懐かしい、夢。
船のどこにいても感じられる気配。太陽のようにまぶしく、輝かしい強い精神。それでいて、優しさと慈愛に満ちた心を持つ、ただひとつの存在。
よく笑い、よく怒ってよく泣いて。
そんな感情豊かな君に、どれほど力づけられたか。いや、それより先に、寿命が尽きるというときになって、君の存在を知った僕がどれほど嬉しく思ったか。
君は分かってはいなかっただろう。
甘くこそばゆい感覚の中、ふと目を覚ますと、昔と変わらぬまばゆい気配がそこにある。
ジョミーは、ソルジャー・シンは変わったと言われているが、その存在感を示す強烈な印象はまったく変わっていない。
『今回は随分と待ちました。』
そのジョミーは、苦笑いしながらベッドサイドに立ってブルーを見下ろしている。
「…それはすまない。」
この艦内では最も多忙を極めているだろうジョミーを、いやソルジャー・シンを待たせることができるのは、かつてのソルジャーであるブルーだけだろう。
『いえ、僕が勝手に待っていただけなので。それに、ずっとここで待ったわけではありませんから。』
と言うことは、今回の眠りは長かったということなのだろう。
言外に気にする必要はないと伝えてから、ジョミーは現況の説明に入る。
『このところ、地球側の軍備が増強されているようで、戦いが厳しくなってきています。アルテメシアの二の舞を警戒しているのでしょう。
今までは勝利の連続でしたが、これからはそうはいかないと肝に銘じておく必要がありそうです。』
つまり、アルテメシアはテラズナンバーの支配から完全に解放されたということなのだろう。いや、地球側にとっては、ミュウによる制圧という表現のほうがふさわしいと思われる。
しかし、残念ながらそのあたりは眠っていたようで、記憶にない。アタラクシアのテラズナンバー破壊は覚えているが、エネルゲイアには出撃のあたりまでしか思い出せない。
だが、アルテメシアが陥落したとすれば、地球側がシャングリラを叩こうと躍起になるのも分かる。メギドから逃れたほどの力を持つ種族だと思えば、脅威にたる存在であるから余計にだ。
ジョミーの言葉にうなずいて同意すれば、彼はふと苦い顔になる。
『…ただ、一度大敗を喫しないと分からないものはいそうですが。』
誰のことを指しているのかは分かる。
経験の浅い、幼い子供たち。そんな子供を戦場に引っ張らなければいけないのだから、こちらもぎりぎりの状況で戦っている。
『シャングリラはこの後中距離ワープに入り、次の育英惑星に移ります。…回り道をしているようではありますが、確実に外堀を埋めて行く必要がありますので。』
目標がSD体制の崩壊にあるのでそれは必要なことだし、一足飛びに地球に向かったとしても、子供たちを育てる育英惑星でSD体制の教育がなされては意味がないことだからだ。
ただ、その言葉の中には焦りが見え隠れするのが分かる。
『あなたを地球へ連れて行きます。』
…僕の寿命が尽きるまでに。
だから、君が寝る間も惜しんで動き回っているということも分かっている。それに対しては、無理をするなとしか僕には言えないけれど。
『パルテノンからの通信はありませんが、このまま我々が進撃を続ければいずれ何らかの接触があるものと思います。向こうの出方を待ってからこちらもこれからの態度を決めたいと思っています。』
何か聞きたいことは?と続けられるのに首を横に振って応え、代わりに別のことを口にする。
「夢を見た。」
『…夢…?』
「君がここに来たばかりのときの夢だ。」
思念を隠すことがまだ下手で、いたるところで騒ぎを起こしては、あるものは眉をひそめ、あるものはほほえましく思っていた、華やかなとき。どこにいても話題の中心人物だった、君。
「あのときはまだ地球が見えなかった。けれど、今は見えないながらも感じられるようにはなった。」
だが、そのために払った犠牲は大きい。ナスカでの戦いのために、死んでいった仲間たち。そのために傷ついた生き残った仲間たちの心。そして…。
君の光と音、それから声。
『それでも、そう遠くない未来に目にすることができますよ。』
地球の姿を。
微笑みながらそう思念波で語りかける。
地球の座標を手に入れることができたという知らせは、ハーレイを通じて聞いた。それはそれで嬉しかったが、かつて追われたアタラクシアで、君自身が辛い思いをしたのではないかと心配した。それに反して君は動揺のかけらも見せず、淡々と報告に来たが。
「…アタラクシアには、君のご両親がいただろう。」
そう伺えば、君は黙ったまま一呼吸遅れてうなずく。
「会ってきたのか?」
『…いえ。』
会うチャンスはあったとリオから聞いていたが、やはり会わなかったのか。
「今の君の姿を見て、厭うような人たちではあるまいに。」
『彼らにとっても僕にとっても、必要のないことですから。』
はっきりと言い切る姿に迷いは見られない。
「そうか…。」
…君が納得しているのなら、それでいい。
『僕は、あのとき生まれ変わったんです。あなたの導きの元で。』
だから、と続ける。
『僕にはあなたさえいれば、それでいいんです…。』
それは、いつか来る破滅を見つめていると同じ。
いずれ寿命の尽きる僕に構うことはないと、そういえばいいのだろうが、君のその言葉に救われていると感じることも確かで、結局その先が言えない。
手を伸ばすと、何だろうと首をかしげながらも君は僕の手を取る。
「…痛むことはないのか…?」
今では片鱗も見せないメギドでの傷。
あのときに死ぬはずだった僕を助けた代償。
『いえ、まったく。』
そんなことはないだろう。痛さや辛さを表面に出さないことに慣れてしまっただけ。時おり、軋みを上げている君の心を感じて、こちらのほうが切なくなる。
「…そうか。それならいい。」
そう言うと、ほっとしたような君の表情が。
突然、凍りついた。
何だろうと思ったその次の瞬間、ジョミーの緊張の理由を理解することができた。ぞくりとする感覚とともに。
『失礼します…!』
言うが早いか、ジョミーの姿が掻き消える。
さらにそれから一拍遅れて艦内の警報が鳴り響いた。
長距離ミサイル、これは10機以上だ。レーダーにも引っかからないような距離からの発射でここまで正確にこのシャングリラを狙えるものなのか…?
轟音が響き渡る。しかし、シャングリラを襲ったのはその音の大きさに比べればわずかとも言える振動のみ。
ジョミーのサイオンによる防壁がミサイルの衝撃をほとんど吸収したことは、すぐに分かった。そうでなければミサイルの被弾に備える暇もないシャングリラは、多大なる損害を被っただろう。
『総員臨戦態勢をとれ!ブリッジ、サイオンビーム装填、サイオンバリア発動、シャングリラをステルスモードへ移行!
急げ、第二弾が来る…!』
ソルジャー・シンの緊迫した思念波が響き渡った。矢継ぎ早に出される的確な指令に、今の攻撃によるジョミーのダメージがほとんど見られないことに安心した。
『トォニィ、準備が出来次第出撃!キャプテン、被害報告!』
艦内にも、ジョミーの指示に従えば大丈夫、という安心感がいつの間にか芽生えているのを感じる。ジョミーの容赦のない戦い方を快く思わなかったものたちも、それは同様だ。やはり、結果が出れば人はそれについてくるということなのだろう。
それにしても、ここまで高度な攻撃を仕掛けてくるとは、よほどこのシャングリラを恐れているらしい。ジョミーの予感は的中したようだ。
君を次期指導者に指名した、僕の判断の正しさを実感しながらも、それでも君らしさを押し殺している君を思うと…。
…辛かった。
5(トロイナス1)へ
久しぶりの更新!(いや、ホントに何ヶ月ぶり…?)そろそろオリジナル色が出てくるかなーと…。あ、でもオリジナル設定・展開はありますが、オリキャラは難しくて作れないので出てきません…。ということで、まったーりと更新します〜。今までよりもちょっと力入れてね! |
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