『…お邪魔でしたか?』
僕たちの姿を交互に見比べて、ジョミーは面食らったように首をかしげた。
「いや、君を待っていたんだ。」
そう言えば、なおさら怪訝な顔をした。
そんなにおかしな組み合わせでもなかろうにと思うが、ジョミーにとっては意外だったらしい。いや。意外というよりも不服そうではあるが。
「どちらかといえば、ハーレイのほうがね。」
『キャプテンが?』
「そうですとも!
お忙しいのはよく分かりますが、あなたときたら一箇所に長くいることがないので、こちらから相談したいことがあっても捕まえることができないのですよ。最近は気配をうまく隠されるせいで、連絡ひとつ取ることができません!」
ハーレイの言葉を聞いたジョミーは、うんざりした表情を浮かべた。
「ハーレイ、ジョミーは気配を隠してはいないよ。」
「は…、そう、なのでしょうか…?」
ハーレイに言っても分からないだろう。
思念が強く、どこにいてもその存在を知られていた当時のジョミーと比べると、確かに今彼の気配を感じることは少なくなった。
通常どこにいてもその強力なサイオン能力のため、存在感はずば抜けてはいるが、一旦何かに没頭し、周囲の雰囲気と同化してしまうと、その気配はおそろしく希薄になってしまう。思念が強いということは、個が強いということであり、今のジョミーは個人的な思惑はすでに頭の中から追い出している状態なので、気配が捕らえられないという結果になる。
「と、とにかく、あなたがなかなか捕まらないので、こちらとしては非常に困るのです。
大体、あなたはご自分の部屋にさえ戻らないではありませんか!食事も巡回先のちょっとした場所で取っていたり、睡眠だって機関室や後部艦橋の椅子で、あるときには待機中の戦闘機の中で取っていたことがあると聞いています。そんなことをしていては、お身体をお壊しますぞ!」
『お説教なら後にしてくれないか。』
ハーレイの心配は最もだが、今のジョミーにはそんなことを聞いている暇も惜しいらしい。そう、時間があれば、こんな説教をされることもないのだから。
さすがにそれに気がついて、ハーレイは咳払いをした。
「いや…、失礼を。
今日私がここにいたのは、どうしてもあなたに確認したいことがあったためなのです。」
『それで、どうしてブルーと一緒にいる必要がある…?』
どうもこれがジョミーの不満の原因だったらしい。心を隠すのがうまくなったジョミーだが、こういうときにはうっかり心がこぼれてしまうらしい。
しかし、ジョミーの言葉はまたハーレイを刺激してしまったようだ。
「ですから!
先ほどから申し上げているとおり、あなたをブリッジで5日待とうが10日待とうが現れるか否かそれさえ分からないことに比べれば、ここで待てば、2、3日のうちに必ず会えるでしょう!」
『…ああ、そういうことか。』
実は。
ジョミーは、ブリッジには自分が用のあるときか緊急事態でない限り滅多に顔を出さない。これはブリッジクルーを信頼しているからに他ならないと、各々理解しているので問題はないが、今のように話をしたいということになれば総出で指導者探しをしなければいけないことになる。何せ、探索対象は寝る間も惜しんで忙しく動き回っているのだから。
だが、ブルーの元にはその忙しい合間を縫って必ず定期報告に現れている。それが2、3日に一度という割合なのだ。
「そういうことだ。今回、僕は出汁にされたようなものだよ。」
だから、気にするには当たらないと言外に伝える。
「出汁という言い方はないでしょう、ブルー。」
「では、ジョミーを釣る餌かい?」
言い得て妙だ。というか、そのまんまである。
それに釣られてしまったジョミーは困ったような顔をしたが、すぐにもとの無表情に戻った。
『では、キャプテンの確認事項から聞こう。』
ようやく本題に戻れそうで、ハーレイは心なしかほっとした表情で口を開いた。
「昨日リオから聞いたのですが、エネルゲイアの攻略を開始されるとか。」
『ああ、そのことを報告しようと思っていたんだ二人がそろっているならちょうどいい。』
と、今度はブルーに向き直る。
『あなたへの報告が遅くなって申し訳なかったのですが、すでにエネルゲイア攻略のための部隊は準備して、出発するのみとなっています。』
「出発するのみですって!?
リオから聞いたところによると、部隊は数人程度だという話ですが、まさかそんな少数で都市ひとつ攻略するつもりではありますまい?」
「ハーレイ、ジョミーの話も聞いてみないと分からないだろう。
ジョミー?」
ブルーが促せば、ジョミーは頷いて続けた。
『確かに一都市を攻略するのに多いとはいえないと思います。
構成は、僕とツェーレンとタキオン、ペスタチオ、タージオ、それとコブです。』
「確かに少ないね。」
『今回は戦いを仕掛けるのが目的ではありません。
できれば穏当な話し合いの末に協力してもらうということが第一の目的ですから。もっとも最初からそう簡単に行くとは思いませんが、アタラクシアの現状も説明して理解してもらうつもりです。』
珍しく話し合いをしようというジョミーに、ハーレイは最初目を丸くした。
『エネルゲイアの軍事力と工学技術は使えます。
他の惑星に移動する前に、シャングリラの攻撃・防御機能の強化、それから巡洋艦、駆逐艦の調達を行いたいと思っています。これからの戦闘は激化することが予想されますから。』
エネルゲイアには軍事力提供の協力を頼みたいため、穏当な話し合いという表現を使っているのだろう。
言いながらジョミーはふと不自由な目で周囲を見やる。
『それにアタラクシアもまだ不安定ですから、シャングリラの戦力を落としたくはありません。
エネルゲイアで何かあっても僕がフォローしますから、持久戦にならない限りは問題ないでしょう。最初に力の違いを見せ付ければそれで終わります。』
やはりやることは、話し合いという名を借りた脅迫のようである。
そして今度は、ジョミーはハーレイに向き合った。
『シャングリラはキャプテンにお任せする。
残ったナスカの子供たちには、何かあればキャプテン、あなたの指揮下に入るよう言い含めてあるので、指示をお願いします。』
さて、あの子どもたちが大人しくハーレイの言うことを聞くかどうか分からないが。
それに、居残りメンバーに入っている…。
「トォニィは、連れていかないのですか?」
ハーレイが意外そうにつぶやいた。
『彼にはここに残って、もしものときに戦闘の指揮を執ってもらうつもりだ。』
「本人は納得した?」
ブルーがそう聞けば、返事まで間があった。
『抵抗はしていましたが…。納得してもらいます。』
特定の誰かのわがままを許していては、示しがつかない。それが組織というものだ。
「それがいいだろう。」
『エネルゲイアのことは以上です。部隊の人数の件は納得していただけましたか?』
当然、この質問はブルーに向けられている。
「君が仕立てた部隊だ、反対する理由はない。
では、気をつけて。ジョミー。」
『…行ってきます、ブルー。』
ふと。
今まであまり表情のなかったジョミーの顔に、笑みが浮かぶ。
ジョミーがこんな表情をするのは、いまやブルーの前でだけになってしまっている。かつて指導者として立っていたものと、今指導者として立っているもの。いや、それ以上の強い絆が二人には存在するのだろう。
この場にいるハーレイは、いつものことと見ないふりである。
と、そこへ強い思念波が飛び込んできた。
『ジョミー、そこか!?』
噂をすれば、本人の登場である。
テレポートで現れたトォニィに、ジョミーは思いっきり顔をしかめた。止める間もあったものではない。
「トォニィ、黙って他人の私室に入るなとは何事だ…!」
ハーレイの非難などまったく聞こえていない。当然といえば当然、トォニィはジョミーしか見ていなかった。
「僕をエネルゲイアに連れて行かないってどういうことだ!?」
やはりそのことか、とジョミーは渋い顔を作る。
『説明したはずだ、万が一ここが戦場になれば、お前が指揮を執る必要があるからだと。』
「イヤだ!何といわれても僕はジョミーと一緒に行く!!」
『…相変わらず聞き分けのない…。』
苦りきった表情を浮かべたジョミーだったが、ある程度予想はできていたらしい。しかし。
『だが、これはもう決定したことだ。お前はここに残れ。』
「絶対イヤだ!」
『トォニィ!』
「僕がいない間にジョミーに何かあったら…!」
まるで、それがトォニィの悲鳴のように聞こえて、さすがにジョミーもしばらく押し黙った。
『…大丈夫だ、エネルゲイアには戦いに行くわけではない。』
珍しく諭すようなジョミーの思念波が響く。
『それにツェーレンやタキオンたちも一緒だ。何もあるはずがないだろう。』
「そんなこと分かるもんか!」
『トォニィ、もう一度言う。
命令だ。お前はシャングリラに残り、もしものときに備えろ。』
ソルジャーの命令ならば、何を差し置いても最優先させなければならないだろう。けれど、そんなことに捕らわれないのがトォニィだ。
「まっぴらごめんだ!」
「トォニィ。」
二人の言い争いの間に、落ち着いた声が割り込んだ。
「ソルジャー・シンは君を信頼して留守を任せると言っているんだ。戦闘になれば、ソルジャーに成り代わって君が指示を出すべきだとね。」
ブルーの静かな言葉に。
トォニィはなおさら表情を険しくさせた。
「あなたにそんなことを言われたくない!」
「トォニィ!」
ハーレイがたしなめる間もなく、トォニィは悔しさをにじませたままテレポートで移動した。ブルーのことはもう見ようとさえしなかった。
台風が去ったあとといった様子で、ジョミーがため息をついた。
「余計なことを言ってしまったね。」
ジョミーとの喧嘩腰の話し合いをブルーによって途中でさえぎられて、結果トォニィの怒りを煽ってしまったことは事実なのだから。
『いえ、そんなことは…。』
「君はもう出発しなければならないのだろう?
ならば、帰ってからトォニィとよく話し合ったほうがいい。」
その言葉にしばらくジョミーは黙っていたが、やがて目を伏せた。
『…分かりました。では。』
ジョミーはブルーに対して一礼すると、ふっと消えた。
青の間にはブルーとハーレイの二人が残された。
「ハーレイ。」
「は…。」
「トォニィはいい子だね。」
「はあ…。」
でも。
ジョミーは渡さないけどね。
3(アルテメシア2)へ
ううう、こんなベタな展開で申し訳ない…!一気に昼メロになっちった。 |
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