのに、ほとんど変わっていない外見に。
…大人に、なりたくなかったのか…。
ふとそんなことを考えた。
「大丈夫かい? どこか具合の悪いところは?」
「ピーターパン…は?」
初めて見るブルーの姿に戸惑い、探し人の名を口にする。さらに、ブルーの向こうに見えたドクターの姿に怯えの色が混じるのを見て、大人に対する恐怖がこの少年の中に根強いことを感じ取った。
「ああ、彼は今ここにはいないんだよ。用があって出ているだけだ。」
…あのソルジャー・シンを離さなかったとは…。
確かにこの少年は不安定なのだろう。養父母の元にいた幸せなときに手を差し伸べた、ジョミー、いやピーターパンを心の支えとし、数々の実験に耐えて、運命的な出会いを果たして。
そのことが、彼の心を一気に動かしたのだろう。
やっぱり来てくれた。
ずっとあなたを、待っていた。
きっと迎えに来てくれると。
そんな思いが、ひしひしと伝わってくる。
…さらに悪いことには、ドクターのいうとおりサイオン・レベルは相当高い。本気でなかったにしろ、十数年前、タイプ・ブルーであるジョミーを退けたくらいだ。今のジョミーが彼に負けるとは思わないが、まともにぶつかれば被害はこの船内だけで収まるか分からない。
それに。
やはり、この少年に対しては罪悪感があるのか…?
「やっぱり…、ピーターパンは怒ってる、の?」
泣きそうな表情でそういうのに、ブルーはまた微笑んだ。
「怒ってないよ、大丈夫だから安心して。」
この人の笑顔には、その腹黒さとは別に、人を安心させる効果がある。
ドクターはこっそりとそう思いつつ、ブルーの言葉と表情に安心したらしく、再びまぶたを閉じる少年の姿を微笑ましく見守った。
だが。
「…で、誰が腹黒いんだって?」
天上におわす神もかくやと思えるほどの美しい微笑をたたえて振り返った前長に、ドクターは何もないのにむせてしまった。
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あ、またジョミー不在でした。(ナイトメアに引き続き…。)おかしい、Wソルジャー萌えサイトなのに…。 |
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