ジョミーはハーレイとトォニィを伴ってソーラデヤ政府の要人と会談し、ソーラデヤでの行動の制限を設けないことや、人類統合軍並みの燃料物資の補給を受けることを約束させた。それは育英惑星攻略の際に要求しているものと同じだったが、今回はさらに追加すべきことがあった。
『それから、実験施設の取り壊しと収容されているミュウの引渡しを要求する』
毅然としたソルジャー・シンのテレパシーに、相対する温厚そうなソーラデヤ市長は表情も変えずにうなずいた。そう言われることは、最初から予想はしていたらしい。
「すぐにも施設のミュウは開放する。施設自体も半年以内に三分の二は撤去しよう」
「待て! なんで半年もかかるんだよ! しかも何で全部じゃないんだよ!?」
ジョミーの後ろにいたトォニィが慌てて怒鳴った。
「トォニィ…!」
それを渋い顔でたしなめたハーレイだったが、こほんとせき払いすると口を開いた。
「…確かに、半年で施設の三分の二を撤去というのは解せない。施設はもっと早くに解体させることは可能だろうし、しかも一部残すというのはどういうことだ?」
「これはミュウの皆さんへ私からの提案なのですが」
市長は禿げあがった頭に手をやりながら切り出した。落ち着きはらった姿は、今までの人類にはないものだ。大規模なミュウの収容施設があるため、ミュウに慣れているのか、はたまた生来のものなのかさっぱり分からなかった。
「あなた方もご存じのとおり、この惑星上にあるミュウの収容施設は、宇宙一規模が大きい。最初の収容所が竣工して以来、200年以上は経過している、言ってみれば歴史的価値のある施設です」
…建設年数の真偽のほどはよく分からないが、確かにここは数ある育英惑星や軍事衛星の中で、もっとも規模の大きいミュウ収容施設兼実験施設を持つ星だ。その施設はそれなりに年月の経た施設であろうが…。
「あなた方はこれから人類とミュウとの関係を塗り替えていくことでしょう。そして、やがてお互いが共存できる平和な世界が訪れる。それは素晴らしいことだ。けれど、人はのどもと過ぎれば痛みを忘れてしまう生き物。平和な世界に慣れてしまえば、かつて辛酸を舐めたあなた方の戦いも忘れてしまう」
ハーレイはよどみなく話す市長を、眉をひそめて見つめた。トォニィにいたっては、胡散臭そうな表情だ。
「人類とミュウの戦いを忘れないためにも、この惑星の収容施設は教訓として一部残すべきだと思うのですよ。あまりよい記録とはいえないが、ここにはミュウの実験記録もある。個人情報に留意さえすれば、きっと後世に残すべき記録として価値あるものとなるでしょう。そうすれば、きっと我々の子孫もこの戦いのことを忘れないでいてくれると思うのです」
『だが、まだ人類とミュウとは共存できているわけではない』
ソルジャー・シンはというと。
市長が話している間中表情ひとつ変えなかった。
『戦いは続いている。そんな配慮は無用だ』
…切って捨てるような冷たい台詞だった。市長の今の提案は、的外れだといわんばかりの態度で、ジョミーは何も見えない翳った瞳を市長へ向けた。
『半月以内に施設のすべてを破壊しろ。ミュウの開放も今日中に行うように。すぐに施設まで迎えをやる』
それだけ言うと、ジョミーは立ち上がった。トォニィは当然のようにそれに従うそぶりを見せたのだが。
「…ソルジャー…!」
ハーレイの声に、トォニィが怪訝そうな目を向ける。しかし、ジョミーは一顧だにしない。そのまま歩調を緩めることなく、廊下に続くドアを開けた。
「ソルジャー、私は…」
だが、その先が続かない。ハーレイの戸惑ったような思念に気付いていないわけもないだろうが、ジョミーはためらいもなく部屋を出て行ってしまった。
「…何やってんのさ、行くよ」
トォニィは首をかしげてからジョミーを追いかけて部屋を出て行った。ハーレイは、頭を振ってからふたりを追おうと、ゆるゆると歩き出した。そのとき。
「そうでしょうなあ」
のんびりとした声が聞こえた。ハーレイは足をとめ、その声につられるように振り返った。人好きのするような笑顔を浮かべた市長が、諦めたようにため息をついている姿が目に入る。
「いえ。我々人類はミュウに対して非道なことをしてきたから、当然の反応だと思いましてな。許してもらおうなどとは思っていないが、私なりに精一杯の提案をさせていただいたのだが」
信用が置けないのも無理はない、と自嘲的につぶやいて、次には諦めたようにハーレイに笑いかけた。
「ましてや、ミュウを束ねるソルジャーともなれば、当然の答えでしょう。ソルジャー・シンが、あのような痛々しいお姿になられたのは、人類との戦いが原因だったと聞きます。さぞやソルジャーの無念の思いは強いことでしょう」
「いや…。ソルジャーは私怨でものごとを判断する方では…」
さすがにその発言は見過ごせなかった。ジョミーはSD体制を崩そうとはしているが、一人でも多くの人類を殺すことを目的にしているわけではない。
「もちろんそうでしょうとも。そういうつもりではなかったのです」
市長は慌てて首を振った。
「そのときの戦いで、ミュウの何割かは亡くなったともきいておりますから。ソルジャーとしては、そんな仕打ちをした人類をそうそう許す気にはなれないでしょう。同胞を殺されて、にこにこしていられるほうがどうかしている」
だからジョミーはそんなことを考えているわけじゃなく…。
否定しようと思ったが、ハーレイもこの市長にどういえば分かってもらえるのか自信がなくて口ごもった。その様子をどう思ったのか、市長は立ち上がると深々と頭を下げた。
「私はね、なぜミュウと人類はともに生きることができないのか、ずっと疑問に思っていたのですよ。信用できないかもしれませんがね。実験施設のミュウ扱いを知ってから、ずっとそんなことばかり考えていました。なぜ同じ人間なのに、こんなひどいことをされなければいけないのかと。ですから。」
市長は顔を上げると、ハーレイをじっと見つめた。
「今回のミュウの進軍には私もお手伝いさせてもらえないかと考えていたのです。やがてこの星に来るあなた方に、ソーラデヤ市長として私が協力できることは何かと」
…沈黙が落ちた。
ハーレイは、好好爺といった風情の市長をじっと見つめていたが、やがて小さく頭を下げた。
「し、失礼する」
それだけ言うと、そそくさと部屋を出て廊下を急ぎ足で歩いた。幸いジョミーはゆっくり歩いていたようで、すぐに追いついた。
「遅い、何やってたんだよ」
トォニィがハーレイをにらんだが、ハーレイはそれには答えず、思念波でジョミーに話しかけた。
『ソルジャー、今の話ですが、無下に断るのはどうかと思いますが。考えようによっては…』
『後世のための教訓など、すべてが終わってから考えればいい』
言いかけたハーレイを制するようなジョミーの硬い思念波が届いた。
『戦いが続いている以上、あれはミュウを捕らえるための収容施設であり、ミュウを根絶やしにするための実験施設だ。それ以外の何ものでもない』
まったく考え直す様子のないジョミーの思念波に、ハーレイは黙り込んだ。
『トォニィ』
「え?」
そして次にジョミーの思念波はトォニィに向けられた。
『もしソーラデヤ政府が施設の解体を渋るようなら、お前が交渉に当たれ。どうしても従わないようなら、実力行使に及んでも構わない』
トォニィはジョミーとハーレイのやり取りにきょとんとしていたが、やがてにこっと笑った。
「うん、分かった!」
「ソルジャー…!」
『キャプテン』
ジョミーの冷たい思念波が届く。
『では訊くが、君はあの市長の考えていることが分かったか?』
その言葉に、ハーレイは黙り込んだ。
『何かの訓練でも受けていない限り、あそこまで完璧に心を隠すことは不可能だ』
「…しかし、我々だとてすべての人類の考えていることが分かるわけではありませんから…」
だが、それに対するジョミーの答えはなかった。
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この思いがけない理解者がミュウ内部でもいろいろと騒動を巻き起こすのよねん。もちろん、これだけが騒動の元じゃないけど♪ |
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