|    長距離ミサイルがレーダーに映る。「ミサイル、多数接近!」
 「…来るぞ…!」
 「サイオンバリア、展開!」
 言うが早いか、ミサイルの衝撃がシャングリラを襲う。
 サイオンバリアで吸収し切れないほどのミサイルの破壊力に、ブリッジクルーに動揺が走った。
 「船体の被害報告を…!」
 ハーレイがよく通る声でオペレーターに叫ぶ。
 「サブエンジン一部破損!」
 「居住区は無事です…!」
 「よし、該当のサブエンジンは一時停止、早期修復に努めろ。居住区でまだ避難していないものがいないか確認!」
 次々と情報の伝達がなされる中、ソルジャー・シンはただ一人静かにブリッジの中央にたたずんでいた。前のスクリーンでは、トォニィたちの乗った戦闘機が4機高速で飛び去っていく様子が見える。
 その直後、再びオペレーターの悲鳴が響く。
 「高エネルギー体急速接近、小惑星に隠れた戦艦からのビーム砲だと思われます!」
 言うが早いか、シャングリラがまた揺れる。
 さすがにハーレイも苛立ちを隠せない。
 「防御セクション、何をしている!」
 「コンピュータルームも一部被弾!」
 「居住区、避難終了しております!」
 「攻撃の合間がほとんどありません…!集中が途切れがちになっています!」
 「弱音を吐くな!」
 「高エネルギー体、再び接近!」
 「何!?」
 そんな慌しいやり取りに、誰もが次の衝撃を覚悟したそのとき。ゆらりとジョミーの身体を燐光が包んだ。
 衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。ビーム砲は着弾前にシャングリラの前で雲散霧消したのだ。その理由はひとつしかない。
 『体勢を立て直せ。しばらくは僕が防御に当たる。』
 ソルジャー・シンの強大なサイオン。ナスカで生まれた7人を除けば、ミュウ全体を合わせたよりも強い攻撃力を持つと言われるそれを、前面に押し出して戦うことなど久しくなかったのだが。
 「は…、申し訳ありません…。」
 今や何も映すことのできない暗く翳った瞳。それを向けられると妙に落ち着かない気分になってしまう。
 増してや、先頭に立ってあらゆる判断を行うため、戦況を見据えているソルジャーに尻拭いをしてもらったような気になっているのだから、それも当然だ。ここは辺境の育英惑星。いくらトロイナスの軍事色が濃いとは言えど、地球の人類統合軍には遠く及ばないはずなのだ。
 『気にするな。ブルーに出てこられるよりはマシだ。』
 しかし。苦りきって伝えられたその言葉にハーレイは変に気が抜けてしまった。
 …そういうことか…。
 メギドでの二の舞を警戒してのことだと知って、安心すると同時に脱力する。だが、呆けてばかりもいられない。
 「防御セクション、集中を切らすな!サイオンバリアを維持、次が来るぞ!」
 「トォニィたちは敵前線部隊と接触しました!」
 その声に、全員がほっとした様子が分かる。
 ナスカで生まれた子供たちが敵を蹴散らしてくれる。
 もう大丈夫だ…!
 オペレーターの言葉にそんな思念が飛び交う。
 しかし、冷静な人間がここにいた。
 『…まだ勝ってなどいないのだがな。』
 そんなジョミーのつぶやきは、幸いなことに誰にも届かなかった。
 スクリーンの向こうで、無数の光が起こる。トォニィたちが、敵を攻撃し、撃破した勝利の光。
 「敵艦隊、陣形崩れます!」
 わあ、という歓声が上がった。トォニィたちを快く思わないミュウは多いが、戦いにおいて重宝されているということがよく分かる。
 「ソルジャー、敵艦隊から通信が入っています。」
 『繋いでくれ。』
 大方降伏するとでも言ってくるのだろう、と誰もが思っていたのだが。
 「貴様がミュウのソルジャーか。」
 スクリーンの中で、初老の軍人が若く見えるジョミーをあからさまに見下して笑っていた。
 『そうだ。』
 不快感すら表情に出さず、ジョミーは思念波で応じる。だが、彼にはそれが気に入らなかったようだった。
 「ふん、忌々しい…!ミュウのテレパシーか!」
 吐き捨てるように言いながら、男は続けた。
 「ミュウの諸君、わが惑星にはミュウの収容施設がある。貴様たちが攻撃をやめなければ収容されているミュウを殺す。
 どうだ…?」
 憎々しげに言われた言葉に、シャングリラ艦内がどよめく。
 ミュウの収容施設だって…?
 そんなものがここにはあるのか…!?
 仲間を殺すと言うのか!卑怯な…!
 人質を取って我々を足止めしようというのか!
 ミュウは基本的に優しく弱い。ほんの少しのショックで動揺し、力を出し切れなくなってしまう。おそらくそれを考えて、わざとこの男は挑発するようなことを言って不安を煽っているのだろう。
 だが、ジョミーは動揺のかけらも見せない。その様子に、スクリーンに映る男はにやりと笑ってジョミーをじろじろと眺めた。
 「しかし、これだけのミュウを収容しきれるか分からんな。
 貴様ならいい実験体になりそうなのだがな、タイプ・ブルー。それに、貴様の容色ならば、収容施設の職員にかわいがってもらえるやもしれん。
 その他はクズだからさっさと処刑してしまったほうがいい。」
 再び艦内がざわついた。
 我々がクズだと…!?
 ソルジャーを実験体にすると言うのか!
 ミュウを何だと思っているんだ!
 『トロイナスにミュウの収容施設があるとは聞いていない。』
 終始無言だったジョミーが、言外に脅しではないかと問う。その際にも表情はまったく変わらない。いつもの無表情のままだ。
 「それは貴様らが知らんだけだ。
 別にいいのだぞ…?もともとミュウなど不適格者で、必要のないものだ。1人殺そうが100人殺そうが、感謝されてしかるべきものなのだ。」
 残酷そうな微笑みを浮かべ、男は楽しそうに言う、
 「我々はむしろ好都合。実験体のミュウを公然と殺す大義名分ができるのだからな。
 しかし、貴様はミュウの指導者でありながら、同じミュウを見捨てることになるわけか。」
 ミュウを根絶やしにするためには、同胞をも見殺しにする人間にだけは言われたくない台詞だ。ナスカで、シャングリラの周辺にいた前方の部隊を無視し、後方から地獄の業火を放った事実は未だに記憶に残っている。
 そのせいだろうか。わずかにジョミーの表情が変わった。今の今まで罵詈雑言に無言を貫いていたジョミーにも、その台詞は琴線に触れるようなものだったのだろうか。
 『…しばらく…、待ってくれ。』
 必死に動揺を隠そうとする姿に、いつもの毅然としたソルジャーのイメージが崩れそうになる。だが、むしろ男はジョミーのそんな姿を嘲るようににやにやした。
 「ふん、選択の余地はないだろうがな。よかろう、10分間やろう。」
 勝ち誇った微笑を浮かべ、相手はスクリーンから消えた。
 それと同時にジョミーがハーレイを振り返った。表情に焦りが見えるのは、最近では珍しい。
 『キャプテン、攻撃は一時中止と伝えろ。ここを頼む。』
 「ソルジャー・シン!?」
 言うが早いか、ジョミーの姿はふっと消えた。そしてブリッジは、指導者不在で途方に暮れたのだった。
 
 『…何を考えているのですか、あなたは!』
 ジョミーのテレポートした先は、青の間だった。
 「やあジョミー。」
 にこやかな笑顔で迎え入れたブルーは、ベッドに腰掛けて怒りの表情を浮かべるジョミーを見やった。
 「来てくれたのは嬉しいけど、時間がない。さっさと収容施設にいるミュウを助けに行ったほうがいい。座標はさっき伝えたとおりだ。」
 『…ブルー、あなたに言いたいことはひとつだけです。
 軽々しくサイオンを使わないでください!』
 ブルーの涼しげな表情に比べ、ジョミーのそれは憤怒そのものだ。
 それはそうだろう。今は小康状態を保っているとはいえ、ブルーの身体は確実に弱っているのだから。
 「すまない、君が実験体にされるというくだりで冷静さを失ったんだ。」
 微笑みながら軽く謝罪されたが、ジョミーの怒りは収まらない。
 『そんな見え透いた話で納得すると思っているんですか…!
 確かに時間がないので僕はこのまま出ますが、後でまたここに来ますからね!』
 「心配しなくても、大した力は使っていない。」
 『僕がどれだけ探りを入れても、あの男からミュウの収容施設の位置を探ることは不可能でした!』
 「それは得手不得手の問題だ。」
 『ああ、分かりました!そのとおり、僕には心理を探るなんてことはできません…!
 しかし、これ以上はやめてください!』
 どう釈明しても収まりそうにないジョミーの怒気に、ブルーはため息をついてうなずいた。
 「…分かった。
 収容施設には君が自ら出向くつもりなんだろう。ハーレイには僕から伝えておく。
 では行きたまえ、ソルジャー・シン。」
 ジョミーは恨みがましい一瞥を送ったが、ブルーはどこ吹く風とまったく堪えた様子はなかった。
 『結構です!僕がテレパシーで伝えておきます!』
 怒りをあらわにしたままのジョミーの姿がふっと消える。
 ブルーはジョミーのいた空間を見ながら、苦笑いした。
 「…君に関わると、本当に冷静ではいられないんだよ。例え君がどんなに立派な指導者になっていたとしても。」
 ブルーはそうつぶやいてから、ふと思い出したように顔をしかめた。
 「…ジョミーの容色なら…か。
 さすがに収容施設まで意識を飛ばすと…、叱られるか。」
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        | お互いに心配性なブルーとジョミー。ジョミーが関わるとブルーは体調を忘れるし、ブルーが関わるとジョミーは立場を忘れるし…。でもそんな二人が好きです…!
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