『収容施設の位置が分かった。今向かうところだ。』
ハーレイほかブリッジクルーに届いたソルジャー・シンの思念波。
「ソルジャー!?」
『みんなも聞いていたとおり、時間がない。収容所のほうは僕だけで何とかする。あとは頼む。』
「あなただけで、ですと!?」
『敵が収容施設と交信ができないよう、なるべく広範囲にジャミングをかけておいてくれ。すぐに戻る。』
「お、お待ちください、ソルジャー!」
しかし、無常にもジョミーはテレパシーでの交信を打ち切った。
「無茶です、お一人でなどと…!ソルジャー、応答してください!!」
ハーレイの叫びは、ブリッジクルーの同情を買うのみに留まってしまい、ジョミーには届いているのかいないのか、応えはまったくなかった。
トロイナスの衛星軌道上。ミュウの収容施設がひっそりと宙空に浮かんでいる。
…透視は不可能。強固なサイオン封じのシールドが張り巡らされている上に、強力な妨害電波が出ている。これでは、この収容施設の位置を知ることはまず不可能だ。
…まだまだブルーには敵わない。
暗く翳った表情に、ふと自嘲気味に笑みを刻む。
300年の永きに亘り、ソルジャーとしてミュウを率いた前長。今にも潰えそうな揺らめく命の炎の持ち主であるブルーのほうが、あらゆる局面に対して冷静であり、状況判断が的確であるため、教えられることが多い。
今にしたってそうだ。
収容施設の座標を突き止めただけでなく、それと同時に施設の構造まで情報として送ってくれた。おそらく、この状況を予測していたに違いない。そのことに感謝するとともに、改めて自分を戒める。
これじゃいけない。…ブルーにこれ以上の負担をかけてはいけない。
そう思いつつ、宙空で力を溜める。
…サイオン封じのシールドが張り巡らされていたとしても。
ジョミーの全身が燐光をまとう。
それは内側からのサイオンを封じるもの。ならば。
盲いた瞳が収容施設に向けられる。見るものがぞっとするような冷たい瞳だ。しかし、心の中では、悲しみと苛立ち、そして炎のような怒りの感情があふれている。
外からの攻撃には弱い…!
ジョミーの右手に蒼い光球のようなものが放電しながら渦巻く。ジョミーは気合とともに、タイプ・ブルーと呼ばれるサイオンのすべてを固めたかのようなその膨大なエネルギー体を放った。狙いは、施設の心臓部ともいえるシステム制御部。
思ったとおり、収容施設の外壁は外からの攻撃に耐え切れず、崩れ去った。
しかし、崩せたのは外壁のみ。内側はやはりシールドに威力を殺がれたらしく、完全に破壊されたわけではない。計器類の半分くらいは無傷のようだ。やはり、中から直接攻撃することが最も有効なのだろう。
…ここからは時間との勝負。
収容されているミュウがどのくらいなのか、それは分からないが、全員を助け出したい。そのためには、サイオン封じのシールドを無効化し、攻撃システムを封じなければいけない。
けたたましいサイレンの音とともに防御システムが作動し、崩れた外壁を補うかのようにシャッターが降りる。その前にジョミーの身体は制御部の一室、サイオンシールド制御室に吸い込まれるように消えた。
それを狙っていたかのように、兵士たちが制御室を取り囲んでいた。
「撃て――!」
ジョミーが降り立った位置をめがけて、銃弾の嵐が降り注ぐ。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!!」
ミュウの首魁が降り立ったと。
そう思った場所には、赤いマントだけがはらりと落ち、そこをめがけて撃った銃弾は、その向こうにいた兵士たちを直撃した。言ってみれば、同士討ちとなってしまい、同胞を撃った兵士は呆然として立ち尽くした。
そこへ、どこからか小型爆弾が投げ込まれた。
「たっ、退避――!」
「逃げ…。」
激しい轟音とともに、まわりの電子機器を巻き込んだ爆発が起こった。天井部が崩れ、その一部が落下する。
燃えさかる機器や制御板。
破壊された壁面や機材の破片や鮮血が混ざり合った床。
押しつぶされ絶命した兵士や、怪我を負いうめく兵士たちが倒れ伏した、地獄絵のような世界。
火災を知らせるサイレンと同時に、スプリンクラーが作動する。
そんな中を表情一つ変えず、歩く人影がある。サイオンを封じられていながら、臆することなく敵の真っ只中に飛び込む無謀な戦士。しかし、ミュウの唯一の攻撃手段であるサイオンをなくしても悠然と構え、これほどの災害をもたらすことのできる破壊者。降り注ぐ水とともに流れる血さえ、何の躊躇もなく踏みつけ、まったく振り返ることすらしない。
ジョミーは、制御板に歩み寄ると、完全に停止状態にあると思われる端末に触れた。その途端、警告音がして、エラー画面が映し出された。
『…まだシステムが生きているのか。』
ここにあるのは端末のみ。本体は別のところにあるため、破壊できない。とすれば、システムをダウンさせるにはパスワードが必要だ。この場にまだ生きている人間はいるが、サイオン封じのシールドがかかった状態で死にかけた人間の脳から情報を読み取ることは難しいだろう。
…ブルーじゃあるまいし、僕にはそんな器用なことはできない。ならば。シールドのパワーを超えるサイオンレベルで、この施設のネットワークごと破壊するのみ。
最も強力なサイオンを持つタイプ・ブルーとしての力が全身にみなぎる。破壊だけは得意で、よく長老からも叱られたな。
そう懐かしい思いにとらわれたとき。
小さく響いた金属のぶつかる音にはっとして。
『ジョミー!』
唐突に頭に響いた切迫したその声に、後ろを振り返るより右方向へ飛び退って機器としては役に立たない金属の塊の影に隠れた。それを追うように、発砲音が響き渡る。この騒ぎに駆けつけた新手の兵士たちの銃口がこちらを向いているのを見えたが、ジョミーは感動のない表情でその強大なサイオンを発動させた。
化け物か、あいつは…!
サイオン封じのシールドは…!?
助けてくれえ!!
兵士たちの断末魔の叫びが響くと同時に、制御室を中心に爆発が起こり、それはとどまるところを知らず、あっという間に広がった。制御部全域はおろか、司令部、管制部、ミサイル・戦闘機格納庫…。
施設のほとんどが爆音とともに宇宙の屑と消えてゆく。
そして。
収容施設の機能を司るシステムはすべて麻痺した。
生き残った収容施設の職員はほんの数人で、わざわざ殺す価値もないと思い、一室に監禁してある。
今ジョミーは、ミュウの収容部に向かっている最中だった。この部分だけは、爆発の影響を受けないよう気を配っただけあって、亀裂ひとつ入っていない。何事もなかったかのように静まり返っている。
あの人は、この様子を見ていただろうか…。
ふと、ジョミーの顔に苦いものが入り混じる。
『まったく、あの人にはしっかり言っておかないと…。』
あれほどサイオンは使うなといっていたにも関わらず、意識を飛ばしてくるとは。まるで過保護な親のようだと思いながら、ジョミーはため息をついた。
この施設を敵の管理下から奪ったあと、ハーレイに再攻撃の命令を出した。既に圧勝したとの報告も受けている。いつもどおりトォニィたちが大活躍だったそうだが、特にトォニィの怒りようはものすごかったらしい。敵の司令官が乗る旗艦を完全に破壊した上に、脱出しようとした司令官本人を締め上げたということだった。
…まあ、勝ったのだからどうでもいいか。
そんな風に考えて、実験体のミュウの居住エリアに入る。居住エリアとは言いつつも、住んでいるという感覚ではなく、実験動物さながらに、小さなポッドに押し込められているだけといったほうが正しい。
その異様な眺めに、かつてブルーたちが受けた仕打ちの記憶がよみがえる。
…もう二度と、こんな悲惨なことにはさせない。
美しい彼の人に誓う意味で、そうつぶやいてから一歩踏み出す。
おそらく。
サイオン封じのシールドが解けたとしても、サイオンリングを嵌められているミュウは、一切の抵抗ができないのだろう。
ジョミーは、無作為にナンバーの貼ってあるポッドに近づき、そっと扉を開けた。
生気のない表情の少年が寝そべった状態で、うつろに虚空を眺めていた。首には黒いリングが嵌められている。
その様子が哀れを誘ったのか、ジョミーは動作を止めた。
そして、しばらく身じろぎもせず少年を見つめてから、息を吐いた。
…あの人の記憶の中にあるものと、ほとんど同じだ。
その悪魔のリングを嵌められているだけで、ミュウはサイオンが使えないばかりか、気力さえ根こそぎ奪われ、身体すら動かす力をなくしてしまう。それは、彼の人の記憶にも、しっかりと刻み込まれていた。
ジョミーは、サイオンリングを破壊するべく、悪魔の道具に手を伸ばした。が、その手は少年のやせ衰えた手によって掴まれた。
「…ピーターパン…?」
嬉しそうな微笑みを浮かべた少年は、身体を動かすことも億劫だろうに、両手をジョミーに伸ばしてきた。
「迎えに、来てくれたんでしょう?」
そう、かすれた声で言われるのに、ジョミーは盲した目で少年をじっと見つめているだけだった。
8(トロイナス4)へ
シロエとの再会をやってみたかったのであります…!さてさて、ブルーとトォニィだけでも大分『渡世鬼』状態なのに、シロエが入るとどーなるのでしょう? |
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